〜永久花・14〜 『悪いね、お取り込みのところ。』 「分かってるなら電話をかけてこないでいただけると助かるんだけど?」 『まぁ、止めずに奥さんがどんな声で啼くのか聞くのも良かったけど、 他の男に啼かされてるのを聞くのもしのびないしね。』 クスクスと電話越しに不愉快な笑い声が聞こえた。 快斗は衝動的に電話を切りそうになる自分を抑えながら、軽く深呼吸して冷静さを保つ。 電車でも近くで走っているのだろうか、声は騒音にかき消され聞きづらかった。 「無駄話はそれくらいにして、用件を言えよ。」 声のトーンが1オクターブ下がる 新一はそっと快斗の傍に近寄る。 ひどく険しい表情だ。おそらく相手は自分に電話をかけてきた相手。 新一が快斗の手を握ると快斗の眉間によった皺が和らいで 心配ないよ、快斗はそんな意味をこめて新一に微笑んだ。 『怖いね〜。それが、紳士的であるがゆえに女性に大人気のマジシャンの本性?』 「用がないなら切るけど。」 『そう、焦るなよ。要件ならあるから。君の大事な天使に暗示をかけた。 簡単な催眠術だよ。何かの言葉を聞くとそれが引き金となって暗示通りの行動をする。 まぁ、どうなるかはその時のお楽しみだ。僕はちょっとは名の知れた催眠術師でね。 裏の社会じゃ知らない奴はいないんだ。それでさ、世界屈指のマジシャンの君も 催眠術ができるって聞いて、対決したいと思ったんだ。 今回のはちょっとした予行練習だよ。本当の勝負は君の奥さんでやろう。 もちろん拒否権はないよ。僕はすれ違っただけで、催眠術をかけることができるから。』 「新一はそんなやわな精神力じゃない。」 『拒否権はないって言っただろう。 それに工藤新一の精神力なら、僕的に少しずつ壊したつもりだけど?』 「あの夫妻を殺したことか?」 『ああ、あともう一つ。まぁ、それは本人から聞きなよ。 それじゃあ、対決を楽しみにしているよ。くれぐれもがっかりさせないでね。』 プツリと電話はそこで切れる。 新一は心配げに快斗を見上げていた。 「盗聴してたみたいだね。」 「盗聴?でも、この家にそういうのは・・・・。」 バサッ。窓辺で何かが飛び立つ。 それは、快斗がショーで使うのとおなじ白い鳩。 足には小さなカメラが備え付けてあった。 「あれか。」 「鳩とは考えたね。」 「それより、催眠術とか聞こえたんだけど、どういうことなんだ。」 快斗は新一の言葉に、一瞬考え込むような仕草を見せる。 それに、新一は呆れたようにため息を付いた。 「一文一句、端折らないで伝えろよ。って言わなかったか?」 「分かったよ。」 快斗はとりあえず座ろうと、席を勧めて先程の話をきちんと伝える。 話が進むたびに、新一の顔も次第に険しくなっていった。 しばらく沈黙を2人が包む。 催眠術とはまた古典的な方法を用いたものだ。 だけれどそう、馬鹿にしてもいられない。 なんせ、自分の意思を操られること怖い物はないのだから。 「問題は、誰にかけたかだな。」 「天使・・ってことは多分子ども達の誰かだろうけど。」 4人とも家を出ているから可能性はある。 だけど、彼らもまた多大な精神力を持ち合わせているから、 簡単に暗示に掛かるとは思えない。 2人はお互いに顔を見合わせて首を捻る。 「だいたい、言葉がキーワードってどういうことだ?」 「普通は暗示をかけた瞬間になにかしら症状が出るけど、 たまにいるんだよ、そう言う催眠術師が。例えば音だったり仕草だったり そんな刺激を受けた瞬間に普通に行動していた人が、暗示通り動き出すとかね。」 「有効期限は?」 「腕によるけど、あの自信げな口調からすれば、無いだろうね。」 再び長い沈黙が訪れた。 時計の音がひどく遠くで聞こえる。 結婚式はあと1ヶ月後だというのに、どうしてこうも普通の日常とは無縁なのだろう。 「ところでさ、新一。あいつが言ってた、もう一つの精神的なダメージって何?」 「さぁ、思いあたらないな。」 「その言葉、信じて良いんだよね?」 のぞき込むように見据える群青の瞳、新一はそこから瞳を逸らすことなく頷いた。 いや、正確に言えばここで折れるわけにはいかなかった。 思い当たるのは事務所にかかってきた電話のこと。 おそらくそれが彼の言う精神的ダメージの一つであろう。 新一がもっとも怖いのは自分の死ではない。大切な人の死だ。 あの時の自分は、恐ろしいほど冷静な思考を無くしていた。 それは、歩美が驚いたほどに。 おそらく後ろで指示をしているのはあのジンなのだろうけど 日が暮れ始めた。 もうすぐ子ども達が帰ってくるだろう。 皆が元気に“ただいま”と敷居をまたぐことを望まずにいられない。 「見抜けるか?」 「そりゃ、分かるよ。自分の子どもだよ。」 「だよな。」 対策はあとで考えればいい。 いちいちあんな奴らに私生活を乱されるのはシャクだから。 「そう言えば明日、蘭ちゃんたちが来るって。」 「はっ?」 「いや、挙式のことで。哀ちゃんが呼んだらしいよ。」 「灰原が・・・ね。」 「心配してるんだよ。新一の幸せを願っているから。」 「分かってるよ。」 とりあえずしばらくは全てを忘れよう。 新一は快斗にもたれかかると、ゆっくりと目を閉じた。 あとがき 次回は結婚式に近づく話にしたいです。 そして、そろそろハワイに向けて出発かな? 事件の舞台は海外にうつりそうです。 |