闇夜に染まった海岸線を由梨は歩いていた。 薄い水色の涼しげなワンピースの裾と羽織った白いカーディガンが潮風になびく。 道沿いに植えてあるヤシの木の葉がガサガサと音を立てていた。 〜永久花・26〜 由梨は歩きながら隣で電話をかけている悠斗を見つめる。 海外で携帯電話を使うのが日常化した現代ではそれは珍しくない光景だが、 未だに携帯電話を持ち合わせていない由梨にとってそれは少し見慣れない光景であった。 何度か家族からも勧められたが、由梨は頑として携帯電話を持ち歩こうとは思わない。 それは、社会の流れに対するちょっとした反抗心だったかもしれないが。 話し終えて、悠斗はズボンのポケットにそれを乱暴につっこんだ。 「高木刑事もこっちに来てるって。事件の内容はまだ連絡を受けてないらしい。」 「そう。」 由梨が口を開く前に悠斗は用件だけを告げる。 いつの間にかできてしまった身長差は、高めのサンダルを履いていても追いつけず 明かりの少ないこの道では表情をはかり知ることはできなかった。 「それで、どうするの?名探偵さん?」 「決まってるだろ。基本は現場だ。」 ズボンにしまい込んだ携帯電話を再び取り出して、ナビが見れるように設定しなおす。 由梨は中点にさしかかった月を見上げながら、フッとため息をもらした。 「悠斗。今、誰か呼ばなかった?」 由梨はそういって足を止める。 潮風に混じってか細い声が聞こえた気がして。 「いや。気のせいじゃないか?」 そういって振り返った悠斗の視界には、先ほどまで隣を歩いていた由梨の姿はない。 残っているのは、ヒールのサンダルだけ。 するりと、悠斗の手から携帯電話が落ちた。 +++++++++++++ 「わかった。すぐいくから。あんまり動かないでよ!!」 「由佳、俺は父さんたちに連絡を取る。」 「うん。お願い。」 「気をつけろよ。」 悠斗からの一報を受けた由佳は道路へと走り出す。 そして、奥歯をギリッとかみしめ、手を強く握りしめた。 手の中の携帯電話が軋み声をあげる。 油断した。 由佳は自分の不甲斐なさに舌打ちした。 予測できたことなのに、なぜ組分けなど提案したのだろうか。 数分前の自分の提案を思い返すと同時に、後悔という言葉が頭の中を飛び回る。 「ああ。しっかりしろ。今は後悔している暇なんてないんだから!」 無我夢中で人通りの多い道に出ると、由佳は街路時に入ろうとする 年若い青年に目を付けた。 「動きやすそうなバイク。あれがいいわよね。」 反対車線までうまく車の波をすり抜けて走ると、 サンダルを脱いで、路地に消えていく若い男の頭へと投げつける。 そしてそれは、一直線に男の頭へとヒットした。 「ストライク!!」 気絶した男を壁へと押しやって、 由佳は赤いボディーが煌びやかなバイクへと飛び乗り、男の頭からヘルメットを拝借する。 投げつけて転がっていたサンダルを履けば、準備は完了だ。 「ごめんね。お兄さん。緊急事態だから。」 キーを回して、エンジンをフル加速させる。 ブオンと、バイクは由佳の意志に従うように街路地を走り出した。 「悠斗!!」 「由佳姉。悪い。」 「謝罪は後よ。それより、発信器は?」 ヤシの木のそばで待っていた弟を見つけて、由佳は横滑りでバイクを止めた。 すさまじい、ブレーキ音に周りの人々が何事かと視線を向ける。 「由佳姉、目立つような行動は。それに、どうしたんだよ、そのバイク。」 「お借りしたの。それにしてもあんた、大変なときにいちいち細かいこと突くのね。 将来はげるわよ。そんなんじゃ。」 悠斗の示した発信器の位置を確認して由佳は南の方向を見た。 そう遠くには行っていないらしい。だが、移動するスピードが速い。 「急がなきゃ。にしても由梨・・・いったいどこに。」 「この方角は・・ひょっとして。」 悠斗は再びナビ画面へと戻すと、もっと南側の地図をうつす。 「由佳姉。この先は警察署だ。なぁ、父さんたちはどこにいるんだ?」 「それは、今、雅斗が。でも、警察に行った可能性は高いわ。 私たちと違って母さんは顔が広いから、直接情報を手に入れられるもの。」 「じゃあ・・・まさか。」 「急いだ方がよさそうね。」 由佳はそういうと、ヘルメットを悠斗に投げ渡す。 「盗んだバイクで警察までってのも微妙ね。」 「やっぱり、盗品だったのかよ・・・。」 悠斗はあきれたようにバイクに乗ると、由梨が見上げていた夜空を仰いだ。 ++++++++++++ 「たっく、なんで携帯電話が通じないんだよ。」 連絡を頼まれた雅斗は、快斗や優作と連絡を取れないことに深くため息をついた。 先ほど由佳から、由梨の行動を知らされたばかりで、気持ちは平静を保って入られない。 ヒッチハイクをして飛び乗ったトラックの窓には街の夜景がちらついていた。 『ずいぶん、お困りのようだね。』 アロハシャツを着た若い運転手が雅斗の様子に苦笑を漏らす。 それに、雅斗は軽くうなずいた。 『ちょと、迷子がでちゃって。俺の妹なんですけど。』 『迷子?そりゃ、あぶねーな。知ってるだろ?最近の誘拐事件。』 『ええ。』 『それで、警察までか。俺はてっきり自首しにでもいくかと思ったぜ。』 男はそう言って、ハッハっ。と笑い声をあげる。 気のよさそうな男ではあるが、どうもデリカシーという部分は欠落しているらしい。 『自首って、そんなに犯罪面ですか?俺。』 『ああ。まとっている雰囲気がな。特に焦っていれば気配は外に出るんだぜ。』 しばらくの沈黙。 雅斗は男から言いしれぬ何かを感じた。 こいつ・・・ 「組織の人間だな。」 「ご名答。妹に会いたいなら俺とドライブしようぜ。色男。」 にやりと口元に笑みを浮かべた男の横顔に 雅斗は自分のくじ運の無さをつくづく思い知るのだった。 由梨は向かう。自分の意志に反して。 雅斗は身をゆだねる。組織の内部に切り込むために。 由佳と悠斗はバイクを走らせる。大切な人たちを守るために。 静かな南国の島に不協和音が響き始めた。 |