軽くシャワーを浴びて、軽装に着替えてから、

快斗と新一は結局、ホテル近くのレストランへ向かった。

時間が少しずれていたためか、店はわりと空いていて、

二人は見晴らしのいい窓辺の席へと着く。

 

「日本人が多いな。メニューも日本語だし。」

 

新一はメニュー表を見ながら、ぼそりとつぶやいた。

確かに彼の言うとおり、近隣の席には日本人のカップルや老夫婦の姿が見える。

時間が少し遅いせいであるためか、家族連れは目につかなかった。

 

 

〜永久花・25〜

 

 

店内にはのんびりとしたウクレレのメロディーが流れている。

 

「俺はステーキとロブスターにしよっかな。」

「胃にもたれそうな組み合わせだな。」

「いいだろ〜。そういう新一は?」

「ん〜。サラダとフルーツの盛り合わせ。」

「あのね・・・もっとタンパク質とかとりなよ。」

 

「じゃあ、ロミ・サーモン。」

 

先日、インターネットで見かけた“ロミ・サーモン”についての紹介と写真を

思い浮かべながら新一はトントンっとメニューの文字を示す。

それに、快斗は思わず顔を引きつらせた。

 

「新一・・お昼も“それ”だったじゃん!!」

「タンパク質が含まれてるからいいだろ。それに、俺、サーモン好物なんだよな。」

 

「ギャーー。」

 

耳を押さえて騒ぐ快斗の頭をメニュー表でペシンと叩く。

新一はどうやらメニューの変更をするつもりはないらしい。

近くを歩いていた店員を呼び止めて、さっそく流ちょうな英語で注文を始めた。

相手は英語に少しほっとしたような表情をしていた。

おそらく、最近、働き始めたばかりのアルバイトの類であろう。

夏が始まったにしては日焼けしすぎた肌が印象的な青年だった。

 

しばらくして、先ほどの青年が料理を運んでくる。

料理の隅には上品に黄色のハイビスカスが添えられてあった。

今日一日の出来事や、明日からのことなど他愛のない会話をしながら料理を口へと運ぶ。

 

「はい、新一。おいしいよ。」

「いらねーよ。食欲ないっていってるだろ。」

「いいから。ほら。」

 

快斗はそういって小さく切られたロブスターの淡く赤い身を新一の口元へと差し出す。

新一は渋々とそれを食べてゆっくりと咀嚼した。

 

「どう?」

「・・・おいしいかも。」

 

思ったよりもあっさりとしていて新一は満足げにつぶやく。

それに、快斗も同調するように大きくうなずいた。

 

「新一が気に入ったなら、しっかりと味を覚えて帰らないとね。」

「それにしても、おまえ魚類はだめなのにエビとかはいいんだな。」

 

「何か俺に恨みでも?」

 

「ホテルでの仕返しだ。ほら、ロブスターのお礼にやるよ。」

 

新一はそういうと、サラダとサーモンをフォークにさして

先ほど快斗が行ったように差し出す。それも、極上の笑顔付きで。

 

「ほら、快斗。」

 

端から見れば、“いちゃつくんじゃねーよ。バカップル”状態の二人だが

快斗にとっては地獄でしかなかった。

これがあの忌まわしき生物でないならば喜んでもらっていたというのに。

 

「なんだ?俺の差し出した料理が食べれないのか?」

 

ん?と不機嫌気味ににらむ新一に快斗は“イジメだー”と非難の声を上げる。

どうやら、本気でエレベータの一件に怒っているらしい。

 

「俺が悪かったです。・・・新一様。」

「わかればいいんだよ。」

 

新一が勝ち誇った笑みを浮かべて、行き場を失ったサーモンを口に運ぼうとした瞬間、

それは第三者の口へと収まった。

 

「ん。うまいじゃん。」

「・・・雅斗!!」

 

気がつけば、後ろの席にはきっちり6人がそろっていた。

おそらく一部始終を見ていたのだろう。

優作や有希子それに由佳はニタニタと意地の悪い笑顔を浮かべている。

 

「・・いつからそこに?」

「快斗くんが新ちゃんに“あ〜ん”ってしてるとこからかしら?」

 

「そんなに前から・・・ってちょっと待て。快斗、おまえ知ってただろ。」

 

席の配置を考えてみれば、新一は背を向けていたから気づかなくても当然であるが

快斗の視界には必ず入るはずだ。

 

「新一に夢中で、全然気がつかなかったなぁ〜。」

「ほほう。サーモンをあと一皿追加だな。」

 

もはや目がすわっている。

快斗は直感的にからかいすぎたと悟って(遅すぎるが)機嫌取りのために

天才的な脳味噌をフル活動させた。

新一をからかうのは楽しいし、すねた表情も好きなのだがその代償は大きい。

快斗は視線さえ合わせようとしない彼なだめながら、

やりすぎは程々にしようと、誓うのだった。

 

 

どうにか新一の機嫌も収まり、三世代で再び夕食を始める。

子供たちの一日の行動は、海に行ったりショッピングをしたりと充実していたようで

満ち足りた表情だった。

まぁ、男3人はすこしショッピングでつれ回されて疲れたと訴えてはいたが。

 

「そういえば、物騒な事件が続いてるって。」

 

由佳はパインジュースの氷をストローでゆっくりとかき回しながら

思い出したようにつぶやいた。

ショッピングモールの巨大液晶テレビで報道されていた事件。

もちろん英語ではあったが、語学に堪能な彼らには内容もしっかり理解できた。

 

「日本でほら、続いてたじゃない。誘拐事件。

 あれが数日前にぴったりとなくなったんだって。

 そして、今度はハワイで起こってるみたいなの。」

 

「日本警察も同一犯の線が高いって、こっちにきてるみたいだぜ。」

 

由佳の言葉に雅斗は付け足すと、軽くため息をつく。

 

若い女性ばかりがねらわれる今回の事件。

いい加減、事件に関わりたくないと思うのだが、どうもそうはいかないらしい。

 

「とにかく、気をつけるんだよ。麗しい女性が4人もいるんだし。」

「あら、優作。私もそのなかに入れてくれたの。」

「当たり前じゃないか有希子。君はいつまでも美しい。」

「もうっ。」

 

始まったバカップルの会話に新一は重々しい視線を向ける。

還暦近いくせしてどうしてこんなに若いのだろう。そう思わずにはいられなかった。

 

「まぁ、とりあえず単独行動は避け・・・。」

 

 

 

バーン

 

 

話を変えようと新一が口を開いた瞬間、レストランの木製の扉を開く音が響く。

 

 

「清美!!清美はいないか!!」

レストランに取り乱した様子で駆け込んできた若い男は

事件の匂いまでも引き連れていた。

 

男は座っている女性客の顔を確認して、その数が減っていくごとに表情を曇らせる。

 

左手の薬指に光る指輪と20代に見える容姿を考えあわせればすぐに探し人の

“清美”が誰であるかは一目瞭然だった。

 

近づいてくる男の気配を感じながら新一は快斗へ視線を合わせる。

彼はその視線の意味に付くと困ったようにはにかんだ。

 

「新一の好きにしていい。」

 

好奇心に満ちた探偵が、この事件性のある話にとびつかないのは無理な話で、

それを差し引いたとしても彼がとてつもなくお人好しなことはわかっているから。

快斗はそっと席を立つと近づいてくる男性に声をかけた。

 

 

 

「俺は草加。清美は先月結婚した妻です。」

一時は取り乱していた男だったが、有名な探偵が3人もいるとわかると

すぐに落ち着きを取り戻して、現状を話し始めた。

 

草加は東北地方の出身で、ごく風通のサラリーマン。

ちなみに妻の清美は銀行員だそうで、

やっと貯まった二人の貯金でこうして新婚旅行にきたのだという。

社会人である彼は旅行といえども、髪はきれいに整えられていた。

 

草加は薬指の結婚指輪を右手で触りながら話を続ける。

 

「清美がいなくなったのは、今朝方でした。公園のトイレに向かってそのまま。

 パスポートの入ったバックがトイレの入り口に落ちていて。

 朝から探し通しだったんです。」

 

「草加さん。警察には行かれましたか?もしくは旅行会社関係や日本大使館など。」

 

優作はテーブルの上に置いた手を組み替えながら尋ねる。

それに草加は首を横へと振った。

 

「気が動転していて・・・。

 清美はやはりあの誘拐事件に巻き込まれたと考えた方がいいんでしょうか?」

 

「断言はできませんが、パスポートもとらなかったということは、物取りの

 犯行ではありませんし。なんらかの事件に巻き込まれた可能性は高いでしょう。」

 

優作の言葉に男が泣き崩れる。

か細い声で“清美”と嗚咽を発しながら。

有希子はそんな彼の肩を軽くさすった。

 

その場にいた誰もが悲痛な表情を浮かべている。

日本語の分からない先ほどの店員までも。

 

「父さん。彼をお願いしてかまわないか?」

「ああ。で、どうするんだ?」

「誘拐事件について調べてみる。どうも引っかかるんだ。今回の事件は。」

 

それはのどに骨の刺さったような、いやな感覚。

簡単に見逃すことはできるけど、一度見逃すと取り返しがつかないような。

 

新一は寒気を感じて、ぎゅっと自分の腕を掴んだ。

 

「新一。俺もいくよ。単独行動は危ないから。」

 

快斗は力の入った新一の手にそっと自分の手を添えた。

その瞬間、フッと強ばっていたものがとれて、新一は“サンキュ”と小さな声で告げる。

 

「それじゃあ、雅斗たちは部屋に・・・ってもういねーのか。」

「あいつらを止めるのは無理だよ。

 とにかく由梨さえ一人にならないように気をつけるだろうし。

 もう子供じゃないんだからさ。」

 

あきれたようにため息をつく新一に、快斗は苦笑を漏らす。

もうすぐ20歳を迎えようとする彼ら。

いつまでも親の庇護など必要としないから。

 

「子離れできない?」

「まさか。あいつらを信用してるし。」

 

「そっか。それならいいけど。でないと“あの作戦”が実行できないからね。」

「そうだな。あいつらの驚いた顔が今から楽しみだ。」

 

新一はそういって、ほくそ笑むと扉をゆっくりと開ける。

すっかり暗くなった街路地には、ストリートミュージシャンやオウムつれた人々が目立つ。

一昔、騒ぎになった“オウムを使用した詐欺”はまだ続いているのか。

快斗はぼんやりとそんなことを考えた。

 

「とにかく、いまは事件を解決しなきゃね。」

「ああ。小峯さんがやきもきしないようにな。」

 

視線を交えて真剣な表情となると、二人はタクシーを呼び止めるのだった。

 

 

あとがき

オウム詐欺について、ご説明を。

えっと、肩にオウムを乗せて勝手に写真を撮り写真代を請求するという詐欺です。

ちなみに快斗の言った“あの作戦”はずいぶん先でわかるのでご心配なく。

おそらく、最終話あたりです(笑)

 

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