タンクトップに短めのデニムスカートという出で立ちで

由佳は真夏の太陽を見上げる。

胸元にかけていたサングラスをはめて、

日本とはまたひと味違う暑さに軽くため息を付いた。

 

 

〜永久花・28〜

 

 

「こんにちは、遅くなりましたか?」

 

慌てたように駆け寄ってきた男は、少しだけ目元が腫れていて、

彼が寝不足であることは一目瞭然だった。

それでも、平気そうに無理をして笑顔をつくる彼に由佳は再び内心ため息を付く。

別に自分たちの前で無理などしなくてもかまわないのにと思いながら。

 

「それにしても、黒羽悠斗君が協力してくれるとはありがたいです。」

 

男、草加はそう言って悠斗を見る。

 

今の悠斗の名を知らない日本人はほとんどいないだろう。

彼は名探偵として有名に、いや有名になりすぎたのだ。

最近では外出時に軽い変装をしなくてはならないほど。

もちろん、新一の助言もあって、わざわざマスコミに登場することはなかったが

母親譲りのその容貌にマスコミが引きつけられないわけもなく、

こちらが望んでいなくても、日に日に彼の名は広まってしまった。

 

「弟は優秀ですけど、私も忘れないでくださいね。」

 

由佳は悠斗の手を取って、頭を下げる草加をサングラス越しに見る。

その言葉に草加は慌てたように謝罪した。

 

「す、すみません。」

「冗談ですよ。それじゃあ、情報集めに入りましょう。」

 

「あ、でも俺、どうすれば。メモ帳とか持ってきてないし。」

「草加さんって天然なんですね。」

 

思わずつぶやいた言葉に草加が誉められたと思って、

恥ずかしそうに頭を掻いたのは、言うまでもない。

 

 

+++++++++++++++

 

 

硬質な灰色の階段を数段上り、入り口にいるガードマンに招待状を見せる。

そこで軽く会話した後、広がる紅絨毯へと足を踏み入れた。

 

会場内はとても広く、一階からループを描いた階段を上れば、

中二階の会場へも行けるようになっている。

吹き抜けになった天井はとても高く、

豪勢なシャンデリアが無機質な天井を華やかに演出していた。

 

会場の奥に目立つのは、立派なグランドピアノとステージ。

それを見て、2人は

今日は世界的ピアニストの演奏もあると、警備員が話していたのを思い出す。

 

まだ、昼を少し回ったあたりの時間だが、内部は空調機を使い、締め切られて

さらにシャンデリアの明かりで照らされているため、時間の感覚を失いそうな気さえした。

 

 

「やっぱ、金持ち揃いだな。」

 

入り口付近でもらったワインを飲みながら、新一はあたりを見渡した。

中二階からの狙撃、シャンデリアの落下、各テーブルの下に爆発物を置く。

など、殺人を行うために考えられる要素は山のようにある。

 

加えてどの客人も、それなりの金持ち揃いのため身体検査など素通りしたようなもの。

彼らのバックにある巨大な権力をおそれず入念にチェックなどできるものは

まず考えられないだろう。

 

「この中から・・・骨の折れる話だな。」

 

近くのボーイにキャビアののったクラッカーサンドをもらって快斗は軽くため息を付く。

そんなとき、会場の奥から赤の度派手なドレスを着た婦人が嬉々とした様子で近づいてきた。

 

『どこかでお見かけしたと思ったら、マジシャンの黒羽さんじゃありませんか。』

 

婦人は快斗と顔見知りらしく、大きな宝石をつけた手を差し出し握手を求める。

その後ろを、彼の旦那らしい男が追ってきていた。

 

『あなた、彼が私の話した黒羽さんよ。』

 

快斗と握手をしながら、彼女は旦那に自慢げに告げる。

それに、旦那は“ああ”と頷いて頭を下げた。

 

『お久しぶりです、シャルデ婦人。フランス公演以来ですね。』

 

『覚えていただいて光栄だわ。

 あなたのショーは今でも目の裏に焼き付いてはなれませんのよ。』

 

シャルデと呼ばれた女性はそう言って、ふと新一に視線を向けた。

 

『貴方が、奥様?まぁ、お噂よりお美しいわ。』

『初めまして。』

 

新一はにっこりと社交辞令の笑顔を浮かべる。

 

『笑顔も素敵じゃない。ねぇ、あなた。って、なに見惚れていらっしゃるの!?』

 

『あ、いや。彼女の笑顔ならどんな男でも見惚れてしまうよ。そうでしょう。黒羽さん。』

 

『ええ。ですから、しょっちゅう妬いていますよ。』

 

絶賛の言葉をかけるシャルデの夫に快斗は大きく頷いた。

 

 

その後、彼の生い立ちやシャルデ婦人自身の話などを聞いて、しばらく時間を過ごす。

節々に出る言葉や、単語はとても庶民には追いつけないもので、

新一はいかに彼らがお金持ちなのか、この時間でしっかりと熟知してしまった。

 

『今日のパーティーを開いているのは私の親戚でね。ねぇ、黒羽さん。よろしければ

 ひとつ手品をお願いできないかしら。』

 

『これ、シャルデ。今や世界で一番ショーを伺うのが難しいお方だぞ。黒羽さんは。』

 

『ですから頼んでるんじゃありませんか。ダメ、かしら。』

 

懇願するように見つめてくる婦人に快斗は困ったようにこめかみを掻く。

 

別段、ショーをするのに抵抗はない。

ただ、ここに来ていること自体が広まるのはあまり得策とは思えないのだ。

 

チラリと新一を見ると、やってこれば?と口を動かす。

それがあまりにも気楽なのでえっ!?と快斗は思わず声をだしそうになった。

 

「夢を与えるのが仕事だろ。もちろん快斗の慈善事業のためのショーも大事だぜ。

 だけど、たまにはこういった場でも披露しねーとな。夢を見すぎてしまった人々に

 もっとでかい夢があるって分からせてやれよ。」

 

新一はささやくように耳元で告げる。

最近は、地域の老人ホームや病院などで専らショーを行っている彼。

快斗の目標はより多くの人にショーを見てもらうこと。

もちろん、年に4回世界の大きな会場などで、ショーをしているが

その合間合間に、ショーを見る余裕のない人や見に来れない人に披露するのが、

今の快斗のスタイルなのだ。

 

『どうかしら?』

『喜んでいたしますよ。私でよければ。』

『まぁ、では早速、主催者に言ってきますね。きっと、彼も喜ぶわ。』

 

『おい、シャルデ。挨拶を・・・っともう行きおった。

 それでは、黒羽さん。後ほど楽しみにしていますね。』

 

再び人混みに消えていく彼らを見送りながら快斗は軽くため息を付く。

 

「なんか、疲れるな。」

「贅沢言うなよ。ああいう人たちのおかげで無料のショーとかできるんだぜ。」

「そうだけど。」

 

どうしてああも自慢が多いのだろう。

 

「そんなことより、少しだけ踊らないか?」

「あーー。もう、始まって・・・。」

 

新一の言葉に周りを見渡すと、すでに優雅なピアノは会場中に鳴り響き

様々なカップルがゆっくりと踊りを楽しんでいる。

 

「俺から誘うはずだったのに。」

「グタグタ考えてるからだよ。ほら、踊るのか、踊らねーのか?」

 

呆れたように聞く新一に、快斗は一礼して見せ

 

Shall we dance?」

 

と決まり文句と共に手を差し出すのだった。

 

 

 

様々なドレスが赤い絨毯の上で舞い、

日頃とは少し違う王室に来たような雰囲気。

それでも、新一は快斗の肩越しに周りを見て不審者が居ないか目を光らせていた。

 

「新一。」

「ん?」

「ダンス、楽しんでる?」

「あ、やっぱ分かったか?」

「だって、ちっとも俺のこと見てねーもん。」

 

快斗の拗ねた物言いに、新一はクスクスと笑みを漏らす。

 

「恨むなら、物騒な招待状を送りつけた主を恨めよ。」

「分かってるよ。」

 

フーとため息をつく快斗に再び小さな笑みを漏らして

新一はコトッと頭を快斗の胸元に預けた。

 

「すこし眠いかも。」

「なら、俺にもたれて眠りなよ。支えてあげるから。それと監視もしっかりするしね。」

 

落ち着くように耳元でささやいて、ゆっくりと体を横に動かすだけのダンスを続ける。

それは、まさにゆりかごにも似ていて、新一はおそってくる睡魔に逆らうことなく

重くなった瞼を閉じた。

 

 

それから数分後、曲がぴたりと止まり、瞼にまぶしい光を感じて新一は目をさます。

驚いたように快斗を見上げると彼は困ったように周りを見ていた。

 

注がれるスポットライト。

そして、いつの間にか踊っていた人々は遠慮するように壁際によっている。

 

それが示すのは

 

『それでは、もっとも素晴らしいダンスを披露していらっしゃった、

 ベストカップルに最高のステージで踊っていただきましょう。』

 

司会者の声と共に、ステージに上品な背格好をした男が上がる。

 

それは新一も見たことのある顔で、

どうやら今回のメインイベントである演奏を行うピアニストらしかった。

 

「快斗。説明しろ。」

 

「俺もさっぱり、気が付いたらスポットライトが当たってて、

 他のお客さんは壁際に退いたんだよ、急に。

 まぁ、状況から察するに、最高のピアニストには最高の踊り手をって企画じゃない?」

 

快斗の言うとおり、踊っていた人々の中にはこのような企画があるのをしっていたのか

苦虫をかみつぶしたように嫉妬的な視線を向けてくる者のもいる。

 

だが、新一から言わせればこちらとて不本意なのだ。

 

「逃げれない・・よな?」

「そうだね。」

 

『それでは、最高のパートナーのダンスと、そして最高のピアノ演奏をお楽しみ下さい。』

 

わき上がる拍手の中、快斗と新一のステップは始まった。

 

 

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