「盛大なご歓迎、心に染みるぜ。」

雅斗は鉄格子の前に立つ金髪の男に嫌みにも似た笑みを浮かべる。

それに男はフッと口元を綻ばせただけだった。

 

 

〜永久花・29〜

 

 

「黒羽雅斗か・・・。親父の生き写しだな。」

「それ、コンプレックスなんだけど?」

「まぁ、いい。それにしても何のために捕まったんだ。」

 

金髪の男、ジンはたばこに火を付けながら視線だけを雅斗に向ける。

雅斗はジンのおかしな質問に声を押し隠すようにして笑った。

 

「捕まえられた、とは思わないと?」

「あいつ一人に捕まると思いこむほど、見くびってはいない。」

「少しは認めてくれてるってわけだな。」

 

ドカリと足を投げ出すように腰を下ろして、

雅斗は冷めた目つきでジンをもう一度観察する。

 

あの男が自分の大事な人たちを苦しめる根元。

そう思うと、今すぐここでその生意気な顔をつぶしてやりたくも思えた。

 

「言っておくがおまえに俺は倒せない。」

「大した自身だな。それがやっぱ、悪の組織のTOPたる発言でもあるってわけ?」

「悪の組織・・その呼称はうなずけないな。」

 

「で、わざわざここに顔を出した理由は?」

「貴様に餞別をくれてやろうと思ってな。」

 

ジンはそう言ってたばこを地面に落とすと、黒い革靴でギリギリと踏みつける。

そして、胸元から小さなタイマーを投げ渡した。

 

「残り時間、あと30分。この建物から脱出できるか?黒羽雅斗。」

「愚問だな。」

 

再び卑屈な笑い声と共に、乾いた足音はだんだんと遠ざかっていく。

完全とも言える鉄格子。たとえここを出たとしても様々な難関があるだろう。

 

「さて、大脱出マジックってか。」

 

あんまり好きじゃないんだけどなぁ。

 

雅斗はそんなことを思いながら手始めに、手首をがんじがらめにしている手錠をはずすのだった。

 

 

 

 

■□■□■

 

 

盛大な拍手の中、2人のダンスは終わりを告げ、静かに周りの照明が落とされた。

薄暗くなっても夜目は効くため心配はないが、新一は当たりの気配に神経を研ぎ澄ます。

幸いなことに未だ憎悪や殺気は感じられない。

 

『それでは、今回、飛び入りで素晴らしいもう一つのショーをごらん頂きたいと思います。』

 

司会者の声にピアニストは立ち上がり、広間に立つ快斗に場所を譲るように手で誘う。

快斗は一度、新一を見て、スッと表情を変えるとステージへと向かった。

人々の視線は、今し方まで優雅なダンスを披露した男に向けられる。

かのものが何者なのか、そんな好奇心で人々の目は輝いている。

 

 

新一は広間の端から徐々に中央へと戻ってくる人々に紛れ、スッと気配を消す。

そして、一番端の壁にゆっくりと背中を預けた。

 

『彼は誰なのかしら。』

『それより、先ほど彼と踊っていた人も見あたらないわ。』

 

ざわざわとざわめく声の中、快斗はパチンと指を鳴らす。

それはまるで魔法のように人々の声を消し去った。

 

『今宵は皆様に最高の夢をお送りいたします。』

 

ステージに立てば彼は魔法使いになる。

ステージにいないときは、魔法使いとは誰もが気づかないけれど。

ようやく誰だか分かったのか、盛大な拍手が再び巻き起こった。

 

 

ゆっくりショーが見れないな。

 

新一は壁にもたれかかったまま不機嫌そうに目を閉じた。

本当なら久しぶりの快斗のショーを楽しみたいのだが、

状況が状況なだけにそうもいかない。

 

神経を研ぎ澄ますには、五感をシャットダウンすること。

 

 

無音の中、闇の中、ただ感じればいい。

 

 

冗談みたいな話だが、快斗のマジックはどんな人々でも夢の中に誘う。

だが、そんな中でも誘われていないもの・・・

それはよほど他のことに神経を向けているものだ。

 

新一が快斗にマジックを行わせた理由は3つ。

 

 

1つはマジック以外に気を取られている気配を探すため。

1つは殺されようとする人物が無防備となるこの瞬間、首謀者が確実に動くため。

 

そして、最後の1つは、自分自身が忌まわしき相手を捕まえるため。

 

新一は乱れた気配と殺気を読みとって、中二階の会場を睨み付けた。

 

「・・・ようやくお出ましか。」

 

 

小さくつぶやいて床を蹴った新一に、

ようやく彼の思惑に気が付いたステージ上の快斗は小さく舌打ちした。

 

 

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