からくも脱出してどうにか茂みから這い出た瞬間、

目に映った光景に雅斗は思わず神が居るのなら恨み言の1つでも言いたくなった。

もちろん、神様など信じない彼ではあったけれど。

 

「見事なラブシーンで・・・。」

 

近くの電信柱を支えにどうにか立ち上がりながら雅斗はできるだけ声を低くして

目の前にいる2人に声をかけた。

そして行為を止めて振り向き、こちらを見る2人の表情は驚きと困惑でありながらも

瞳はそれぞれの思いを雄弁に物語っていると雅斗は感じる。

 

心配は・・・してるみたいだな

 

駆け寄ってくる新一を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思う。

体中がひどく重くて、だるくて。目を開けているのも必死な状態で。

新一の声が遠くで響いているように感じた。

 

 

 

〜永久花・31〜

 

 

 

 

「雅斗。気分はどう?」

「哀・・・姉?」

 

そよ風が窓から入り、前髪を揺らす。

心配そうに見下ろしているのは、日本にいるはずの隣人。

雅斗はそのことに驚き慌てて体を起こそうとする。

だが、それは全身の痛みと握られていた手によって阻止された。

 

 

「母さん?」

 

「静かに、疲れて寝てるんだから。ちなみに私は昨日、こっちに来たの。

 嫌な予感がしてね。そうそう、博士はまだ日本よ。吉田さんのこともあるし。」

 

こういうのは昔から良くあたるわ。

哀はそう付け加えて、新一のずれかかったタオルケットをかけ直した。

 

「ふつうなら全治3週間の怪我だけど、雅斗なら3日間くらいかしら。」

昨晩から付けっぱなしの包帯を交換し、傷の具合を見ながら哀はつぶやく。

 

「まるで爆発現場に立ち会ったみたいな傷ね。」

「まぁ、近からず遠からずってとこかな。」

 

曖昧に笑って誤魔化した時、トントンと扉がノックされた。

 

「雅斗。起きたか?」

「ああ。父さんが母さんを貸してくれたから。だいぶ回復したよ。」

「特別にだ。次はないぜ。」

 

少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべれば、こつんと頭を小突かれる。

だけど快斗の表情も安心したといった感じで、雅斗は少し照れくさくなった。

 

それから、新一が目を覚ますのを待った後、簡単に自分の立ち会った状況を説明した。

わざと巻き込まれたと分かってから新一は始終文句を言いたそうであったが

自分自身にも猪突猛進な部分があるのは自覚しているので

黙ってその口を十文字に結んでいる。

 

哀は時折、呆れたようにため息をつき、親子ねと言いたげな瞳で見ていた。

快斗に至ってはもう苦笑いしか出てこないらしい。

 

 

「それで、目的は達成できたのか?」

 

捕まって逃げましただけじゃ、3代目KIDの名が廃るぜ。

 

快斗はそう付け加えて探るように雅斗を見る。

それに雅斗は当然とばかりに口元をニッとつり上げた。

 

パチンと指を鳴らして小さなCDロムをどこからともなく取り出す。

 

「情報を少々、頂いてきたに決まってるだろ。」

 

爆発の中、からくも見つけだした地下のコンピュータールーム。

急いで起動させ必要な情報を片っ端にロムに落としていたから時間がかかった。

 

「役に立つ情報だと良いわね。」

「哀姉が驚く内容だぜ。」

そう言って楽しそうに笑う雅斗に哀は再びため息をつく。

死にかけた人間が言う言葉ではないのだ。

 

だが、雅斗の言葉どおり、哀はそのロムの内容に驚愕し

また、同時にそれは新一達の切り札とも言える情報でもあったのだった。

 

 

□■□■□■□■□■□

 

 

今日は機嫌が悪かったのね。

 

シャオはそう思いながら乱れた衣服を軽く整えてジンの部屋を出る。

下半身はまだ痛むが、今は彼とは一緒にいたくなかった。

 

「エール。それにビットも・・・。来ていたの。」

 

扉を開けて視線に飛び込んできたのは、ジンという男の元に集まったわずかな仲間。

だが、仲間と呼ぶには語弊があるかも知れないとシャオは思う。

ここにいる者たちはシャオ自身も含めてすべて自分の利益にしか動かないから。

たまたま目的がうまく重なった者同士とでも呼称すればいいのだろうか。

 

「楽しかったか?シャオ。」

 

愛する男に抱かれて。

 

 

エールは皮肉気な笑顔を浮かべると傍にあった紹興酒をグラスに注ぎシャオに渡す。

シャオはそれを乱暴に受け取るとゴクゴクと白い喉仏を上下させながら飲み干した。

 

ひどくのどが渇いていたのだろう。

紹興酒はまるで乾いた砂地を湿す水のようだ。

 

「あなた達がここに来るなんて珍しいわね。」

「データーが一部盗まれた。」

 

シャオの質問に答えたのはエールではなく

先ほどからパソコンを一心不乱に弄っているビット。

その口元には珍しく苦痛の色が浮かんでいる。

シャオはそんな様相を呈するビットに少しだけ眉をひそめた。

 

「ますますジンの機嫌が悪くなるわ。」

「ますますってことは、機嫌が悪いのか。あいつ。」

 

「おおかた、KIDと由希の息子、雅斗に会ったからだろ。

 なんだかんだ言っても由希に興味はあったからな。まぁ、いわゆる嫉妬?」

 

「エール。馬鹿なこと言わないで。」

 

エールの仮説をバサリと切り捨てるとシャオはキッと彼を睨み付ける。

シャオの気持ちを知っていてもなお、

わざと挑発して逆なでする彼の行為は彼女の逆鱗にふれるには十分。

 

「それ以上馬鹿なことを言ったら、殺すわ。」

 

シャオの瞳が冷たさを帯びる。

ピンと室内の空気が張りつめる。

だが、エールが口を閉じることはない。

 

「ジンに愛されていないことくらい分かっているんだろ。」

 

細く、今にも切れそうな糸を弾くように

エールは楽しそうにシャオを見て、言葉を投げかけた。

 

「そうよ。彼が見ているのは・・昔から1人だけっ。」

 

シャオは錯乱したかのように紹興酒をエールの顔に浴びせ、

イスに掛けてあった上着をとると、部屋を足早に去っていく。

全てはエールの予想通りに。

 

 

「エール。女の嫉妬を遊びに使うなよ。」

 

「良いだろ。それに、あいつきっと由希に会いに行くぜ。

 ひょっとしたら嫉妬のあまり殺すかもな。」

 

「笑い事じゃないだろ。本当にそうなったら洒落にならねーって。」

 

ケタケタと笑うエールにビットは深くため息をつく。

 

この男は他人を怒らせるのが極端にうまい。

そのくせ、自分自身では怒りという感情を露わにしたことはない。

 

顔についた紹興酒を指で拭う彼を見て本当に食えない男だとビットは思うのだった。

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□

 

 

 

シャオは決して近づくなと言われたホテルの前にいた。

彼らは知らないだろうが、とっくに彼らの宿泊先など調べはついていたのだ。

 

「ここにいるのね。」

 

まだ一度も顔を合わせたことのない、“黒羽由希”旧姓“工藤新一”という人物。

彼女がまだ小学生の頃に日本では有名だったと言われている名探偵。

 

そして、

「ジンの心を引きつける存在。」

ギリッと握りしめる手に力がこもる。

 

 

ここで彼を殺せれば・・・・そんな考えにシャオは頭を振った。

 

 

そんなことをすれば最後。ジンから殺されるのがオチだ。

 

「だけど殺さなければいいのよね。」

 

シャオは口元に浮かぶ笑みを右手で覆い隠す。

そして左手に持っていたタバコを投げ捨てて、

愛車の赤いスポーツカーへと乗り込むのだった。

 

 

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