男が動いたのは新一が中二階に到着したのと同時だった。

 

灰色でシルク生地のスーツの胸元に手を忍ばせ、サイレンサー付きの銃を取り出す。

その先には、信じられないことに、一階の赤いドレスを着た女性に向けられていた。

 

そう、狙いの人物は・・・シャルデ婦人だったのだ。

 

 

〜永久花・30〜

 

 

 

「快斗!!シャルデさんだ。」

 

間に合わない。新一はそう思って大声で叫ぶ。

会場中にはコミカルな曲が大音量で流れていたけれど、

その声ははっきりと快斗の耳に届いた。

 

ステージの一番近くでショーに見入っているシャルデ。

快斗は素早くステージから飛び降り、シャルデの手を引いた。

 

パシュ

 

銃弾は思惑どおり、彼女をはずし絨毯へと突き刺さる。

男は舌打ちして、今度は快斗へと銃口を向けた。

 

「させるかよ!!」

 

音楽が止み、突然の出来事にパニックを起こす会場内。

だが、新一は素早く人の波をかき分け男の銃を蹴り落とした。

 

『つっ。な、何をする。』

 

男は驚いたように新一を見た。

だが、おかしなことにその男は拳銃を拾おうとすることもなければ

新一から逃げることもしない。

 

まるで突然腕を蹴られて混乱していると言った感じで。

 

 

『私が何をしたと言うんだ。突然蹴るなど!!』

 

男の怒った声に新一は目を細めた。

頭がおかしいのか・・それとも。

 

『足下に転がっている銃に見覚えは?』

『何?私はここで黒羽氏のマジックを見ていただけだ。』

 

男がうそを言っているようには見えず、

新一はもう一つの可能性を考え深くため息を付く。

 

そんなとき、一階からシャルデ婦人と快斗が中二階に上がってきた。

 

「快斗。」

「あんまり無理するなよ。俺を出し抜けにしてさ。」

「わりぃ。これが一番いい方法だと思って。」

 

呆れたような視線を向ける快斗に新一は軽くわびる。

だが、シャルデはそんな2人の横をすり抜けて、唖然とする男の胸ぐらを掴んだ。

 

『どういうおつもりで、私を狙ったの!!』

『おい、シャルデ。気を付けろ、相手は殺人を犯そうとした人物だぞ。』

 

旦那の声に、シャルデの手がゆるむことはない。

彼女はどうも男勝りの一面を持つようで、恐怖などはみじんも感じていないように見えた。

 

『黒羽さんが助けてくれなかったら、頭に風穴があいたところだったわ。』

 

『ちょ、ちょっと待ってください。私は何も覚えていない。』

 

『貴方以外誰が居ると言うの。警察がもうすぐ来るわ。

 私を狙った理由も残らず吐いてもらうから。おぼえてらっしゃい!!』

 

『け、警察だと。言いがかりもいい加減にしろ。』

 

男はシャルデの警察という言葉に焦った表情を見せて彼女の掴んだ手を振り払う。

それをシャルデは逃げる気だと判断したらしく、手に持っていたバックで彼の頭を殴りつけた。

 

「気絶しちゃったよ・・・。」

 

バタンと倒れた男に、周りから小さな拍手が起こるが

新一に言わせればその男が不憫でならなかった。

 

なぜなら彼は・・・・自分の意志で動いたのではないから。

 

 

「どうしたもんかな。」

「この人が操られていたってこと?」

「ああ。気づいてたのか?」

「新一が銃を蹴り落とした瞬間、表情が変わったからね。

 じゃないと、シャルデ婦人をここには連れてこないよ。」

 

快斗の言葉にもっともだと新一は頷く。

本気で彼が任務を遂行するという組織下での行動として動いたなら

こんな千載一遇のチャンスは無いのだから。

 

 

『シャルデ、警察の方が来たようだ。』

 

旦那の声でシャルデはようやく倒れていた男から離れた。

駆け寄った警察官は、気を失った犯人に驚いたように彼女を見る。

 

そして、どちらが犯人なんだと辺りの者に意見を求めるように視線を泳がせた。

 

 

『何してるんですの?はやく捕まえてください。』

『あ、はぁ。すみません。やはりこの男性でしたか。』

『何が言いたいんですの?まさか、この私か犯人とでも!?』

『シャ、シャルデ。落ち着きなさい。』

 

警官は再びバックを振り上げたシャルデに驚いたのか慌てて逃げる。

それに旦那も困ったように彼女を落ち着かせようと声をかけた。

 

『す、すみません。すぐに連れて行きます。』

 

警官はシャルデの気迫に負けて、気絶した男を抱き起こす。

だが、その瞬間、予想もしなかった出来事が起こる。

なんと、先ほどまで気絶していたはずの男が急に目を覚まし、警官の腕を払い落としたのだ。

 

警官は突然の行動に対応しきれず、突き飛ばされる。

男はその隙を狙って警官の持っていた拳銃を奪った。

 

快斗は男の動きに驚きながらも、冷静に新一を自分の後ろに隠し

スーツの中にある拳銃に手をかける。

 

目の前の男は明らかに正気を失っていた。

 

『俺に近づくな!!』

 

男は拳銃を様々な客に向け、その方向が変わるたびに、悲鳴にちかい叫び声が上がる。

シャルデもさすがに男の変わり様には驚いたようで、旦那と一緒に一階へと避難した。

 

『シャルデ婦人を出せ。俺はあいつを殺す。』

『何の為に?』

 

誰もがおそれて口を噤んでいた中、流れるように冷静な声が当たりに響く。

そのあまりにも場違いな声音に、犯人だけでなくその場にいた誰もがその出所に視線を向けた。

 

『あんたがシャルデ婦人を殺さなくてはならない理由はなんだって聞いてるんだけど?』

『お、おまえは、俺が怖くないのか!!』

『自分の意志で動いていない男なんて怖くもないね。』

 

「快斗。」

背中に匿われたままの新一は規制するように声を上げる。

それに、快斗は“大丈夫”とでも言うように口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

『俺が自分の意志で動いていないだと!?』

『ああ。元を経てばそうだってことがすぐに分かるよ。』

 

快斗はその言葉と同時にスーツの中の拳銃を抜き出し、見当違いの窓の外を打った。

突然、窓ガラスが割れ人々は今度はこの東洋人が気でも狂ったのかと驚きの表情を作る。

だが、快斗の狙いどおり、発狂寸前の男はバタリと再びその場に倒れた。

 

「しばらくはあの男も右手は使えないな。」

「無茶しすぎだぞ。」

 

快斗が狙ったのは隣のビルから指示を送っていた男。

もちろん窓にはカーテンも掛けられていたのだが、快斗は気配だけを頼りに打ったのだ。

相変わらずの凄腕に新一すら一種の驚きを覚えてしまう。

いったい自分の旦那はどこまで力を隠しているのだろうかと。

 

だが、そんな新一も知らない。

快斗の力は新一を守るために最高潮に高められることを。

 

 

『ど、どういうことなんだ。』

 

傍にいた刑事は驚愕の表情で快斗を見る。

 

『音に驚いたんですよ。それより早く連れて行ってください。

 また同じ失態を繰り返す気ですか?』

 

快斗の呆れたような口調に刑事たちはウッと言葉に詰まりながらも

言い返すすべもなく、今度は機敏な動作で男を連れて行った。

 

 

 

「今回は俺たちの勝ちか。」

「快斗の・・じゃねーのか。」

 

シャルデ婦人の御礼を受け流し、刑事たちの今日の一件に関わったことを

黙っておくように口止めして、2人が帰路に就いたのは月も中天にのぼった頃。

のんびりと夜空を眺めながらつぶやく快斗に新一は不機嫌そうな返事を返した。

 

「何?拗ねてんの?」

「だっておめーだけ見えてさ。俺は全然気が付かなかっただろ。って・・・何だよ。」

 

そう言って見上げていた新一だが、どうも快斗の表情がおかしい。

こんな事件があったというのに、なぜそんなにふぬけ切っているのか。

 

「快斗?聞いてるか?」

 

「・・・かわいい」

 

「は?」

 

「拗ねてる新ちゃん、めっちゃかわいい。」

 

 

そう言って、公道にも関わらず快斗は新一を抱きしめる。

会場を出てからずっと拗ねていた新一の表情に

快斗の理性はギリギリだったのだ。

 

「お、おい。」

「誘う新一が悪い。」

「おまっ。結婚して何年もなるんだから、いちいち欲情するなよ。」

 

「日々きれいになる新一に欲情しなくなるはず無いでしょ。

それに俺の愛情はとどまることをしらないんだぜ。」

 

チュッと口づけをする快斗に新一は“はぁ〜”と呆れたようにため息を付く。

だけれども、内心は嫌と言うよりもむしろ嬉しい。

未だにそんな気持ちになる自分自身にも新一は一種の呆れを感じてしまった。

 

そしてきっとこれからも、それは変わることなどない。

 

快斗の行動の1つ1つに心を乱され、彼自身に嵌っていく。

例えるなら抜け出ることのできない甘美な麻薬のように。

 

「・・・かいと。」

熱を持った声で新一がささやく。

その唇を今度はもっと深く快斗はふさぐのだった。

 

 

 

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