翌日、怪我の雅斗を優作たちに任せて、残りのメンバーは

小峯とともにウエディングドレスの試着をする為の場所へと向かっていた。

 

前回の遅れを取り戻すわよ。と

小峯は妙に張り切っていて、ハンドルを握る手にも力がこもっている。

 

そんな気迫に押されながらも新一はどうも今日は乗り気ではなかった。

 

 

〜永久花・32〜

 

 

 

「どうしてわざわざ試着までするんだ?」

 

ウエディングドレスは見本雑誌で選べば十分と思っていたのか、

新一はどうも試着をするのが面倒らしく軽くため息をつきながら愚痴る。

 

「お母さん。見た目と着た印象は違うんだから。

 それに一生に一度の挙式なのよ。しっかりと選ばなきゃ損だわ。」

「あら、由佳ちゃん分かってるじゃない。」

 

バックミラー越しに小峯が満足そうな表情を作る。

それに由佳は大きく頷いた。

 

「私の結婚式の時もよろしくおねがいしますね。小峯さん。」

「ええ。任せて。」

 

どこか似通っている2人はすっかり意気投合したらしく、

車の中でもその後、始終結婚論についての話が絶えなかった。

 

 

 

□■□■□■□■□■□

 

 

もうこれで何着目だろうか。

 

新一はそう思いながら真っ白な高い天井を見上げた。

 

次々に由佳や小峯それに快斗が持ってくるドレスに袖を通し、そのたびに周りで歓声が上がる。

それに、興味がなさそうな哀や由梨までもが

彼女たちの好みの品まで持ってくるものだからその数は鰻登りに増えていくのだ。

 

シャーと試着室のカーテンが開き、やる気もなさそうに新一が出てくる。

今着ているのはシンプルなノースリーブの白いドレス。

小さな薔薇のコサージュがかわいらしく胸元を飾り立て、

細かな柄のレースが足下を華やかに演出していた。

 

 

「素晴らしいですわ、お客様。」

 

何度聞いた言葉か分からないが、日本人接客用の店員は感嘆の声を上げる。

もちろん、同じような理由でドレスを選んでいるカップルも、

新一が着替えるたびに手を休め、その至高の逸品を瞬きせずに眺めていた。

 

そのたびに快斗は言いようもない独占欲におそわれて新一を自分の陰に隠すのだが・・。

 

 

「どうだ?旦那様。」

 

 

半ばやけになっている新一は恐ろしいほどの笑顔を浮かべて目の前に立つ“旦那様”に尋ねる。

端から見れば、仲むつまじい風景も、実際は“さっさと決めろ。この野郎”と

新一が毒づいていることくらい、聡明で奥様を愛して止まない旦那様には分かってしまった。

 

「新一〜。なんでそんなにどれも似合うんだよ。いっそ、お色直し50回くらい・・。」

「殺すぞ。」

「冗談が過ぎました。でもな〜。どれも捨てがたいんだよ。」

 

“似合いすぎる新一が悪い”と言って快斗は頭を抱える。

そのままでも十分に魅力的な奥様だけれど、ドレスを着ればさらにその魅力は増大し

 

それもどのドレスであっても似合ってしまうから・・・。

 

 

「由佳は?」

「私も決めかねるわ。哀姉はどう思う?」

「そうねぇ。なかなか難解よね。」

全員のIQを足せば、世界一の知者ともなりえる彼らの頭でさえ正解をはじき出してはくれない。

 

あーだ、こーだと皆が必死に考えている間中、

新一は鏡に映る自分の姿を見て着ているドレスを確認する。

 

そして、彼の感想は・・・

 

――――全部同じじゃねーか?

 

と、頭を悩ませている彼らが聞けば殺到しそうな類であった。

 

 

「悠斗はどう思う?」

 

新一はこれでは埒があかないと

先ほどから黙ったままであまり動かない息子に尋ねてみた。

 

「へ?」

突然、話題をふられた悠斗は驚いたように顔を上げる。

 

「まぁ、母親のドレスなんて興味ないか。」

「いや、そんなことないけど。」

 

自分の実体験を思い出しながら新一は苦笑するが、悠斗はブンブンと頭を横に振る。

興味がないというよりは、興味がありすぎるほどなのだし。

 

「俺は、あの3番目に着たドレスかな。」

「そっか。じゃあ、それで・・・。」

「ストーップ!!!何で悠斗が言ったドレスに決めるんだよ。」

 

新一が陳列された1つにしようと指を指したがその声を快斗が慌てたように遮る。

 

「何でって、決めきれないからだろ。俺は早く終わらせたいんだ。」

 

との新一の言葉を封切りに一斉に

先ほどまで悩んでいた彼らは自分の好みを口にし始めた。

 

 

「俺は5番目に着たやつ。うん。あれがいい。」とは快斗。

 

「お母さんにはやっぱり今、着ているのがいいよ。」と頷くのは由佳。

 

「私は2番目ね。上品さが際だつし。」と陳列している物を眺めるのは哀。

 

「参考程度に私は8番目かしら。マーメイドライン好きなのよね。」と最後に小峯まで所見を述べた。

 

まったく先ほどまで黙っていたかと思えば・・・。

新一は一種の頭痛を感じてため息をつく。

 

このままでは決まらない。いっそ脱走してしまおうか。

 

 

新一がそう頭を抱えたとき・・・

 

 

 

Sleeping beautyがいいと思うよ。」

 

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

 

 

 

「ぼうや、なぜそれを。」

「あるんでしょ?ここに。幻のウエディングドレス。」

 

シーンと静まりかえる店内。

1人の従業員が驚いたように少年を見つめる。

黒い鍔付き帽子を深く被り少年の表情はよく見えないが、

口もとには柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「・・・洋介君?」

 

新一の言葉に洋介は帽子をとってニコリと微笑む。

 

その背後には慌てたように彼の母親、真代がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「洋介。勝手にどこでも行かないの。」

「ごめんなさい。」

「心配掛けないでね。もう。」

 

ギュッと息子を抱きしめる真代はふと顔を上げて目の前にいる人物に目を丸くする。

「・・由希さん?それに快斗君じゃない!!」

 

「こんにちは。」

「お久しぶりです。真代さん。」

 

息子を解放すると真代はすっかり成長した快斗を眺め“相変わらず男前ね〜”と感想を述べる。

そして、彼らの子供達ひとりひとりに挨拶をした。

 

「結婚式ってこっちだったの。驚いたわ。」

「真代さんはどうしてハワイに?」

「仕事でね。それよりこの子、何か差し出がましいこと言わなかった?」

「“眠れる森の美女”のことですか?」

 

それが差し出がましいことに該当するかは分からなかったが

快斗は洋介の顔を一瞥して、彼女に尋ねる。

すると彼女の表情は少し驚きを含んだものへと変わり、間をおいてため息を付いた。

 

「由希さんに“Sleeping beauty”ね。確かにあのドレスは・・・。」

「彼女のために作られたようなもの。ですよね。」

 

カツカツとヒールを響かせながら近づいてきた女性はブロンドの髪をしていた。

彼女の突然の登場にその場にいた従業員はまるで弾かれたように背筋を伸ばす。

なぜか、従業員ではない、小峯や真代さえも。

 

「あなたが・・・どうしてここに?」

「私の古巣は昔からここですよ。久しぶりですね、小峯さん。」

 

おそるおそる声を掛ける小峯には、先ほどの自信満々な態度はみじんも見て取れない。

真代に至っては、憧れのアイドルを見るような羨望のまなざしだった。

 

いったいこの人物は誰だろうか

新一はどこかで見た覚えのある顔に軽く首を傾げる。

するとそんな新一に由佳はこっそりと耳打ちをした。

「彼女はウエディング業界では有名なデザイナーなの。」と

 

 

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