「じゃあ、さっそくドレスを持って参りますね。」 ウエディング業界から尊敬を集めるというその女性は にこりと満面の笑みを浮かべて奥の部屋へと消えていった。 〜永久花・33〜 「こんなところで、何してるのかしら。ビット。」 「それはこっちの台詞だぜ。清美。」 「・・・その名前は呼ばないでくれない?」 女は奥の倉庫からドレスを取り出すと、ゆっくりと振り返る。 自分だけのプライベートルーム。 鍵はしっかりと確認したはずなのに、彼はいとも容易く部屋に入ってきた。 ビットは小学生特有の笑みを浮かべているが、それが仮面であることは 分かりすぎるほど知っている。 「旦那が必死で探してるぜ。誘拐事件として。草加・・だったっけ。」 「あなたが余計な問題を起こすからでしょ。昔から、きれいな女性を アンティークにする変態趣味の持ち主だったとは聞いていたけど。」 清美はそう言ってブロンドヘアーを取り除いた。 漆黒の髪は短く切りそろえられ、カラーコンタクトをしているためか ビットには髪の色と今の顔はバランスが悪く感じられる。 「それにしても・・・。」 清美はドレスを眺めながら言葉を続ける。 「今更、このドレスを指定するなんて。あなたらしいわね。」 「眠れる森の美女。演出には必要なんだよ。」 「あなたの最高傑作のために?」 「ああ。世界一のドールになる。」 ククッとのどの奥で笑うビットを一瞥すると、清美はブロンドヘアーを再び装着する。 そして、少しだけ結婚した旦那のことを思った。 新婚旅行でお別れなんて、あんまりだと。 「好きだったのよ。本気で。」 「だから離れたんだろ。 おまえのあだ名は“死神”周りにいる人間を死へと招く女だ。」 「今更あなたに言われなくても分かってるわ。そんなこと。」 清美は軽くため息を付いて部屋を出る。 まだ、部屋を出る気がないビットに一度、殺気にも似た視線を向けて。 ■□■□■□■□■□■□■□■ 眠りの森の美女というネーミングのドレスは、誰もが新一に似合うと断言し、 今までの抗争が何だったんだというくらい、あっけなくそのドレスに決定した。 新一はホテルに戻ると軽い疲労感を振り払うために、1人散歩へと出る。 快斗達がついてくるとうるさかったが、 哀が珍しく“たまには1人で考えたいこともあるのよ”と助言してくれて今に至る。 もちろん、発信器と携帯電話はしっかりと持たせられたが。 「それにしても、マリッジブルーって。」 哀の言葉に快斗がそう言って1人ショックを受けていた様子を思い出し 新一はクスッと苦笑を漏らした。 結婚式前の女性によくあるというマリッジブルー。 だが、ほとんどは新たな生活に不安を抱いて引き起こされるのだ。 今まで結婚生活十数年もあるというのに。 「バカだよな。まったく。」 ひとりで歩いていても、頭をよぎるのは、旦那のことばかり。 これじゃあ気分転換の意味がないと哀が傍にいたら突っ込みそうだと新一は思う。 そんなことを考えながら海辺を歩いていると、見慣れた男が視界に入った。 一本のヤシの木の下でボーと水平線を眺めている男。 新一はその横顔に、“あっ”っと大事なことを思い出す。 「草加さん。」 「あ。こんにちは。」 新一の声に草加はペコリと頭を下げる。 「今日は来ないかと思いましたよ。」 「・・・ってことは、あいつらやっぱり草加さんとお約束をしてたんですよね。」 おそるおそる探るように新一は尋ねる。 昨日は夕方まで情報収集を3人でしていたと聞いたけれど。 「あ、はい。別れ際に、この場所にお昼頃って。」 「すみませんでした。」 お昼・・・とは呼べない時間帯。 夕焼けが海を赤く染めているのだから、彼はいったいどれだけ待っていたのだろうか。 約束をすっかり忘れていた由佳と悠斗に後できつく言っておかなくてはと思いながら 新一は深々と頭を下げた。 「いえ、良いんですよ。ゆっくりと考えることもできましたし。」 「でも。」 「由希さんは、マリッジブルーってあると思いますか?」 草加が海を見つめたまま淡々と問いかける。 先ほどは頭の中で一笑したその言葉。 だが、本気でそれに悩む人もいるのだと新一は実感した。 「人、それぞれだと思いますけど?」 「由希さんは?黒羽さんと結婚なされたとき不安はなかったんですか?」 「・・・不安はありませんよ。」 結婚を言い渡されたのは本当に突然だった。 自分の体が女になって、不安一杯で・・・そんなときに結婚しようと言われたのだから。 今思えば女になったという不安要素に結婚の不安など隠されてしまったのかも知れない。 だけど、自分という人間をしっかりと見つめてくれる彼に安心させられたというのも事実。 『俺はずっと新一って呼ぶ。人目のあるところでは無理だけど。 工藤新一はずっと生きていくよ。』 思い出すのは、暖かい言葉。 彼の言葉が自分の存在をつなぎ止めてくれたから。 「由希さん。妻は、清美は・・・俺と一緒になることに不安を覚えたんじゃないでしょうか。 結婚式の前も様子がおかしかったし。」 「・・・誘拐じゃないかもしれないってことですか?」 「今日、なんとなくそんな気がしてきたんです。」 力無く笑う草加に新一は悲痛な表情を浮かべた。 そして、少しだけこの男を情けなく感じる。 どうして好きならば、もっと必死になれないのかと。 「草加さん。清美さんは鞄を残しているんですよ。 逃げ出すなら、お金など入ったそれを置いていくはずないじゃないですか。」 「でも。別の男が居たならその男に出してもらえるし。 俺との思い出がある鞄なんて捨てたって考えれば妥当じゃ・・・。」 いっそこの男、一発殴ってやろうか。 新一がそう思った瞬間 「一発殴りたい。」 という言葉と共に後ろから抱きすくめられた。 「快斗。」 「帰りが遅いから心配になってきちゃった。」 「遅いって、まだ15分くらいしか外にでてねーぞ?」 「15分もだろ。俺でも我慢した方。」 少しふてくされた顔をした快斗はチュっと新一の頬に後ろからキスを落として 抱きしめていた手を放すと、草加の方へ歩み寄る。 草加はポカンと間抜け面で快斗を見ていた。 「あんたさぁ。清美さんのこと、本当に好きなの?」 「なっ。あたりまえだろ!!」 快斗の問いかけに、草加はカッと顔を赤くして怒鳴った。 先ほどまでの穏やかな口調はどこにもない。 どうやら彼は興奮すると一変するタイプのようだ。 初めて喫茶店であったときも“清美、清美”と叫んでいたのを思い出す。 「じゃあ、なんでこんなところでウダウダ悩んでいられるんだよ。 いくら約束があったからって、俺はそんなのすっぽかすぜ。 もし、しんい・・由希が俺の前から居なくなったら、 由希がいやがってでも俺は由希を見つけて連れて帰る。 どんなことをしても、探し出す。手段や形振りなんてかまわずに。 例えそれが法に触れることだとしても。 男が他にいることなんて、気にしてどうするんだよ。奪い返す気力もないのか? 自分の気持ち、いつまでもうやむやにして逃げてるだけだろ!!」 「・・・・。」 草加の目から涙がこぼれる。 それは夕焼けに反射して、まるで血の涙を流しているようにも見えた。 「大事な人なら、絶対に諦めちゃだめだ。守り通せよ。それが旦那のつとめだろ。」 「・・・快斗。」 「そろそろ帰ろうか。もう、夕暮れだから体を冷やしちゃまずいし。」 草加はまだ固まったままだったけれど、快斗の言葉に新一は頷いて元来た道を戻る。 あれだけ言われれば彼も大丈夫だろう。 新一はそう思いながら隣を歩く快斗を見上げた。 「ん?」 「いや、惚れ直したなって思っただけ。」 そっと背筋を伸ばして、快斗の唇に自分の唇を重ねた。 少しだけいつもより長く。深く。 たまには素直になるのも悪くはない。 「俺はどこにもいかないぜ。」 「分かってるよ。だいたい俺が新一を放すはずがないじゃん♪」 15分でも死にそうだった。 快斗のそんな言葉に新一は“バーカ”と彼の頭を小突くのだった。 |
Back Next