体調がずいぶんと良くなったから。と雅斗が主張するので

リハビリがてらにホテルを出たのは昼を少し回った頃。

もちろん同伴者として、新一と由佳が一緒に赴いた。

 

 

〜永久花・34〜

 

 

鮮やかなハイビスカスが道沿いに植えられ、陽気な音楽が通りに響く。

この辺り一帯では一番の繁華街なのだとホテルの人が進めてくれた場所は

確かに観光気分を十分味わえる。

ようやく旅行に来た気がすると述べる由佳に、新一は思わず苦笑を漏らした。

 

「まぁ、こんなにのんびりできるのも久々だしな。」

「そうそう。たまには休まないと、心身共にね。」

 

由佳はスキップしそうなほど軽い足取りで様々な店先をのぞいていく。

かわいらしい雑貨のお店、アロハシャツが鮮やかな洋服店。

その中でも由佳が気になったのは、路地までテーブルの並べられたオープン喫茶。

美味しそうなトロピカルジュースや絞り立てのジュースなどがミキサーで回っていた。

 

 

「お母さん。雅斗。あそこで休憩しない?」

 

 

くるりと振り返って満面の笑みを浮かべる由佳。

新一と雅斗は顔を見合わせてニコリとお互いに微笑む。

確かに休憩するにはいい場所かも知れない。

 

「そうだな。」

「いいかもね。」

 

「やった。じゃあ、雅斗、席をとってて。私、注文してくる。

 雅斗はグレープフルーツジュースでいいよね。お母さんは一緒に来て。」

 

そう言うと途端に走り出した由佳。

そんな彼女のはしゃぎ様を見て、出かけるのに誘った新一としては、

まんざらでもない様子で顔をほころばせ、駆けだした由佳を追いかける。

 

雅斗はそんな幸せに満ちた光景に穏やかな表情を浮かべながら、

一番日当たりの良さそうな席に座るのだった。

 

 

「えっと、雅斗はグレープフルーツジュースでしょ。

 私はマンゴジュースにしようかな。お母さんは?」

 

「そうだな。パイナップル。」

 

新一は由佳の後に続き、

列に並びながらメニュー表を見て、飲めそうなジュースを選択した。

昼間の暑い時間のせいか、少し並んでいたが待てないほどではない。

 

たまにはこんなのんびりしている時間も良い。

そう誰もが思っていた幸福な時間。

できればずっと続いて欲しい。と由佳は思いながら

自分の順番になったので流ちょうな英語でメニューを注文した。

 

だけど・・・彼女の願いもむなしくその時間は長くは続かない。

 

 

―――パシュッ

 

 

席に座っている雅斗を一瞥して、新一が再び由佳のほうを見た瞬間

すさまじい殺気を感じて、反射的に新一は由佳を引き寄せてしゃがみ込んだ。

 

そして突然の動きに人々が驚く暇もなく、

一発の銃弾が渡されようとしたジュースを貫通する。

 

「由佳。大丈夫か?」

「私は平気だけど・・・雅斗!!」

 

体を起こした由佳の視界に飛び込んだのは、銃が飛んできた方向に駆け出す雅斗の姿。

まだ、先日の傷が完治していないのに。と由佳は彼を追おうと立ち上がる。

だがしかし、またもや驚くべき事態に気が付いて彼女の足は止まった。

 

「・・お・・・かあ・・さん?」

 

「俺は・・大丈夫だ。・・雅斗を追えっ。」

 

「でもっ。」

 

早く追えと告げる新一の肩は驚くほど真っ赤に染まっている。

撃たれた銃弾は2発だったのだろうか。

由佳は思ったよりも多い血の量に顔面を蒼白させた。

 

「・・・行くんだ。由佳。」

 

 

金縛りのように固まった体。

だけれど、まるで呪文のように新一の言葉によって自然と足が動き出す。

大事な母親を残しては行けないはずなのに、体は言うことを聞いてくれないようだった。

 

 

「絶対安静にしていてね!!」

 

由佳はハンカチで新一の傷口をきつく結ぶと急いで雅斗の後を追った。

 

どうして自分の些細な願いは聞き入れてもらえないのだろうか。

そんな悲痛な思いを抱えながら。

 

 

 

 

逃げていくのは女。髪はウェーブがかった茶色。

この場には不釣り合いな黒いパンツスーツを身につけている。

雅斗は思ったよりも良く動く体に我ながら感心すると、

胸元に隠し持っていた拳銃に手を掛けた。

 

人通りがどんどんと少なくなって、

彼女の足止めのために射撃するには状況もそろっている。

だが、自分の銃が当たらない気がするのは気のせいではないはずだ。

逃げながらもまったく隙がない。

背中を向けられているというのに彼女の背中には目があるような感覚さえした。

 

気が付いたときには体は勝手に動いて、母親を狙った女を追っていた。

幸せそうに微笑んでいた大切な人の表情を一瞬で曇らせた相手がにくい。

 

「俺が相手で良かったと思えよ。」

 

雅斗は自分の父を思い浮かべてそんな台詞を吐いた。

 

 

 

女の足が止まったのはそれから数分後のこと。

場所は小さな公園だ。

彼女はぴたりと立ち止まってゆっくりと振り返ると妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

「初めまして。黒羽雅斗君。先日の傷は癒えたのかしら?」

 

 

女は走ったことで乱れた髪を手で整えながら一歩一歩近づいてくる。

今までに感じたことのない威圧感。それはどこかジンにも通じるところがある。

 

だけど雅斗は一歩も後退する気はないのか、

彼女が近づいてくる様子を無表情のまま眺めていた。

 

 

「私の殺気を感じてない・・・ってわけじゃなさそうね。」

 

女は口元に指を添えて考えるような仕草を見せる。

 

「あなたも大切みたいね。彼女が。」

「当たり前だろ。大事な母親だからな。」

 

 

「どいつもこいつも。どうしてあの女に執着するのかしら。」

 

気にくわないと言いたげに彼女はチッと舌打ちをして、忌々しそうに雅斗を睨んだ。

 

 

「どいつもこいつもって・・他に誰か執着している人間でもいるのか?」

 

雅斗は挑発的な口調で女に尋ねる。

どうも先ほどから気にかかっていたのだ。

女の無計画的な行動も、母親に向けていた嫉妬の固まりのような汚い殺気も。

 

そして雅斗は女の表情の変化を見ながら、彼女は私情だけで動いていると確信した。

 

「死にゆくあなたには関係のない事よ。」

「女の嫉妬ほど醜いものはないぜ。」

「あなたに・・・何が分かるというの。」

 

ゆっくりと向けられた拳銃。

その顔は氷のように冷たく微笑んでいる。

誰かを愛しすぎた女の顔ほど怖いものはないなと雅斗は頭のすみで思った。

 

背後にある木々の間から感じとれる由佳の気配に女は気が付いていない。

こんな私情を挟む人間があの完璧な組織にいるとは思っても見なかったと

雅斗は呆れたように彼女を見つめ続けた。

 

 

由佳の気配をこのまま悟られないように、全てを自分に向けさせるために。

 

 

「動かないのね。」

「正確には動けないかな?」

「胸元の拳銃に手を伸ばした瞬間に打たれるから・・かしら。」

 

ククッとのどの奥で押し殺したように女は笑う。

だが、雅斗はその表情に不適な笑みを返した。

 

「いや・・あんたの意識が俺に向いて欲しいからだ。」

 

「つっ・・・まさか。」

 

その言葉と同時に女の体は前のめりになる。

だが彼女も倒れながら、雅斗に向けて発砲したが、

もちろん彼は紙一重でひらりと避けた。

 

地面を切る銃弾。女はチッと舌打ちをしながら意識を手放したのだった

 

Back                  Next