『トイレの花子さん』『赤紙青紙』『13階段』『歩く人体模型』『テケテケ』『二宮金次郎』言い尽くせばきりがないほど、どこにでもある、学校の怪談話。

それが、一番流行るのは、やっぱり小学生の好奇心旺盛な時期だろう。

 

 

一夏の奇跡

 

「肝試し?」

「うん、いいでしょ?葉平の家と紅里の家とうちとで肝試ししようってことになったの。」

手渡された春雨サラダをテーブルに運びながら由佳はすがるような目で快斗を見る。

“いいでしょ?”そう尋ねながらも、由佳は行く気満々で

こうなてしまっては、誰の言うことも聞かない事を快斗は熟知していた。

 

“いいだろ?”

昔、新一が快斗にそう尋ねるときは、ダメでも“ダメ”とは言えなかった。

正確に言うなら、言っても聞かなかいのだが。

尋ねてくるときはもう、自分の中では決定しているというのがいつものパターン。

誰よりも意志の強い、悪く言えば頑固な名探偵だから。

そんなところはしっかり遺伝しているなぁと思いつつ快斗は“ふむ”と手を顎に当てて考える。

 

今日は週末、つまり新一とゆっくり過ごせる夜でもある。

快斗の頭の中で天秤がぐらぐらと揺れた。

 

『肝試し=家族サービス』と『新一との甘い夜』

 

その天秤が後者に傾こうとしたその時

「いいんじゃねーか。肝試し。」

快斗の天秤が強制的に新一の言葉によって『肝試し』に傾けられた。

 

「ほんと?お母さん。」

 

快斗の隣で、冷しゃぶを氷水につけていた新一の返答に、由佳はキッチンまで駆け寄る。

嬉しそうに微笑む由佳に新一は再び頷いてみせた。

 

「ちゃんと、平次や白馬の家には連絡入れたのか?」

「うん。午後8時に学校の正門に集合なの。

 よかった、断れたらどうしようかって思ってたから。」

しゃがみ込んで視線を合わせるように、快斗が問いかければ、

由佳は本当に嬉しそうに全身を使って頷いた。

 

 

そして、スキップしながら部屋を出ていったかと思うと

また、ひょっこりと食卓の入り口から顔を出す。

 

「ねぇ、哀姉も呼んで良い?」

 

「もちろん。あいつが行くかどうかは別としてだけどな。」

 

新一の返答を聞くと同時に由佳は大慌てで、靴を履いて隣の家へと飛び出していく。

 

 

 

騒がしいところはしっかり遺伝してるな。

 

新一はそんなことを思いながら隣にいる快斗に視線を向ける。

快斗はその視線に気が付いて、

新一が考えていることを察したのか拗ねたように頬を膨らませた。

 

「騒がしいところが似てるって思ってたんだろ?」

「よく分かったな。」

「でも、頑固なところは新一そっくりだぜ。」

 

新一の小馬鹿にしたような言葉と笑みに快斗は負けじと反論する。

だが、新一はその言葉を軽く聞き流すと、氷の中に入った、冷しゃぶをテーブルへと運んだ。

透明なガラスの器の中で、程良く冷えた肉がゆらゆらと漂う。

 

最近、雅斗のお気に入りが“冷しゃぶ”なので、

家族全員揃う夜はこのメニューが定番となっていた。

 

「又、冷しゃぶ?」

「悠斗、寝てたのか。」

「少し。」

 

いつもはストレートな髪が、クシャクシャになっている。

だが、汗をかいた様子がないことから察するに・・・。

 

「冷房、ガンガンに効かせて寝たんだろう。」

快斗は取り皿を眺めながら、呆れたように呟く。

それに、悠斗は何とも言えない顔つきになって、気だるげにそばのソファーに倒れ込んだ。

 

「だりぃ・・・。」

「冷房の中で眠るからだよ。いつも言ってるだろ。」

「分かってるけど、暑いし。子どもはデリケートなんだよ。」

 

小学3年生ってこんな言葉遣いしたっけ?

 

快斗はソファーで又、眠りはじめた悠斗を見ながら、

自分が悠斗と同じ年齢の頃を思い出す。

あの頃は、昼寝の時に渡されたのは一本のうちわで

起きたら、着ていたシャツは汗だくになり、そのまま風呂に直行していたものだった。

 

「俺もこんな感じだったな。」

「・・・そう。」

確かに新一はそんな感じだっただろう。

快斗は悠斗にタオルケットをかけてあげている新一を見ながら内心でそう呟いた

 

そう考えると、子どもの頃に出会っていたらお互い理解できなかったかも知れない。

インドア派とアウトドア派の性格では・・・。

 

「いいタイミングで出会ったんだよな。オレ達。」

「何の話だ?」

「いや、出会いはタイミングが大事って話。まぁ、どっちにしろ惚れてただろうけど。」

 

 

新一は快斗の言葉の意味が結局分からず、首を傾げて、夕食の準備に戻っていった。

 

 

 

「なぁ、快斗。あそこの小学校ってお化けさわぎあったっけ?」

「なんか、近所のおばさんが話していたのを聞いたこと有るよ。誰かのコンサートに行くために

急いでいた女性が、あの小学校の近くで車にはねられて死んで、未練たらたらだったとか。」

 

「それが、何で小学校に出るんだよ。」

 

「いや、そこまでは知らないけど・・まぁ、そんな物だろ。小学生のうわさ話って。」

 

新一は若草色のエプロンを片づけると、快斗の座っている場所の向かい側に座った。

セッティングは全て整った。

あとは、由佳の帰りを待つのみだ。

 

「本当に出たりしてな。」

「新一って非科学的な物信じるタイプだっけ?」

「これだけ非科学的な事を体験すれば・・・な。」

 

新一はテーブルの上に置かれた自分の両手を見つめるようにして言葉を漏らす。

コナンだったころ、小さな手は何よりのコンプレックスだった。

 

何も守ることが出来ない、包むことも出来ない。

 

そう言われた気がして・・・。

 

今自分の手は、小さくないにしても細く柔らかみをもっている。

力無き、女性の手つきだ。

 

 

その見つめていた手を、ふわりと包み込まれる。

顔を上げれば、快斗が微笑んでていた。

 

「誰かを抱きしめて癒すには、すごく適した手だよ。

 だいたい、戦うためにこの手は付いていないんだし。

もし、守るために手を使って相手を傷つける必要があるなら、その時は俺の手を貸すよ。」

 

「マジシャンが手を大事にしなくてどうするんだよ。」

 

新一は苦笑して、彼の手を握り返した。

指と指とが絡み合って、どこからが自分の手かどうか分からなくなりそうだ。

 

「俺、好きだよ。新一の手。」

快斗はそう言ってそっと新一の指に口づけると上目遣いに新一を見る。

彼の挑戦的な眼差しに、新一は又苦笑する。

 

「俺も好きだぜ。快斗の手。」

魔法を生み出す彼の手は、いつ見ていても飽きない。

その手は大きく、そして優しい。

新一は自然と快斗と同じように、彼の手に口づけをした。

 

 

そして、再び視線を交えて、今度は・・・そう思って顔を近づけた瞬間

 

「うごっ。」

新一の視界から異質な声と共に快斗が消えた。

 

 

 

「夕食だろ?」

「さっさと、食べようぜ、母さん。」

 

いつの間に来たのか、悠斗と雅斗が快斗のイスの足を蹴り壊していた。

快斗は顎をテーブルに打ち付けたらしく、下の方で唸っている。

さすがはマジシャンの息子。

気づかれずにイスの足を壊すとはなかなかのものだ。

 

「どうでも良いけど、イス。直しとけよ。」

「もちろん。」

新一の言葉に雅斗はパチンと指を鳴らす。

するとどうだろう、そこには壊れたはずのイスが元の通り存在した。

 

 

まぁ、足のしたには快斗を敷いてはいるが・・・。

 

 

 

「雅斗・・悠斗・・・。」

快斗はイスをどかして起きあがると、ギロリと2人の息子を睨み付けた。

 

あともう少しだったのに。

ただでさえ、今夜は肝試しで2人きりの時間が少ないのだから。

 

そんな、快斗の無言の訴えも息子2人には届いていないらしく、

“準備しとこう”などと言ってキッチンの方にご飯をつぎに行く。

 

 

そして、タイミング良く、由佳が哀を連れて帰ってきた。

 

冷しゃぶの日にはお隣を呼ぶのはもはや習慣化している。

 

だが博士の姿はそこには見えない。

新一は不思議に思って、うなだれる旦那を放っておくと哀に尋ねた。

 

「今日は学会なのよ。博士。食事はそっちで食べてくるって。」

「そっか。で、灰原も行くのか?肝試し。」

「ええ、久しぶりに暇つぶしになりそうだから。」

 

哀は怪しげに微笑むと、窓際の席についた。

その隣に由佳は座って、時計を見る。

 

「もう、7時!? 午後8時だから急がなきゃ。あれ、由梨は?」

「まだ、2階だろうから呼んできてくれるか?」

 

快斗は哀にグラスを渡すと、由佳に頼む。

読書に夢中な彼女を呼ぶのは強引な由佳が向いているから。

 

「は〜い。」

由佳は肝試しが楽しみなのか、足取り軽く2階へと上がっていった。

 

あとがき

肝試しの季節になってきたので。今回は出演者多数だけれど、主役は快斗かな?

 

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