小学校の前に一台のファミリーカーが止まった。 白銀のボディーが月明かりに照らされる中、スライド式の扉が開かれる。 「遅くなった?」 「いえ、時間ピッタリよ。」 ピョンっと車から出た由佳は正門の前に立っている紅里に駆け寄った。 その周りには、服部家と白馬家の面々が揃っている。 一夏の奇跡 +中編+ 「車は横付けして置いといても大丈夫やろ。こないな時間にこのへん通る車はおらへんし。」 平次は運転席側に歩み寄ると、キーを抜いている快斗に声をかける。 車窓越しだったがその声ははっきりと聞こえていたらしく快斗は軽く頷いた。 もともと中心部からはずれた位置にあった小学校だが、 最近は幽霊騒ぎが手伝って、人がこの時間帯に近づくことはなくなっていた。 そのためか辺り一帯は不気味な静けさに包まれている。 「で、幽霊は何処に出るんだ?」 新一は助手席から降りると同じく後ろのドアから出てきた由梨に尋ねた。 由梨は軽く顎に手をそえて、学校での友人達の会話を思い起す。 「確か・・・音楽室のピアノとか、校庭の歩く二宮金次郎に運動場を走る馬。 ああ、あと、とっておきのがあった。」 「とっておき?」 「全自動のイス収納機があるんだけど、そこに誤って7歳の小柄な生徒が落ちちゃって、 一緒に収納されちゃったって話。夜の8時にそれを稼働させると、骨が砕ける音とか 肉が引きちぎれる音とかが聞こえるんだって。それ・・聞いてみたいと思って。」 「はは・・。」 楽しそうに話す由梨には悪いが、俺は絶対聞きたくねぇ。 新一はそう思いながら、軽く頭をふった。 「なんか昔の怪談より、リアルになってるね〜。最近は。」 「パソコンの幽霊もいる時代ですから。」 校庭の柵を片手で軽く乗り越えると、快斗は腕を頭の後ろで組み、他人事のように呟く。 探は苦笑しながら、来る途中に娘から聞いた話を思い出してそう付け足した。 外で二宮金次郎などを一通り観察して、さっそく彼らは入り口の正面に立つ。 入り口の扉は頑丈に閉じられているが、ここには2人の怪盗がいるのだから それはなんの防壁のもならない。 それでも、ここで、快斗や雅斗が扉を開けるのはやや抵抗があった。 白馬は快斗を未だに疑っているし、 雅斗の手つきで葉平や紅里に感づかれないとも限らない。 そこで、新一は一歩、歩み出て鍵穴をのぞき込んだ。 「工藤?」 「はい、新一。」 平次は新一の動きに首を傾げるが、全てを悟った快斗はヘアピンを彼へと渡す。 新一はそれを受け取って、カチャカチャと鍵穴を操作した。 そして、数分後・・・・・ カチンと音を立ててカギがとかれる。 「工藤君ってそう言う特技も身につけていたのね。」 「まぁ・・な。」 感心する紅子に新一は乾いた笑みを漏らす。横では快斗が軽くウインクをしていた。 きっと、この男なら一瞬で鍵を開けれるだろうが。 新一はそう思いながら、率先して中へと進む。 暗い廊下の先には、ただ闇だけが、しっかりと根を下ろしていた。 「で?最初は?」 コンクリートの廊下を歩きながら、快斗は雅斗へと問いかける。 雅斗はニヤリと笑って、廊下の突き当たりにあるWCのマークを指さした。 まず初めはオーソドックスなトイレということなのだろう。 「じゃあ、開けるぜ。」 快斗は場の雰囲気を盛り上げるために、すこしこわばった声で後ろにいる彼らに尋ねるが 緊張しているのは白馬と和葉の2人で、あとは別段怖がった様子もない。 「相変わらずだね。」 「もっと怖い体験を現実でしているから。」 乾いた笑みを浮かべる快斗に哀はそう返事を返す。 確かに 快斗はその言葉に納得すると、扉の方へと向き直って、ゆっくりとそれをひらいた。 パッ 「へ?」 開けた瞬間、視界を埋め尽くしたのは、汚く薄暗いトイレではなく、 扉を開けた人のセンサーを感じて明かりがつく最新式のトイレ。 洗面台は綺麗に磨かれて、その傍には青々とした観葉植物が葉を茂らせる。 それは、デパートのトイレに負けず劣らずの華やかさ。 「こんなところじゃ、花子さんもいずらいだろうな。」 新一はくもりひとつない鏡を見つめながら、率直な感想を述べる。 それに、他の大人達は軽く同意を示した。 「花子さんって何?」 「は?知っててここに連れてきたんじゃないのか?」 「いや、俺はトイレに行きたかっただけ。」 雅斗は快斗の問いかけに、軽く首を振ると隣の男子トイレへと向かう。 悠斗や由梨達もどうように、花子さんを知らないようで、軽く首を傾げていた。 「これだけハイテクになったんやし、花子さんも消えるわ。」 「なんか、さみしーな。まぁ、私は怖い物苦手やし、ちょうどええけど。」 後ろ手にそんな会話を聞きながら、新一は苦笑を漏らす。 隣では、哀が悠斗達に花子さんの説明をしていた。 「灰原も知ってたんだな。花子さん。」 「吉田さん達からね。」 苦笑いして告げる哀に新一は軽く“お疲れ”と内心で呟いた。 「じゃあ、つぎに行こう。」 快斗は若干ながら疲れを感じつつも、トイレから外へと出る。 最新式の場所にいる、忘れられた“花子さん”に同情の念を持って。 ねぇ・・・待って 「え?」 「どうかした?新一。」 後ろを振り返って立ち止まって新一に快斗はすかさず声をかけた。 何かに驚いたような表情。 “なんか出たんですか?”白馬はそんな表情で紅子にしがみついていた。 「いや、今・・・なんでもない。」 “声が聞こえた”、そう言いかけて新一は軽く頭をふる。 快斗の後ろでは和葉と白馬が恐怖でガタガタと震えているのだ。 おそらく、自分がこの事を言えば彼らの恐怖を助長することにしかならない。 新一の様子を不思議がる面々を先に行かせて、新一は再び後ろを振り返った。 だが、そこにあるのは綺麗なトイレ。 横の鏡を見ても、映るのは自分の顔だけ。 「気のせいだろ。」 新一は自分にそう納得させると、後ろ手で扉を閉めた。 その後は、順調に事は進んでいく。 音楽室も校長室も理科室も特に変わったことなどない。 それは、どこか拍子抜けではあったが、白馬や和葉にとってはありがたかったらしく、 何もないと分かるたびに、ホッと胸をなで下ろしていた。 「骨の砕ける音・・・聞きたかった。」 「そんなに聞きたいのなら、今度、貴方のお父さんでやっても良いわよ。彼、丈夫だし。」 「哀ちゃん、冗談に聞こえないから止めて・・・。」 残念がる由梨に、哀はさらりと笑顔で恐ろしいことを口走った。 快斗にとってそれは、幽霊よりも恐ろしいものだ。 彼女なら本気でやりかねないのだし。 「なぁ、新一も止めてよ。・・・新一?」 助けを請うように後ろを振り返るが、新一はジッとその場に止まっている。 先程から少し様子がおかしいと思ってはいたが・・・。 もう一度話しかけても、新一は下を向いたまま返事を返すことはない。 「新一・・大丈夫か?」 近づいて顔をのぞき込む。 そうして視線が交わった瞬間、焦点の定まっていなかった瞳に輝きが戻った。 「マジシャンの黒羽様?」 「へ?」 「やっと会えた!!」 快斗は凄い勢いで新一に抱きつかれ、驚いたように彼を見る。 まわりの者達も、時が止まったようにその珍しい光景に固まっていた。 あの、恥ずかしがり屋で意地っ張りの工藤新一が人前で抱きついている。 「明日は天変地異でも起こるんじゃない?」 「地球滅亡ね。」 「工藤もようやく素直をみにつけたんか?」 「頭でも打ったんじゃないでしょうか。」 「てか、あれ誰?」 現実逃避的な会話を続ける大人達を現実へと引き戻したのは悠斗の一言。 確かに快斗に抱きついているのは、新一であって新一でなかった。 あとがき ついに、取り憑かれちゃいました(笑) |