◇ラッピングと共に気持ちを込めて◇ 後編 「今年はいったい何をあげるつもりなの?」 哀は目の前で機械いじりをしている快斗を後ろからのぞきこむと、 彼の手の中では金属特有の光沢を持つ小さな物体が加工されているところだった。 「新一への予約席w」 「婚約指輪が手作りなの?そんなに貴方ってお金無かったかしら。」 「失礼だね、哀ちゃん。今年は気持ちを込めようと思ったんだよ。 まあ、去年のクリスマスはクリスマスの時間だけを貰った けど、今年は新一の一生の時間を貰おうかなって。」 綺麗に仕上がったプラチナの指輪を快斗がポンッと空中に指ではじくと、それは一瞬で消えてしまう。 だが、哀はそんな快斗のさりげない手品を特に気にとめることなく、 疑問が解決すれば特に興味はないと言った感じでスッと彼のそばから離れた。 「一緒なのね・・・。」 「えっ、何か言った?」 「綺麗に片づけして帰ってって言ったのよ。」 クスっと彼女特有の笑みを見ながら快斗は小首を傾げるしかなかった。 イルミネーションが輝き恋人達があふれかえる街。 今日は、聖夜の奇跡を信じてみたくなるクリスマス。 恋人達にとってはバレンタイン、誕生日に続く重大な行事だ。 そう、それはもちろん彼らにとっても同じはずだった。 『ごめん、新一!!』 クリスマスと言っても高校3年生の彼らには冬休みというものは皆無で、 それでも夕方からはゆっくりと2人ッきりで甘く暖かい時間を楽しむ予定だった。 『怒ってる?』 「別に・・・。」 だが、事はそうそううまくはいかない。 今日は新一へ警察からの協力要請はなかったのだが、滅多に予定の入らない快斗に どうしても抜け出すことの出来ない用事が入ってしまった。 それを聞いたのは、先に帰った新一がちょうど夕食の準備も整え終わった頃。 まさに、最悪のタイミングと言ってもいいだろう。 「帰るのは何時になるんだ?」 『日付が変わる前には・・・。』 「分かった。がんばれよ。」 快斗に入った予定は“何で今頃”と言いたくなるようなものだった。 彼の父親の親友が、はるばるヨーロッパの地から日本まで家族旅行で訪れたらしい。 そこまでなら、何も快斗が合う必要など無いのだが、 彼がただの父親の親友でなかったことが今回のネックなのであろう。 若手マジシャンをスカウトする、それが父の親友がやっている仕事のひとつだった。 それで、快斗に “都内のとあるホテルで行われるショーに ぶっつけ本番で出て力を見せてくれ” と彼は頼んできたらしいのだ。 即席の瞬間こそ真の力が見える。それが彼の口癖らしい。 「なんで、今頃くるんだよ。」 それが、マジシャンを目指す彼にとっては又とも無いチャンスであることを十分承知している新一は 先程まで快斗の声が聞こえていた携帯電話を睨み付けることしかできなかった。 「工藤君。」 「灰原・・・。」 「黒羽君、帰り遅くなるそうね。」 いつの間に来たのであろうか? 哀はリビングの入り口にもたれかかるようにしてたっていた。 先程の言葉から察するに、電話の内容は聞かれていたのであろう。 「で?何のようだ。」 「用がなければ来てはいけないみたいな言い方ね。」 「灰原って用件無しで他に出向くような性格だったけ?」 「失礼ね。まあ、確かにそうだけど。」 お茶をテーブルに置き、向かいのソファーに座ってからそう皮肉を言う新一に哀は薄笑いを浮かべた。 そして、足下に置いていた紙袋の中から小さな箱を取り出す。 「これを持ってきたのよ。メリークリスマス。工藤君。」 「これ?俺に?」 「ありがたく、受け取って頂戴。黒羽君からとっても良いプレゼントを貰ったお礼に。」 蒼く長方形をした箱に、対照的な赤いリボンが掛かっていた。 中を開けてみれば、それは上品な銀縁の眼鏡。 「結構使うでしょ?」 「ああ、ありがとう。だけど、なんで快斗からプレゼント貰ったのに俺に礼をするんだ?」 「気まぐれよ。」 快斗から貰ったのなら快斗にお返しすべきだという新一の言い分を哀は冷笑ひとつでやり過ごす。 だが、それでも新一は納得できないようであった。 「俺は、何も用意してないぜ。」 「いいえ、貰ったわ。おかげで、心配事がひとつ減ったの。」 哀はそこまで言うと、席を立ち玄関へ向かう。 新一は彼女を玄関まで見送りながら、未だ解けない謎に頭を捻らしていた。 「あまり、夜更かししないで頂戴。黒羽君、遅くなるんでしょ?」 「ああ。メリークリスマス、灰原。博士にもよろしく。」 「伝えておくわ。」 扉が完全に閉まった後、新一はなぜか無性に寂しい感じが家全体を取り囲んでいる気がしていた。 新一はとりあえず昨晩買った推理小説を自室からリビングへと持ってきたが、広い空間は落ち着かない。 「書斎は、寒いし・・・。」 今はあまり使われていない書斎の暖房機は掃除をしていないため使うのは気が引ける。 それでは、どこで時間をつぶそうか? そう考えた末、新一が出した結論は・・・。 シンプルな物しか置いていない、昔は来客専用の部屋だった快斗の部屋。 新一の部屋に入り浸っている快斗がいつ使っているんだと思うくらい、その部屋は生活感で溢れていた。 「ここでいっか。」 それなりの広さに、綺麗に掃除してある暖房。 そして、なによりも本人は無自覚のようだがそこは快斗の存在を一番感じられる場所でもある。 新一はそこで本を読むことに決めたようで、とりあえずコーヒーを煎れて、 ベットの上に座ると読書体制に入った。 BGMには母親が昔買った、かの有名なクリスマスソングをかけて。 「山下達郎・・・?」 食卓にあった豪勢な食事に罪悪感を感じつつも、そこにはいない新一に、 快斗はもう寝たのだろうと結論を出して、とりあえず荷物を置きに自室の前まで 来たとき、中から、小さな音ではあるが山下達郎の『クリスマスイブ』が聞こえた。 「新一?」 家を出る前に曲をかけた覚えはないし、それにこのCDも持っていない。 それならば・・・。 そう思って扉を開けて愛しい人の名を呼んでみる。 見れば、新一は快斗のベッドで自分を抱きしめるようにして眠っていた。 快斗はそんな新一を見てたまらなく愛しく、 そしてそれと同じくらい罪悪感を感じる。 きっと君は来ない。一人きりのクリスマスツリー。 「ごめんね、新一。」 後ろで流れるクリスマスソングを聞きながら快斗はそっと新一の唇へとキスを落とす。 その瞬間、新一の瞼が開いた。 「んっ・・・快斗?」 「ただいま、新一。」 「俺、いつのまに寝てたんだ?」 ゆっくりと上体を起こしながら新一は近くに置いてあった時計に視線を向けると 針は11時50分を指していた。 「ギリギリクリスマス中にプレゼント渡せそうだな。」 のっそりと、残りの下半身を布団から出して 新一は快斗の部屋まで持ってきていたプレゼントを快斗に手渡した。 ラッピングは自力でしたって事はなんだかシャクだから内緒にして。 「開けて良い?」 「ああ。」 新一から許可を貰うと快斗はゆっくりと丁寧に包装紙をはがしていく。 「万年筆?」 「ああ、なんかKIDみたいな感じだろう?一生使う物だから。」 「ありがとう。すっげー嬉しい。それと、この包装、新一がやっただろ?」 「へっ!?」 綺麗にはがした包装紙を手に取ると快斗はニッと笑った。 新一はその言葉に思わずキョトンとしてしまう。 「何で分かるんだ?」 「愛の力かな?」 はぐらかす快斗に新一は疑惑の視線を向けるが、“まあいっか”と諦めたようにクスッと笑う。 きっと、気持ちも伝わったはずだし。 「俺からのプレゼントはもう新一が持ってるしね。」 「俺が?って、いつの間に。」 「今日はクリスマス。奇跡が起こっても不思議じゃない。」 呆然と指輪を眺める新一をギュッと抱きしめて 快斗は耳元でそっとそう告げた。 それに対して新一は再び笑みを漏らして、お返しのように今度は快斗の耳元でささやく。 “お前なら、聖夜でなくても奇跡を起こせるだろう?” 「新一限定の魔法使いだからね。」 「てか、なんで布団に上がり込んでるんだよ。」 「今日は一緒に寝る。なんか、抱きしめて眠りたい気分だし。」 気づけばあっという間にお互い抱き合う格好で布団の上に寝かされていた。 「明日、もう一度クリスマスをしよう。」 「ああ。そういえば、灰原から快斗に貰ったプレゼントのお礼で 俺にプレゼントくれたんだけどなんでか分かるか?」 「う〜ん。分かるような、分からないような。まっ、いいじゃん。」 哀に引き続き流されてしまったプレゼントの疑問。 だが、瞼の重い新一にそれ以上追求する意欲はない。 腕の中で寝息が聞こえたのを確認して、快斗はクスっと笑った。 おそらく、哀が新一にプレゼントをお返しとして渡した理由は・・・。 「俺が、あの指輪にリアルタイムで血圧と体温、脈拍を 哀ちゃんのパソコンに送れるような機能を付けたんだからさ。」 自分から病状を伝えない新一にしびれを切らしていた彼女。 これなら、快斗としても安心だ、もちろんバレたら怒られるだろうけど。 「げっ、プロポーズするの忘れてた。」 新一から貰ったプレゼントとそのラッピングに込められた気持ちが嬉しくて、 言うのをすっかり忘れていたのだ。 「新一、新一!!ちょっと起きて。」 クリスマス終了まであと一分。 「うるさい、快斗。」 「ぐえっ。」 みぞおちに一発決まった、ひじ打ち。 どうやら、クリスマスの日にプロポーズは無理なようである。 END |