蒼い麻の着物を着た新一は3人の子どもを連れて山道を歩いていた。

神官としての仕事を隣村で終えたばかりで、足取りは重い。

「宮司様。大丈夫ですか?」

木陰に座り込んだ新一に3人の中でいちばんひょろりとした少年、

光彦が心配げに駆け寄る。前を歩いていた歩美と元太も光彦の声でそれに続いた。

 

 

〜治癒の神水・1〜

 

 

新一は彼らを安心させるため軽く笑って見せる。

 

「少し疲れただけだ。元々体力、少ないからな。」

 

「じゃあ、俺、近くの小川で水を汲んでくるぜ。」

「私、木の実を取ってくるっ。」

「えっ、えっと、じゃあ僕は・・・。」

 

新一のためにと、駆けだした2人に遅れまいと、光彦は彼に役立ちそうな事を必死に捜す。

だが、特に来れといったものが浮かばないのか困ったようにその場でうろうろするばかり。

新一はそんな光彦に隣に座るようにと声をかける。

 

「話し相手が欲しいから、ここにいてくれるか?」

「はっ、はい!!」

 

光彦の話はいつもおもしろい。

着眼点が大人の新一達とは違うし、

彼はわりと賢いので同年代の子ども達と比べても内容が聞き取りやすいのだ。

 

新一はそれを聞きながら、目を閉じる。

そんな新一に心配そうに“聞いてます?宮司様。”と時々聞いてくる光彦に軽く頷いて、

新一は夏の終わりを全身で感じていた。

 

蜩とツクツクホウシの鳴き声、それに秋を感じさせる風・・・

 

 

「秋来ぬと、目にはさやかに見えねども、風の音にぞ、おどろかれぬる・・・か。」

 

 

「藤原敏行ですか?」

「相変わらず賢いな、光彦は。」

新一は目を瞑ったまま感心したように言葉を漏らす。

その言葉に、照れている彼の様子が新一は瞼越しに見えるような気がした。

 

 

秋がやってきたと、目にははっきりと見えないけれども、

風の音で自然にハッと秋の到来に気づいてしまった。

 

 

彼も又、自分と同じようにどこかで目を閉じてこの秋風を感じたのだろうか。

新一は再開される光彦の話を聞きながら、故人に思いを巡らせる。

自分の柄ではないと思いつつも、そう感じてしまうのは疲れのせいだろう。

 

「宮司様〜。大変、大変。」

「人が倒れてるんだよ。」

手に木イチゴを持った歩美と、ひょうたんの水筒に水を汲んできた元太が

すごく慌てた様子で新一の傍へと駆け寄る。

 

新一はゆっくりと目を開けて、そして、顔をしかめた。

 

戦国の世である現世は、人が倒れていることは実に多い。

税を納める為に都に向かいその道中で力つきて倒れたり、

物取りに襲われたり、戦いに巻き込まれたり・・・と

限りないほど、死を招く要素はこの世に存在するのだ。

 

「この水を、その人にのませてきてくれないか?俺はまだ動けないから。」

 

予想以上に疲れているな。

 

新一は動かない体にそう感じながら

重い手をどうにか動かして、腰に駆けてある竹筒を渡す。

 

「安全な人物かどうか分からないから、刀などを持っていたら先に回収するんだぞ。」

 

元太と歩美はそれを受け取って大きく頷くと、先程の道をまた戻っていった。

 

 

 

「光彦、おまえは村の人間を呼んできてくれ。

 俺一人では運べそうにない。道中気を付けろよ。」

「はい。」

その場に残った彼に言付けを頼むと、彼は嫌な顔せずに急いで山をくだっていった。

村までは子どもの足で20分程度の道のりだ。

その間、山賊などに襲われなければ良いのだけれど

 

新一は目を閉じて神に祈る。

彼無事に村にたどり着けるようにと。

 

 

 

「宮司様。神水を飲ませたけれど、あの男の人目を覚まさないの。」

「傷口にもきちんとかけたんだぜ。」

 

しばらくして戻ってきた2人の顔には思案の色が伺えた。

その表情は、その人物が危険な状況であるのだろうことを明確に示す。

 

新一は軽くため息を付いて重い体にむちを打ち立ち上がった。

 

「傷口ということは、切られているのか?」

「分からないけど、でもお侍様だった。」

「上の方から落ちたみたいな感じだったぜ。」

「そこまで連れて行ってくれ、歩美。

元太は村の人々がここにもうじき来るから、そうしたら彼らを連れてオレ達の後を追え。」

 

 

新一の言葉に2人は大きく頷く。

本当に良い子ども達だ。

新一は素直な彼らに感謝しながらも、山道を再び歩き始めた。

 

 

 

「宮司様、体、大丈夫?」

「ああ、ちょっと祓いが難関だったからな。あとは夏風邪だ。」

 

 

歩美は新一の袖をギュッと握りしめる。

それを不審に思って彼女をのぞき込むとひどく不安げな表情だった。

今にも泣き出しそうなほど目元は潤んでいる。

 

 

「どうした?」

「宮司様は歩美達をおいていかないよね?」

「当たり前だろ。」

新一は歩美の頭を軽く撫でる。

ここにいる。確かに傍にいるだろ。そんな意味を含めて。

 

歩美達3人は、みな孤児だった。

光彦と元太の家族は侍に皆殺しされ、歩美の家族は流行病でこの世を去っている。

侍に大けがを負わされて虫の息だった光彦と元太、

そして流行病に侵された歩美を救ったのは山奥にある神社にいる年若き宮司。

 

そして、男手ひとつでこの5年間、育ててきたのだ。

だからこそ、3人は一人になるのを極端に怖がる。

 

幼き3人に心配をかけるのは止めようと思っていたのにな。

新一は先をあるく小さな背中の歩美を見ながらふがいない自分に軽くため息を付いた。

 

 

「宮司様。あれ。」

「・・・ひどい怪我だな。」

 

新一は倒れている男の傍によって、近くにある崖を見上げた。

おそらく、あの上から落ちたのだろう。未だ息があるのが奇跡とも思えるほどの高さだ。

 

「歩美、元太の持ってきた水をこれに注いでくれ。」

 

歩美は新一の指示通りに、小さな杯にひょうたんの水を注いだ。

 

「宮司様。ここで“神水”を作るの?」

「ああ。効能はすこし強すぎるかも知れないが、そうでもしないとこの男は死ぬ。」

 

おもむろに袖の中から新一は小さな小刀をとりだして自分の手の甲を斬りつけた。

血が、ポタポタとそこから流れ出る。

その血を一滴も落とさぬよう歩美は杯の水でそれを受け止めた。

 

血が水に混じると、不思議なことにそれは透明なままだ。紅く濁ることはない。

これが、歩美の言った“神水”であった。

 

新一の血を媒介として作られる“神水”はその名にふさわしく、

いかなる難病も大怪我も数日中に治す力がある。

だが、そのような物の存在を世間に知られてしまったらただごとではすまないから、

新一はその力を3人の前以外で示すことはなかった。

 

 

「これくらいで良いだろう。歩美、これを彼に飲ませて。半分は傷口にかけてくれないか。」

「うんっ。」

 

歩美は男の口にそれを注ぎ、そして傷口にもかけた。

先程よりも濃度の濃いそれは、ジュッと音を立てて、足の傷を塞いでしまう。

 

そして、若干ながらも死にかけの男の顔に色味が帯びてきて・・・。

 

「もう大丈夫だ。」

 

そう呟いた瞬間、遠くの方から人々の足音が聞こえてくる。

おそらく、光彦がよんできてくれた人々であろう。

 

「神社に運んでください。」

新一は落ち着いたもの声で、彼らに告げた。

 

 

あとがき

今回はすぐに終わります。一応、話はできているので・・・。

 

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