目に映るのは黒みがかった木目の天井。

まだ・・・生きているようだ。

 

〜治癒の神水・2〜

 

「しつこいな、俺も。」

20に満たない青年、黒羽快斗は汗ばんだ額を手の甲で拭うと、ゆっくりと上半身を起こした。

横を見れば障子が開け放たれていて、そこの先には深い竹林が見える。

縁側の日溜まりには猫が丸くなって気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

快斗はその穏やかな雰囲気に若干安心しながらも、ふと思い出したように腕や足を見る。

崖から落ちたことは覚えている。

隣国の刺客に道中、襲われたのだ。

いつもなら簡単に倒せていたはずの相手だったが、今回はそうもうまくはいかなかった。

軽い夏風邪に、長旅の疲れ。

 

だが、そんな事は言い訳にしかならない。

 

「それにしても、傷・・少ないな。」

今まで幾度も襲われてきたが、今回ほど死を感じたのは初めてだったというのに。

軽い打撲と捻挫くらいしか負傷していない。

 

落ちる途中で木にでも引っかかったのだろうか?

 

 

「あら、目が覚めたの?」

 

快斗が顎に手をそえて考えを巡らしていたとき、

山吹色の鮮やかな着物を着た女性が縁側に立っていた。

手には盆を持ち、猫は彼女の足にすり寄っている。

 

「貴方が助けてくれたのか?」

「いいえ。貴方を助けたのはここの宮司様よ。

 私は町医者。彼に呼ばれて貴方を診ただけ。」

 

女性はそれだけ告げると、快斗の隣に腰をおろし、傷の具合をみはじめる。

 

「特に痛いところは?」

「いや、大丈夫だけれど。たいした名医なんだな。」

「そうでもないわ。

 最果ての国の珍薬が手に入りやすいから、いろいろと治療ができるだけよ。」

 

女性は、そう言って、水と錠剤を快斗に手渡す。

それは、快斗が今までに見たこともない薬だった。

これは彼女の言う“最果ての国の珍薬”なのだろうか?

 

「危ない物じゃないから安心して飲みなさい。

 ところで貴方・・・下級武士ではないんでしょ?」 

「ああ、自己紹介がまだだったっけ。俺は黒羽快斗。父はとある小国の城主をやっている。」

「でしょうね。話し方から分かったわ。で、若様がなんであんな山奥に?」

 

女性は足を崩して、膝の上に猫を載せると、柔らかな毛並みを撫でながら質問を続ける。

快斗はとりあえず助けて貰った恩義もあるので、素直にその問いかけに答えた。

 

「城主は変わり者でね。国を治めるには民の視線に立てっていうのが口癖なんだ。

お陰で隣国からは偽善者扱い。民の視線に立つために時々一人で遣いを頼まれるんだけど。」

「小国であるがゆえに、国を乗っ取ろうとする輩が跡目の貴方の命を狙うのね。」

「まぁ、そんな感じかな。」

 

“いつもなら勝てるんだけどね〜”と笑いながら、快斗は再び流れ出す汗をふき取る。

体が異様に熱いのは、先程の薬の影響なのだろうか?

 

「疲労の蓄積による夏風邪よ。熱が又出てきたみたいね。解熱剤を持ってくるわ。」

 

女性は快斗の様子からすぐに事態を飲み込んで、ゆっくりと立ち上がった。

気持ちよさそうに膝の上で丸まっていた猫がそれにあわせてぴょんっと飛び降りる。

 

「あなたは、城主様をどう思っているの?」

「尊敬してるよ。俺もいずれはああなりたいと思ってるし。」

「そう、なら全力で治療にあたるわ。貴方みたいな貴重な人材は少ないから。」

 

妖艶な微笑みと共に、女性は部屋を出ていく。

 

縁側の廊下のきしみが全く聞こえないことに、

快斗は彼女がただ者ではないことを感じずに入られなかった。

そう言えば、彼女がこの部屋に来たときも全く気配を感じなかった気もする。

いつもなら、人が近寄ればすぐに分かるはずなのに。

 

これも夏風邪の制なのか・・・それとも

 

「ひょっとして、狸のお宿?」

「残念ながられっきとした神社だ。」

今度は障子にもたれかかるようにして・・・紫八藤文の袴を付けた宮司が立っていた。

 

 

 

 

「龍神山神社へようこそ。黒羽快斗様。」

新一は今までの話の経緯から、彼が上の者だと言うことを熟知して、

とりあえず膝をついて頭を下げた。

この身なりから、ただ者ではないだろうとは思っていたけれど、まさか一国の若だとは。

 

「いいよ。今はただのやっかい人だ。」

「そうか。それなら普通に話させて貰うぜ。」

 

この時代の規律はかなり厳しく、とくに上下関係に至ってはなおのこと厳しかった。

時々、ここに逃げ込んでくる人々も、

些細な無礼によって侍に負われているからかくまってくれと言う者がほとんどだ。

神社や寺などでの殺しは禁止されているため、ここに逃げ込んでくるのも無理はない。

だけれども、新一はこれまで数々の怒り狂った武士達をなだめる役目を負わされた。

それ故に、侍相手だと、どうしても規律を意識してしまう。

 

 

「ずいぶんと、若い宮司なんだね。」

「まぁ、いろいろと訳有りでな。」

 

新一は部屋にはいることなく、縁側に座ったまま話を進めた。

その理由は快斗には分からなかったが、普通に話をしてくれるだけでも嬉しかった。

今まで、普通に話せていっても、自分が若であることが分かると、誰もが敬語を口にする。

 

それが、たまらなく億劫だったから。

 

 

「あと数日はここでゆっくりして行けよ。仮にも神社だからな。

来る者拒まず去る者追わずだ。」

「で、宮司さんの名前は?」

「ああ、工藤新一。新一でいい。

 村人たちは宮司様って呼ぶけれど、あんまり気に入ってないし。」

 

新一はそう言って、困ったような笑みを浮かべる。

快斗もまた、“若”と呼ばれるのを嫌っていたために、新一のその気持ちはよく分かった。

 

「じゃあ、おれも快斗って呼んでね。」

「若は嫌いなんだな。」

「うん、たぶん新一と同じ理由で。」

 

敬称的な呼び名は、個人として認められていない気がするから。

それが2人の共通した思い。

 

 

 

あとがき

まぁ、ありきたりな展開ですね〜。

最近“あとがき”が“あとがき”ではないような・・。

 

 

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