城に戻って生還した若に喜ぶ者達の手荒い歓迎の嵐をうけ、 ようやくその騒ぎが収まったのは2日後のことだった。 快斗はさっそく新一に文を送ろうと、城下町に出て和紙を探しに行く。 その城下町でも、快斗は人々の歓迎を受け、結局、和紙が買えたのは夕方近くだったが。 〜治癒の神水・5〜 「若様。傷の方はいかかがですか?」 「ああ、すっかりいいよ。」 蒼く染め上げられた和紙を手渡すと、店主は心配げに彼を見る。 快斗はそれに笑って答えた。 「そうですか。もし、具合が悪いようでしたらこちらをお使い下さい。」 そう言って彼が取り出したのはとっくりに入った液体。 「水?」 「昨日から城下町で出回っている“神水”と呼ばれる物です。 なんでも、この近くの龍神山の湧き水からとれる不思議な水だとかで。 いかなる難病も傷もたちまち治してくれるそうですぞ。」 快斗はその“龍神山”の単語に引っかかりを覚える。 そして、思い出すのは、志保が言ったあの言葉。 “ここですぐに傷が癒えたことは他言禁止よ。” それが新一の為にもなると言っていた。 途端に頭の中で警戒音がけたたましく響く。 「それはどこで買った?」 「黒い服を着た怪しげな者達が市場で売りさばいておりましたが。」 急に声色の変わった快斗に店主はとまどいつつも、正確に言葉を綴る。 快斗はそんな店主に礼を言うと、店を大急ぎで出て、城下町の中心部にある市場へと向かった。 どうかこの胸騒ぎが勘違いであってくれればいい。 そう願いながら。 市場はいつもより人々でごった返していた。 元々、この城下町で一番賑やかな場所だが、今日はどうもかってが違う。 日頃は愚民の場所としてよりつかない上層部の武士達もそんな人々に混じって見える。 そして、その中心には和紙屋の店主が言った通りの格好をした男達がいた。 「さぁ、この神水。どんな傷や病気にも100%効く。俺の手を見てくれ。」 仮設の木製の台に乗っている長身の男はそう言って、手を刀で斬りつけた。 血が男の腕を伝うのを、人々は痛々しげに見つめる。 だが、その瞳は好奇で満ちていて、その場は静寂に包まれている。 「しかし、これをかけると。」 次にもう一人の小太りの男が、横からひょうたんに入った水をケガをしている男にかけた。 するとどうだろう、傷口はジュッと音を立てて、一瞬で消えていく。 その瞬間、人々はざわつきはじめる。 そして、途端に述べるのはその水をくれという欲望の言葉。 銭や小判を高く差し出して、我先にと人々が中心部へとよる。 欲望に駆られた人間ほど醜い姿はないな 快斗はそれを遠くで傍観しながらかるくため息をつく。 そして、決心したように人々の渦の中へと歩み寄った。 「名のある気高い宮司様の血が混じっていると言われるから、効果は絶大だ。 さぁ、買った、買った。」 その薬にどっと群がる人々の中を快斗は押し分けて進んでいく。 “俺が先だ!!”と快斗を押しのけようとした者達が数名いたが、 快斗はそれを片手で払いのける。 足下で人が数名倒れて、踏みつけになっていたが それを気にかける余裕などもはやどこにも残っていなかった。 「おい、お若い兄さん。ここには上がらないでくれ。聞いてんのか?」 「・・・黙れ」 快斗は仮設の台の上に飛び乗ると、低めの落ち着いた声で人々を一括した。 その聞き慣れた声に、辺りのざわつきは静まっていく。 商売人の男2人だけが、未だに抗議の声を上げていたが、 傍にいた武士がその2人を押さえ込み、ようやく静寂が戻った。 「若様。なぜこのような場所に。」 商売人を押さえ込んでいる一人の武士が驚き半分、焦り半分と言った感じで快斗を見上げる。 人々も又、突然の登場に驚きつつも、身をかがめた。 「詐欺まがいの行商をしている者がいると聞いて、直々に取り締まりにきた。」 「誰が詐欺だって!?」 「静まらんか。若に失礼だぞ!!」 小太りの男が武士の手を振り払って快斗につかみかかろうと立ち上がる。 家来の武士はそんな態度に怒りを覚えて、鞘に手をかけた。 「その2人の処分は俺がする。誰も手を出すな。」 快斗は家来の手の動きをすぐによみとって、彼に切ることを禁ず。 怒りを当てる場が無くなった家来は、苦虫を噛みつぶしたような表情で手を下ろした。 辺りは未だに静寂に包まれている。 「お前達、今まで売り払われた水を回収しろ。はらった賃金分はこれから返してやれ。 きちんと行えよ。偽りはすぐに城主にばれるのだからな。」 「「「はっ」」」 快斗は懐から小判を数十枚とりだすと、家来の武士達に渡す。 家来はひざまずいて小判を受け取ると、直ぐさまちりぢりに町中に散っていった。 小判をせしめる者もおそらくいるだろうが、今はどうでも良い。 それより 「ひっ。」 快斗の向けた視線に、行商人はガタガタと震え出す。 だが、そんな男達になおも殺気を帯びた視線を向けながら、 快斗は一歩一歩彼らに近づいた。 「俺の質問に正直に答えろ。」 「「は・・は・はい」」 腰が抜けて立てない2人を見下ろしながら、快斗はようやく本題へと入る。 「その水はどこで手に入れた。」 「お、オレ達は、知らない奴からこの水を売りさばけば金になると、 譲られただけなんです。」 「本当にしらねぇんです。」 男達は頭を地に伏せて“勘弁してくだせえ”と壊れた人形のように何度も言い続けた。 あるていど、情報を期待していた快斗にとって、それは邪魔者でしかない。 快斗はきびすを返して、市場を後にした。 後ろでは“詐欺師め!!”と行商人の男達を責める人々の声と殴りつけられる音、 そして悲鳴が聞こえる。 彼らの運命は快斗が手を下さぬとも、死しかないだろう。 そんな時代なのだ。この世は。 「新一のところに向かうべきだな。」 快斗は馬をとりにいくために、急いで城へ舞い戻った。 +あとがき+ 次回は、新一君保護!? |
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