志保は足に食い込む縄の痛みを感じながら、下唇を強くかみしめていた。 どうしてこんな事になったのだろうか。 そう思いながら下を向き、ひんやりと冷たい岩肌を睨み付ける。 〜治癒の神水・7〜 「飯は食べないのか?」 「いらないわ。でも、彼にはきちんと与えているんでしょうね?」 「彼?ああ、あいつか。もちろんだ。死なれたら困るからな。」 睨み付ける対象を岩肌から男へと変わると志保はそっけなく返事を返す。 男はその態度になれているのか、特に気にした様子もない。 男は志保の前に置かれたままの食器を手に取ると、炊き込みご飯を箸に取り、 彼女の口元へともっていった。 「喰え。お前に死なれたら、あの男も自害する。」 「心配しないでも自分の限界くらい分かってるわ。少しぐらい悪あがきをさせて。」 冷たく微笑む志保の言葉に、男は諦めたのか食事を片づけはじめる。 志保はその食器を片づける音に紛れて遠くで聞こえる、水の音に耳を澄ます。 だが、それは水滴が落ちる音ではない。 落ちているのは・・・新一の血だ。 「ひとつ聞いても良いかしら?」 「・・・答えられる質問なら答えるぜ。」 「彼の、工藤君の力をどこで知ったの?」 「見つけたのは偶然だ。オレ達は黒羽家の一人息子の暗殺が今の仕事なんだよ。」 そう言って男は近くの岩に座り込むと、この事を知った経緯を話し始めた。 +++++++++++++++ 「ここです。」 「これが龍神のほこら・・・。」 光彦に案内された洞窟はシダ植物に覆われていた。 見た目にはどこにでもある洞窟。 しいて違う点をあげるなら、 入り口に大きなしめ縄の巻かれた岩が置いてあることくらいだろう。 「この周辺の川の水源が洞窟の中にあるんです。」 「それで、こんなにシダ類があるのか。」 足元を流れている水はひどく綺麗で、快斗はそれに触れてみる。 そして、少しその水を口に含むと、水の出所である洞窟へ再び視線を向けた。 奥の方にから若干だが光が漏れているので、ここに彼らがいることは間違いないだろう。 「あの・・・あと、宮司様がここに連れてこられた理由なんですが・・・。」 「その話はいいよ。新一の秘密は新一から直接聞きたいし。」 快斗はどう説明しようかと迷ってうつむく光彦の頭を軽く叩いた。 それに、光彦は顔を上げて、安心したように快斗を見る。 「分かりました。」 「とにかく、はやく助けに行こう。」 こんな場所に閉じこめられている新一の体力が心配だから。 そう付け加えて、快斗はシダ類の中を音をあまり立てないようにして進んだ。 洞窟の中を流れている小さな川に沿って光源のある場所へ向かって歩く。 相手に気づかれてはならないので、足下を照らすことは出来ないが、 ありがたいことに、奥の方から漏れている光によって歩くのに充分な光源をえられた。 「歩美ちゃん達は?」 「多分、志保様と一緒だと・・。」 「そっか・・じゃあそろそろ、話しはやめにしよう。」 前から近づいてくる2つの影。 おそらく、見回りの者達だろう。 快斗は光彦を自分の後ろへと隠して、そっと鞘に手をかけた。 +++++++++++++++ 「じゃあ、黒羽君をずっとつけていたの・・・。」 「ああ、兄貴はそれであの男の治癒力が商売になると踏んだ。 黒羽家の一人息子は、ああ見えてもなかなかの切れ者だしな。 あいつが去るまでは手を出せなかったんだよ。・・・っと話はここまでみたいだな。」 男は立ち上がってこしの鞘に手をそえる。 誰かが近づいてくる気配を志保もまた、感じていた。 そして、それが誰であるかも。 「気配をまったく隠してない。こりゃ、黒羽の一人息子じゃねーな。となると・・・。」 「光彦君!!だめっ、来たら殺されちゃう。」 「逃げろ、光彦!」 ここにいる者達の中では一番、入り口近くにいた歩美と元太は 走ってくる光彦に必死に戻るようにと声をあげる。 男はその言葉にニヤリとほくそ笑んで刀を抜いた。 「一人ぐらい、殺せと言われたんだよ。あの男を脅すために。」 「止めなさい!!相手は子どもよ。」 志保は男の前に出ようと試みるが、足を縄で縛ってあるために、上手くからだが動かない。 それに、連日の栄養摂取不足も重なって、力すらはいらなかった。 「志保様、歩美ちゃん、元太君。助けに来ました。」 「いっちょまえに刀なんて持ってやがる。」 光彦は小刀を構えて、男を睨み付けた。 それでも、膝はがくがくと震え、目は涙ぐんでいる。 「ククッ、ああ、腹が苦しい。そんなんで俺を殺す気か?びびりまくってるじゃねーか。」 男はその怯えきった小さな勇者に腹を押さえて笑った。 「誰も、僕が倒すなんて言ってません。」 「・・・まさか。」 光彦の言葉と共に、全身を貫く視線を上から感じて、男は恐る恐る視線を洞窟の天井へと上げた。 そして、視界に飛び込んできたのは、とても見慣れた男。 そう・・・・それは先日、殺し損ねた 「黒羽・・・うがっ。」 快斗が地面に着地したと同時に鮮血が辺りに舞い、男の首がごろりとその場に転がる。 歩美はそれに大声を上げようとしたが、その口は志保の手によってふさがれた。 ここで、奥にいる彼らにばれては新一を助けにくくなるのだ。 「もう少し、穏便な殺し方はできないの?」 「今の俺に、制御装置はないんでね。」 「・・・・・そう。」 血の付いた刀を布で拭って、鞘へとしまう。 光彦は先程と雰囲気の違う快斗を畏敬するような視線で見つめていた。 やはり彼も人を斬る・・・・侍なんですね。 「光彦・・・これが俺なんだ。」 「いいから、ここは任せて早く行きなさい。」 志保は快斗の背中をグイッと押すと奥を視線で示した。 光彦は志保の声に我を取り戻したのか、急いで歩美達の拘束を解きはじめる。 それしか、今の自分にはできることは無いと思ったから。 「円谷君。分かってるわよね?彼は・・・。」 「はい。若様は変わり種なんです。」 微笑んではっきりと告げる光彦に志保は安心したように柔らかな笑みを漏らす。 まるっきり他人のはずなのに、快斗を誤解して欲しくないと思った。 そう思った理由は自分でも不思議だが・・・。 「あの光景を見たら・・・黒羽君はどうなるのかしら」 一本の棒に手を縛り付けられて、洞窟の天井にぶら下げられて、 血が止まるたびに小刀で斬りつけられる彼を見たら・・・・ 「その場にいる者全て、殺されるわね。」 それでも新一が助かるのならそれでいい。 「志保様。僕たちも宮司様のところに。」 「私たちが行っても邪魔になるだけよ。外に出て待ちましょう。」 彼らにあんなむごい光景を見せることは出来ない。 志保はそう結論を出して、3人をひき連れると、 足を引きずりながら、洞窟の外へと向かうのだった。 あとがき 新一出なくてすみません。文章が収まりきれませんでした。 |
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