「獄寺君、車を止めて。」
綱吉はハンドルを握る右腕に声をかけた。
何の変哲も無い場所で急に言われ驚きつつも、獄寺はゆっくりとブレーキを踏み、道に横付けする。
これでも、どこから狙われているか分からない身であるため、車外に出るのは避けて欲しいと告げようとしたが
彼の願いも空しく、車が止まると同時に綱吉はある一点を目指して車から飛び出していた。
〜空と海のアオ・エピローグ〜
「急にどうしたんですか?危険ですので、車に。」
追いかけてきた獄寺は周囲を気にしながら綱吉に声をかける。
けれど、綱吉の足は地に根付いたように動かなかった。
「あの・・。」
「獄寺君、あれ。」
綱吉が指差した先を見れば、大きな人だかりができていて。
その中心部へと目を凝らした獄寺はそこにいた人物に小さく息を呑んだ。
「あんにゃろぉ。面倒ごとを押し付けて消えたかと思えば。こんなとこに!!」
「待って。今はマジック中だから。」
そう言って獄寺を制止すると、綱吉は彼のパートナーを探した。
あのガスで倒れた新一を抱えて、快斗が忽然と消えたため事後処理に奮闘したのは確かに大変だった。
誘拐された子供達を親元に送り、ボンゴレの規範に違反したファミリーを
裏社会のおきてで裁くなど、仕事が倍増したのもまた事実。
そのことに、恋人との時間を取られた雲雀の機嫌は悪化し
忙しさに苦労する綱吉の姿に幹部達もまた血眼になって彼らを探した。
一言、文句を言ってやろうと。
それでも見つからなかった彼らのうち1人が目の前にいる。
だが、綱吉が彼らを探していたのは、文句を言うためではない。
もちろん巻き込まれた感は否めないが、このことによって、事件が防げたのも事実だから。
警察にもひとつ借りができた。つまり、綱吉的には恨む理由など無いのだ。
そんなことよりも気がかりなのは。
「工藤さん、大丈夫かな。」
「10代目。お優しすぎますよ。とにかく、あいつを確保して・・・。」
「あら。あなたには子供達の笑顔がみえないの?」
再び足を踏み出そうとした獄寺の前に立ちはだかったのは
彼が敬愛するボスではなく中学生くらいの少女だった。
赤味がかった茶色の髪をなびかせた少女は白いシャツに綿のスカートとカジュアルな格好で彼らの前にたつ。
その雰囲気はどこか大人びており、表情もまた余裕めいたものであった。
一瞬、驚きのあまり体を硬直させていた獄寺であったが、ハッと我に返ると慌てて綱吉を背後に隠す。
まだ少女とは言え、危険が無いとは言えないのだ。
そんな獄寺の態度に、少女はクスッと小さく笑みを浮かべた。
「誰も害したりはしないわ。それどころか、貴方のほうが子供達を害する危険性があるわね。」
少女の言葉に獄寺の顔が引きつる。
おそらくは、マジックを邪魔しようとしたことを咎められているのだろう。
確かに気が焦っていたとはいえ、あまり望ましい行動で無いという自覚はあった。
「悪い・・。」
「あら、素直ね。まぁ、ようやくみつけた相手を詰問したい気持ちも分かるけど。」
少女はそう言って、黒羽快斗に視線を向ける。
そして風に靡く髪を耳に掛けると振り返って微笑んだ。
「初めまして、私は灰原哀。彼らの関係者よ。」
「彼らって・・・黒羽さんたちの?」
「ええ。正確には工藤君の主治医。偶然にも私も貴方達を探していたのよ。ドン・ボンゴレの沢田綱吉さん。」
哀の一言にスッとその場に緊張が走った。
「哀ちゃん、あんまり無茶はしないでくれない?」
獄寺が哀に詰め寄ろうとした時だった。
先ほどまでマジックをしていた男、黒羽快斗がいつの間にか彼らの傍に立っていたのは。
聞こえてきた声は、凡そこの場に相応しくないほどのんびりとしており、
高まった緊張感はそんな声に一気に粉砕される。
「あら、いちいち腹の探りあいをする暇は無いもの。
それに私はいち早くデータが欲しいのよ。工藤君のためにも、ね。」
「工藤さんは、大丈夫なんですか??」
10代目、と獄寺が咎めるのも聞かずに綱吉は哀の傍へと歩み寄る。
正体が分からない相手に近づくなと常日頃言われているが、それでも、綱吉は新一のことが心配だった。
「安定はしているけど、データ不足なの。」
「データーって。あのガスの・・ですよね?」
「察しのいい人間はきらいじゃないわ。」
哀はニコリと微笑んで頷く。
「沢田さんにお願いがあるの。あのガスについてのデーター解析を私にも見せてくれないかしら。
ボンゴレならば、私以上に精密な解析が出来ているはずでしょ。」
「俺からもお願いするよ。勝手なことは充分承知だ。そのためなら・・。」
「待ってください。俺は友達を助けるために力を惜しむ人間じゃありません。」
「10代目!?」
快斗の続けようとした言葉を片手で制すと綱吉は電話を取り出してどこかへ連絡する。
そして、数回のやり取りの後、2人を車へと案内した。
「ガスのデーターを揃えて待っててくれるそうです。どうぞ。」
「あぁ・・・。もう、しょうがない!不本意だけど、さっさと乗りやがれ。」
バンっと乱暴にドアを開くと、獄寺はワシワシと髪を掻きながら運転席へと乗り込む。
そんな彼に綱吉は小さく苦笑を漏らすのだった。
ボンゴレに着いてからの哀の動きはすばやかった。
ボスの執務室に用意されたデータに目を通し解析し切れていなかった分を頭へと叩き込む。
そして、いくつかの薬を書き起こすと様子をみていた綱吉にそれを渡した。
「これは?」
「あと1週間は飲まない方が良い薬よ。貴方も毒を吸ったんでしょ?」
その言葉に獄寺が慌てた表情になる。
毒ガスについては解析し、医療班にも徹底的な精密検査をしてもらった。
だからこそ、見落としなど無いはずなのに。
「てめぇ、でたらめなことを言うと・・。」
「ボンゴレはお優しい組織と聞いたわ。きっと、研究も毒ではなく治療のための薬ばかりなんでしょうね。」
「毒をもって毒を制す・・か。」
いつの間に現れたのだろうか。リボーンが壁に寄りかかって哀を見据える。
哀はそれにうっすらと笑みを浮かべた。
「見た目は子供、頭脳は大人って、この世界にも居るのね。」
「褒め言葉として受け取っておく。しかし、おまえもただ者じゃねぇな。」
「全てを伝える義務は無いわ。これでだいたいのことは、分かったし。そろそろ・・・。」
お暇するわ、と哀が告げようとしたときだった。
哀の隣にいた快斗の携帯がけたたましい音をたてる。
「ルース?」
『快斗、悪い。レーネに逃げられた。』
「はぁ?」
『急いで探してるんだけどさぁ。やっぱり、レーネはすごいね。』
電話越しでのんきな事を言うルースに快斗は頭を抱える。
彼らの会話が聞こえていたのだろう。
哀は深々とため息をつき、ボンゴレのメンバーは苦笑を浮かべていた。
「黒羽君。代わって。」
フフッと微笑む哀に、快斗は顔を引きつらせて携帯を渡す。
「ルース。」
『げっ。哀ちゃん・・・。』
「私、貴方に頼んだわよね。」
『だって、レーネがさ。』
「この役立たず!!あと5分以内に見つけられなかったら・・・。」
『必ず見つけ出します。』
あのフランスマフィアのドンにこれだけ言える人物がまだ居たとは。
獄寺と綱吉は顔を見合わせ、目の前の少女の迫力に唖然とする。
「とにかく、黒羽君。私達も行くわよ。」
「YES、BOSS」
「馬鹿にしてる?」
「まさかぁ。」
だが、ハハっと笑いながら部屋を出て行こうとする二人のあとを、電話の音が再び呼び止めた。
執務室の電話をとった綱吉は、我が耳を疑う。
「あのぉ、黒羽さん。」
「ん?」
「今、雲雀さんから連絡があって・・。」
『キミが探してた探偵が推理ショーしてるけど。』
「・・・だそうです。」
綱吉が向けた受話器から聞こえた声に、誰もが顔を引きつらせたのは言うまでも無い。
ざわつく人々の中から少し距離をとっていた彼は、
綱吉の姿を視界に止めると、視線だけである方向を示す。
駆けつけた皆が彼の誘導にしたがって目を向ければ
事件を解決して満足げな青年が1人爽やかな笑みを浮かべていた。
「どういうことか、説明してもらおうかしら?」
とりあえずこの場は目立つから、と見事な推理ショーを披露していた探偵の袖をギリッと掴んだ少女は
周囲の目を気にすることなく、乗ってきた車に彼を押し込んだ。
その際に、さりげなく脈を測ったのはさすがは主治医と言えるだろう。
ちなみに、乗り込んだ車はボンゴレのもので助手席には後から合流したルースも座らされている。
彼の顔に微妙に擦過傷があるのは、さすがの新一も気付いたが、何もいえなかった。
運転席に乗っていた獄寺は車から降り、快斗とともに外から様子を伺っている。
綱吉といえば、雲雀の元に駆け寄りこれまでの経緯を説明していた。
「電話が鳴ったんだよ。」
「それで、外出禁止令を破ったわけね。」
「・・・その、悪いとは思ったけどさ。」
ポリポリと頬をかく新一に哀は何度目になるか分からないため息をつく。
ルースに会った時は、問答無用にメスを投げたけれど(ちなみに、彼の頬の擦過傷はその時についたものだ)
さすがの哀もこの顔に傷は付けたくなかった。
「ガスの成分は分かったし、帰ってから薬も作るわ。でもね、あなたの体は普通じゃないのよ。私のせいで・・・。」
「灰原!!」
途端に顔色を変えた新一に哀は自分の意地の悪さを感じる。
こうすれば、新一が何よりも気にすることを分かっていたから。
もちろん、自分を戒める意味が前庭なのだけれど。
予想通りに、おまえのせいじゃないと告げる新一。
それを横目に見ながらルースが小さく笑みを浮かべていた。
哀の思惑をまるで読み取っているかのようで、やはり彼は嫌いだと彼女は思う。
「もう、しないから。だから自分を責めるな。」
「私も、頑張るわ。工藤君が気にせずに好きにできるように。」
哀は精一杯の笑顔を作ると、逃げ出すように車外へと出る。
新一が何かまだ言いたげだったけれど。これ以上、ルースの前で話すことはできなかった。
「灰原さん?」
綱吉が哀の異変に気付いて声をかける。
見上げれば琥珀色の優しい瞳が自分へと向けられていた。
「ドン・ボンゴレは大空なのよね。」
「え?あ、はい。一応。」
突然の問いかけに綱吉は慌てながらも自信なさ気に指につけたリングを触る。
その色は、空のアオに勝るも劣らない輝きがあった。
新一も綱吉も全てを許し、包み込んでくれる優しさを持っていると哀は思う。
でも、それは完全に同じではない、とも。
「一応なんて、とんでもないです。10代目は何ものにも染まる偉大な大空ですから!!」
「何ものにも染まるアオ・・・。さしずめ新一は、何ものも染め上げる海の深いアオだね。」
獄寺の言を借りるように快斗が言葉を続ける。
そしてしゃがみ込むと彼は優しい手つきで哀の髪を撫でた。
「哀ちゃんは悪くないよ。」
「何のことか分からないわ。」
哀はそういうと、帰りましょうと快斗に告げる。
さすがにこのままボンゴレの車を借りるわけにはいかないから。
快斗は了解と微笑むと車に押し込まれた新一を迎えに行く。
「近くまで送りますよ。」
「ありがとう。でも、大丈夫。車が来てるから。」
綱吉の申し出を断り、快斗は新一を背負う。
疲れが出たのか、哀が気付かないうちに何か仕込んだのか(おそらく後者だろう)
新一はいつの間にかぐっすりと眠っていた。
「迎えって、シュウ?」
「ああ。おまえも来る?」
「冗談。FBIの車になんて乗りたくないよ。僕は綱吉ともうちょっと遊んで帰るね。」
その言葉に途端に綱吉の部下達の表情は曇ったが、当の綱吉は、頬の傷くらい治療しないとねと優しく微笑む。
そんな彼に反論できるものなどいないだろうから、ルースのボンゴレ訪問は決定事項だ。
「じゃあ、ボンゴレの皆様、今回は本当にお世話になりました。」
「貸しだからね。」
「ちょ、雲雀さん。」
「了解。また近いうちに返すよ。」
そう言って、幼い少女と青年を背負った男という奇妙な3人は路地裏の中に消えていく。
それを見送りながら、雲雀は思う。
全てを染め上げる海のアオと
全てに染まる空のアオ。
果たして深い色なのはどちらだろう・・と。
END
〜あとがき〜
ようやく完結です。
新一が海の青だったか、空の青だったか正直忘れてしまったので、無理やり海の青にしちゃいました。
本当は快斗と新一の対比で使われるんですけど。今回は綱吉がいたので、空の青は彼に。
支離滅裂な展開ですみません。始めてから1年ちょっと。
ここまで読み続けていただいた皆様、ありがとうございました♪
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