「それにしても、何で君とペアなんだい?」
「しょうがないじゃないでしょ。男女ペアっていう決まりなんだから。」
「気色悪い。女みたいな声ださないでよ。」
「今は女。カプラって呼んでくださいね。」

そういうと隣に並んだダークブラウンの髪を高い位置でまとめた女性はにこりと微笑んだ。

体格から声、身長に至るまで、昨日顔を合わせていた男とは
思えないほどの変貌ぶりに女装趣味ではないのかと思わず思ってしまう。

それに、偽名とはいえ、カプラ・・とは。
雲雀は車に先に乗り込む彼、いや彼女に軽い頭痛を覚えた。



〜空と海のアオ・後編〜



KIDがカプラなんて笑えるね。ていうか、自分がKIDって隠してたんじゃないの?」

KID
は日本語に訳すと山羊、そしてイタリア語で山羊は・・カプラだ。
昨日、KIDのことを聞いたときにはぐらかしたというのに、
自ら正体を暗示するような名前とはいったいどういう了見なのか。

自分に自身があるのか、ボンゴレにバレても構わないと思ってるのか。

そこまで考えて雲雀はくだらないと考察を止める。
別段KIDや黒羽快斗が何者であろうと己には関係の無いこと。

それが快斗自身も分かっているのだろう。
今は女性の姿をした彼は小さくほくそ笑んで見せた。

「別にボンゴレに知られても困ることは無いし、証拠も無いでしょ。
 それに、そこまで連想ゲームをするのが好きな相手はいないわ。
 というより、そんなことを考える前に私の色気で悩殺するけどね。」

自信気に告げる、今はカプラと名乗る彼女は確かに完璧な色香を身に着けている。
ワインレッドのパーティードレスの隙間から垣間見える長く伸びた足は男のものとは思えないほどに白く美しい。
加えて大胆に見せ付けているような胸の谷間は(シリコン製だろうか)視線をそこへ集中させるには充分だ。

これならば、その辺りの伊達男は簡単にひっかかるに違いない。

男のプライドは無いのだろうか。

そう考えて、雲雀はふと声までも変える術を見せ付けられ、唖然としていた自分のボスを思い出す。


パーティが男女ぺアでとの条件を聞いたのは午前中のこと。
そこで4人のうち2人が女装するようにとリボーンから命じられた。

雲雀としては、綱吉が女装すればと思ったのだが、
彼の抵抗は激しく(雲雀の言う男のプライドといったところだろう)、
それ以前に、ボス不在の状況はマズイと飛び入り参加の快斗と新一が女装を余儀なくされたのである。

目の前の派手な女装男とは違い、もう1人の飛び入り参加者、新一の女装は清楚さそのものだった。

上品なターコイズブルーのドレスに黒いウィッグをつけ、
綱吉の隣に寄り添う姿は、彼の魅力を引き立てる一輪の花のように儚げで。

身長も新一のほうが快斗より低めのため、ペアはすぐに決まった。


 


「それより、彼、腕は立つの?」

昨日、一戦を交えた目の前の男ならば、綱吉を任せても良いかと思っていたが新一となるならば話は別だ。

なるべく一緒に居るよう心がけるつもりだが、こうした車の中や、

後ろから控えるようについていくだけでは、とっさのときに間に合わない。

雲雀の問いかけに、目の前で化粧の確認をしていた快斗は、ふと視線を上げて、ニッと口元を緩めた。

「その心配は要らないよ。新一は自分の身より他人を庇う性質だし。」
「それはウチのボスも同じ。早死にするタイプだね。」
「同感。それより、君のボスこそ大丈夫なわけ?」

足、引っ張らないよね?と視線で問いかける快斗に雲雀はそれこそ要らぬ心配だと鼻で笑う。

「僕に勝てるのは、綱吉くらいだよ。」

 

 

 

 

 

 

2人って何の話してるんですかね?」

彼らがそんな会話を交わしていた車の後ろを走る防弾装備の車中で、

綱吉は前のほうに視線を送りながら呟いた。


となりに座っているのは、立派な男である新一なのだが、
どうみても絶世の美女で、正直ちょっと落ち着かなかったりもする。

「さすがに推理するにはデータが足りないかも。」
「推理かぁ。やっぱり生粋の探偵なんですね。」

感心するような語調に新一は小さく笑みを漏らした。

「この好奇心のせいでこんな破天荒な人生になっちまってるけど。」
「自分から巻き込まれた工藤さんはまだマシですよ。俺の場合は不可抗力だし。」

「え?そうなのか?」

驚く新一に、綱吉は時間つぶしにと自分の昔話を語る。

突然、赤ん坊の家庭教師がやってきて、マフィアのボスにすると言われ
何をしてもダメな自分には無理だし、暴力も喧嘩も嫌いだし苦手だと抵抗したにも関わらず、
今、自分がいる場所は間違いなくイタリアの空の下で。

「まぁ、最終的にこっちに来るって決めたのは自分の意思ですけど。」

「ルースから沢田君のボスぶりは聞いてるぜ。部下にも愛されてるって。」
「愛されてるっていうより、ボス扱いされてないんですけどね。」

ハハっと乾いた笑みを浮かべる綱吉を新一は黙って横目で眺めていた。

こんな謙虚さが彼の日本人としての気質で、でも、中心には熱いものを秘めている。
まだ数日の付き合いだが、新一にはそのことが充分伝わっていた。

「それに、俺もボス、ボスって言われるの苦手で。甘やかされてるんです。」
「とくに雲雀さんに、か。」

とんでもない一言に綱吉は一気に白い頬を赤く染める。
そして、わたわたと彼は慌てると、ゴホンっと空気を取り繕うように咳払いをした。

「く、工藤さんは。黒羽さんに甘やかされてますか?」
「俺?まぁ、お互いに甘やかしてお互いに手綱引いてる感じだろうな。俺ら光と陰だから。」

 

 

 

 

 

 

 

「光と陰?」

「そ。俺と新一の関係を表すならそれだって、ある女性が言ったんだ。
 常に傍に寄り添い、片方が無ければもう一方も存在しないってことだよ。」

「ふ〜ん。面白い比喩だね。ていうより依存だよそれ。」

「羨ましいでしょ。」
「別に。」

「雲雀様。カプラ様。到着いたしました。」

運転手の声に、彼らの会話は幕を引く。
一応、エスコート役だからと、雲雀は先に下りて、手を差し伸べた。
表面上は完璧なポーカーフェイスだが、目が笑っていなくて。快斗は内心で苦笑を漏らす。

自分としてもエスコートを受けるなんて、早々無いことだ。

Grazie.

嫌がらせついでにそう微笑めば、さらに彼の眉間にしわが増えた。

手を引かれて車をおりながら、気難しいという噂の雲の守護者も案外素直なのかもと快斗はぼんやりと思う。
きっと口に出せば、間違いなく昨日のトンファーが飛んでくるのだろうけれど

 

 

「本当に綱吉が女装すれば良かったんだ。」
「俺は無理ですよ。それにしても、だいぶ疲れてますよね。雲雀さん・・。」


ようやく抜け出し綱吉の傍に来ると雲雀は疲れたように重々しく呟いた。

雲雀に、はい。と新一はワインを手渡す。

「相当カプラに振り回されたみたいですね。」
「君の恋人、何なの?女装とか趣味なんじゃない?」

パーティが始まって直ぐ、快斗は情報が得られそうな相手には愛想良く振りまき、
逆に役に立たなさそうな相手には、近寄ってこないようするために、雲雀を利用して、甘い雰囲気を見せ付けた。

人とのふれあいなんぞ、綱吉以外とはしたくない雲雀には地獄そのもので。
ワインを受け取りながら、本来の彼の恋人に愚痴を漏らせば、
同じく女装した彼の恋人はニコリと小さく微笑んでみせた。

「天性のフェミニストで天性のタラシなんで。沢田君もごめんね。」
「え、いや。別に俺は。」
「何、妬いてたの?」
「ち、違いますよ!!」

顔を真っ赤にして首が千切れるのではないかと思うほどに横に振る綱吉に
新一は可愛いなぁと思いつつ、チラリと腕時計に視線を落とす。

パーティーが始まって1時間。そろそろ頃合だろう。

今は情報収集をしている恋人に視線を移せば、彼も同じ考えなのか小さく頷いて見せた。


「沢田君。2人の時間を壊して悪いんだけど。」
「そ、そんなんじゃないです。」

妬いた、妬いてない。の押し問答を繰り返す2人に割って入れば、予想通り雲雀の冷たい視線が向けられる。

もちろん、当の本人はこれまた照れ隠しで慌ててはいるが。
それでもボスの顔が必要となればその表情を冷徹なものにできることも
新一はこの1時間、彼の傍にいることで充分に分かっていた。

挨拶をしてきた相手方のボスに彼も引けをとらない態度で接し、
時には、今日のパートナーである新一をさりげなくサポートしてくれる。
そのことを褒めれば、これでも一杯一杯なんですよと苦笑を返してはいたが
ボスとしての資質は充分で、ルースの評価を改めて確信した。

「そろそろ動こうかと思ってな。」
「場所が分かったんですか?」
「ああ。ほら、あそこ。」

一歩近づいて小声で示す彼に、綱吉と雲雀は示された場所をみる。
高級そうな赤絨毯の敷き詰められた場所に立っているのは小太りの男と彼のパートナーの女性。

最近、ボンゴレ同盟に加わった小さなマフィアのボスとその愛人だ。
名前は・・と思い出しながらも彼らに不審な点は無く、
今回のパーティー主催者と手を組んでいるという情報も無かった。

「あの2人じゃなくて、彼の葉巻だ。」
「葉巻・・ですか?」

「煙が垂直に上がってるだろ。それにあの絨毯だけ微妙に周囲と色が違う。
 これはあの部分だけ捲って取れるってことだ。」

「なるほどね。煙が垂直ってことは、真下から風が吹いてきているってことかな。」

新一の言葉を雲雀が繋ぎ、綱吉はようやく彼の意図が分かったようだった。
つまりあの絨毯の下に、秘密の地下への入り口が隠されているということ。

場所が分かれば、作戦実行に移るのみだ。

「とりあえず計画通りに進行する。時間は30分以内だ。」
「本当にその間中、彼らを惹きつけられるのかい?」
「雲雀さん!」

疑り深い言葉に、綱吉は慌てて彼を嗜める。
だが、新一は気にした様子も無く軽く頷いて見せた。

「あいつのマジックはそれだけの力があります。いつか見に来てくださいよ。じゃ、沢田君。合図をよろしく。」
「はい。」

新一の言葉に綱吉は持っていたグラスを軽く空に掲げる。
もちろん皆、各々の談笑に夢中で気づくことは無いが、合図を送られた当人は軽くウィンクをしてみせた。

さぁ、ショーの始まりだ。世界屈指のマジシャン。
その真実の相貌を知るものは居ないとされる男の神出鬼没なマジックショー。

見れるものは幸運としか言いようが無い。
今日のパーティに参加できたことを奇跡と思え。

快斗が指を鳴らすと、照明が一気におちる。
そして、中央の壇上に映し出されたマジシャンに全ての者が息を呑んだ。

Ladies and Gentleman!!It’s show time.

 

全ての視線が壇上に集まった瞬間、3人は小太り男とその愛人を気絶させ
(本当はうまく誘導する予定だったが、めんどくさいと雲雀が殴り倒した)
転がしっぱなしも困るので、カーテンの裏に隠した後、絨毯を捲り、地下へ続く隠し板をあけた。

予定通り誰も足元には目を向けることなく、3人は地下に続く階段を下っていく。
多少はずれているが、内側から扉も閉めれたため、
誰かが足元に視線を向けても気づかれることは無いだろう。

「地下の図面はあってるみたいだな。」

入り口は書かれて無かったが、パソコンに進入して手に入れたらしい図面と
確かに今、走っている場所の図面は一致していて新一は安堵の息を漏らす。

そんな彼に、当然でしょと言いたげな雲雀の視線が向けられた。


「おそらくこの先に、何かしら仕掛けがあると思います。」
「まっすぐ行けるってことは無いだろうしね。」
「あの突き当たりは右・・・・。っつ。」

一瞬の違和感を感じ、先頭を走っていた新一はとっさに身体をずらす。
あまりにも使い古された方法というか、トラップの定番というか。

両側の壁から飛んでくる銃弾は、隙間は無く避けることはできない。

だが、ここは裏社会の十八番。
ボンゴレボスが上手くやってくれたようで。
自分達に銃弾が当たる前に全ての鉛弾は、液体のように溶けていた。

「トラップ解除くらいしておけばいいのに。」

その言葉は先に潜り込んでいる仲間に向けてのものだろう。
新一は雲雀の言葉を聞きながら、炎に熔かされる銃弾の仕組みに頭を捻った。

ルースから聞いてはいた。
ボンゴレボスが扱う炎というものを。

『綱吉の炎はすごく綺麗なんだよ。』と人を褒めない彼が珍しく褒めていたためその印象は強く残っている。

「綱吉に感謝しなよ。君、1人じゃここを掻い潜れなかった。」
「確かに。時間はかかったでしょうね。」

銃弾トラップを抜けて素直に礼を言う新一に綱吉は軽く頭をふった。

「工藤さんなら時間があればもっと安全な方法を割り出してましたよ。
 それに俺らが協力しない場合の策もきっとあったはずだ。」

額に灯る炎が消え、いつもの柔和な彼の表情が戻る。
どんな仕組みかは分からないが、きっと頭で理解するものではないのだろうと新一は思った。

それから様々なトラップを掻い潜って、広い部屋に出た。
あとはこの先に続く直線を行けば、牢獄があるはずだ。

だが、ここから続く道は、どうみても見当たらない。
地図には記されているというのに。

そう思い、新一が時計を見れば15分は経過していて、残り時間は短いことが分かった。

「広い部屋ですね。トレーニングルームかな。」

綱吉はボンゴレ日本支部の地下室を思い出して、ざっと室内を眺める。

新一はまだ広い空間に足を踏み入れず、入り口付近で何かを神妙な面持ちで眺めていた。
何かあるのだろうか、と綱吉が彼に声を掛けようとした、そのときだった。

部屋中に四隅からガスが噴射されたのは。


咄嗟に口を塞ぎ、吸い込む量を減らそうとするが気づいた時は遅く、一瞬、視界がグラリと歪む。
もう少しで意識が飛びそうな瞬間、ガスは噴射されたときと同様に一気に止まった。

 

「綱吉!!」


「ケホッ。雲雀さん、大丈夫ですか?」
「僕はなんとも無いよ。こんな真ん中まで無防備に足を踏み入れてなかったからね。」
「すみません。」

うな垂れる綱吉はどこも影響が無さそうで、雲雀はとりあえずホッと息をつく。
雲雀自身も部屋を怪しんで隅を検分していたため、綱吉が歩きまわっていることに気づかなかったのだ。
目を離した点では自分にも落ち度があるので、雲雀はそれ以上、彼を責めることをやめた。

        
「だいたいあいつは侵入が分からないように幻影は作るくせに、どうしてついでにトラップも解除しないんだ。」
「骸さんが全面協力するはず無いじゃないですか。大方、高みの見物でもしてますよ。」

先に内部に探りをいれるために潜入させた男は、霧の守護者である六道骸という男。
だが、彼は、マフィア根絶やしを目下の信念にしているためこうして手を貸すことはあっても、
どこかボンゴレにも不利になる状況をつくることが多かった。

そうやって綱吉の力量を試して楽しむのだ、あの男は。
リボーンもそれを知っていて、あえて彼を向けるのだから、
大方、今回のこともトレーニングの一貫としか思っていないのだろう。

きっと。


「ところで、どうしてガスが止まったんですか?」
「ああ。それは・・・。」

雲雀の視線を追えば、入り口にしゃがみ込んでいる新一が見えた。
苦しそうに胸元を押さえている姿に、綱吉は慌てて彼へと駆け寄る。

まさかあのガスの影響だろうか。

「工藤さん!?」
「悪い。大丈夫だ。」

そういいながらも彼の呼吸は荒く、脂汗をかいている。
遅れてやってきた雲雀も不思議そうに彼を見下ろした。

「この場所じゃ、ガスも少量だろうに。」
「いや、ガスと・・いうより、・・成分が・・。」

息を整える彼の手に握られているのは、銃。どうやら彼がこのガスを止めてくれたのだろう。
その方法は分からないが。

「ちょっとした・・暗号・・があってな。ガスの止め方・の・・ための。」
「短時間で解くなんてさすがだよ。」
「工藤さん、良いから話さないでください。それに暗号の解説されても俺の頭じゃ・・。」

綱吉の言葉に新一は苦しそうな表情を崩し、笑みを浮かべた。

「時間・・も無いし。な。それと道だけど・・・。」
「これはこれは、珍しいお客様だ。」

新一の言葉を遮るように、深い緑色の髪をした30代くらいの男が姿を現す。
思わぬ敵の出現に、3人は内心で小さく舌打ちするのだった。

 

 

 

2人は先に行け。そいつは俺の顔見知りだ。」

ひょろりとした体の男を一瞥すると、新一は呼吸を整えながら坦々と告げる。
それに男は覚えていてもらえたのが嬉しいかのように笑みを深めた。

「本来なら足止めすべきところなんですけどね。私としましても、レーネとお2人になれるなら

願ったり叶ったりです。お2人はどうぞお先に。」

奏でるような滑らかな日本語で男はクスクスと笑う。
人を見下したような口調は、ある存在を雲雀に思い出させ彼の機嫌を降下させた。
だが、雲雀としても、自分の敵以外の彼に構うつもりはないし、変人の相手をしたいとも思わない。

そう思い足を踏み出そうとしたときだった。

スッと自分の前に彼のボスである綱吉の手が伸びる。

「雲雀さんは工藤さんをお願いします。」
「僕に指図するの?」
「指図じゃなくて、ボス命令ですよ。」

ニコリと虫をも殺さないような表情で告げながらも、その気迫は凄まじく
そんな綱吉にヒューっと感心したように男が口笛を吹いた。

「甘ちゃんドン・ボンゴレの本性。興味深いですね。」
「あいにく俺は貴方に興味ありません。じゃ、そういうことですから。」

「ちょっと、僕は納得して・・・。」

ない、と雲雀が告げる前に綱吉は死ぬ気の炎を使って奥の通路へと消える。
先に続く通路もトラップが多く仕掛けられているのか、軽い爆発音も聞こえたが
彼の推進力はボンゴレ一であるため、心配する必要は無かった。

それでも視界に入らない場所に綱吉が居ないという事実は変わらず
その場に残された雲雀は不機嫌を押し隠すことなく新一へと視線を移す。

「全く、君達のせいだよ。」

そういいながらも、戦う気は満載のようで、すでに彼の手にはトンファーが回転していた。
守護者最強といわれる彼も、ボスの命令には忠実なのだ。

「さっさと咬み殺して、僕は綱吉を追うから。」
「悪いな。」
「そう思うなら以前の敵くらい殺しといてよね。」

トンっと軽く踏み出して敵に迷い無く近づく雲雀を新一は後ろから援護射撃という形でサポートする。
彼がそういった類いのものを嫌うことは知っているが、目の前の男は部が悪すぎるのだ。

そう。彼はルースのかつての部下。
そして、自分が赤井と共に監獄に送ったはずの男。

新一の援護に余計に不機嫌になっていく雲雀が彼の背中を通して感じられたが
それは援護に対してよりも、援護が無くては攻撃を受けていた事実に対してで。

そのことが、目の前の男の力の強さを明示していた。

「久しぶりに遊びがいがありそうだね。」
「私としてはレーネと遊びたいですよ。」

その言葉とともに男の武器とする鎖鎌が空を裂く。

「レーネ。早く人殺しになりなさい。貴方には血がよく似合う。」

雲雀の攻撃と新一の急所を外した銃弾を紙一重で避けながら、彼は口元に憎らしい笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

「本当にボンゴレの人間だったんですね。」

快斗は目の前で牢屋の鍵を開ける男を見ながらその背中に声をかけた。
ショーの途中でボス自ら、気に入ったので特別室へと案内しようと言い出した時には妙だと思ったのだが。
部下を途中で下がらせた次の瞬間。
彼はこのマフィアのボスから今の青年へと変化し加えて、ボンゴレの者ですと会釈したのだ。
最初は半信半疑だったものの、ここまでつれてこられればさすがに信用しないわけにもいかない。

長く伸びた紺色の髪を束ねて、黒のロングコートという出で立ちはマフィアのようでマフィアにみえない。
それは彼の雰囲気のせいだろうかとも快斗には思えた。


「ていうか、貴方がここに入れるなら、
 俺のマジックも新一たちの別通路から潜入もいらなかったんじゃ・・。」

「簡単に事が片付いてはドン・ボンゴレのためになりません。

それに、僕としても興味があったんですよ。タネも仕掛けもある幻術に、ね。」

どこか嫌味ったらしい言い回しの男は自らを六道骸と名乗った。
漢字の書き方まで丁寧に教えてもらい、正直不吉な名前と思うのも無理は無いだろう。
それにこの言い方は、周囲に敵を作りやすいタイプと初対面の快斗にでさえ容易に想像できた。

「さて、お探しの子供はどちらで?」
「えっと・・ああ。あの子だ。」

牢屋に入れられた子供達を見渡して、快斗は新一に見せてもらった写真と一致する子供を探し出す。
金髪が特徴的で小柄な少年は快斗に指名されたことにビクッと体を震わせた。

考えてみればここの子供達は人身売買される予定だったのだからこの反応も無理は無い。
みれば周囲の子供達もまた、びくびくと恐怖を含んだ目で快斗たちのほうをみあげていた。

「これだからマフィアはきらいなんです。」

骸はそういうと、牢の入り口を大きく開ける。
彼らがすぐにでも出られるように。と。

「きらいって、六道さんも・・・。」

「僕はボンゴレの者であって、そうではない。

目的がドン・ボンゴレと一致したから協力してるにすぎないんですよ。」

「目的って・・。」

っと、その先を聞こうとしたときだった。すさまじいスピードで誰かが近づいてくる。
それは気配を感じた瞬間にはもう隣に立っているほどに。

快斗はその現れた人物を見て、その群青の瞳を大きく見開いた。

額に輝くのはオレンジの美しい炎。
そして、なにより日頃の沢田綱吉とは180度違う
氷のように冷たくピンと張り詰めた気配。

だが、彼は間違いなく彼で。

「やっぱり骸だったか。どうせそんなことと思った。」

綱吉は骸の前にたち、呆れたようにため息をつく。
それに骸は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「クフフ。このマフィアのドンに憑依しているとお気づきでしたか。」

「ああ。だからと言っておまえに協力を仰いでも無駄だしな。
 とりあえずこの組織のやり方は気に食わない。骸。あとのことは任せた。」

「ええ。ボスのご希望通りに。」

口調の違う綱吉を唖然と見ていると、それに気付いたのか綱吉からスッと額の炎が消える。
と、同時に彼の纏う気配もまた快斗の見慣れたものへと変化した。

「黒羽さん、ここは俺に任せて行って下さい!」

「え?」

「工藤さんが敵と対峙しています。それに体調が・・・。」

綱吉の言葉の途中で快斗はすでに走り始めていた。
奥に居るという新一の元へと。

 

 

ガンガンと頭が割れるような痛み、悲鳴をあげる心臓。
気を抜けば意識毎持って行かれそうになる中、新一は必死に雲雀のサポートに回った。

相手の目的は自分に人を殺させること。
それならば暫くは雲雀に攻撃を集中させ、自分が殺しをするような状況に追い込むという手段をとるはずだ。

新一が自分より他人を優先すると知っているからこそ。きっと。

そう高を括っていたのが不味かったのかもしれない・・。
雲雀の予想以上の戦闘能力に、相手は標的を新一へと変えたのだ。

新一は向けられた銃口をみて、そんなことをぼんやりと考えていた。


「別に君を助けたわけじゃない。」
「ああ。沢田君のためだろ。けど、助かった。サンキュ。」

飛んできた銃弾をトンファーで難なく撃ち落とす彼に新一は一種の異常性を感じつつも、礼を述べる。
新一の言葉が的を射ていたからだろうか、雲雀は何の返事も返さなかった。

「こんな奴と長々遊ぶ暇はない。何か策は?」
「少し時間をくれればさっきのガスをもう一度噴射できる。」
「けど、君・・・。」

その先は続かなかったものの、大丈夫なのか?とその瞳は雄弁に語った。
先ほど、心配していないと言ったというのに本当に素直じゃないが優しい男だと新一は思う。
噂に聞く雲の守護者とは程遠い姿にこれもまた綱吉の影響だろうと感じた。

「ちょうど噴射口の下にやつをおびき寄せられれば、短時間で済むはずだから。それより・・。」

「僕の心配なら不要だよ。」

雲雀はそれだけ告げると、相手との間合いを一気に詰めた。
近距離戦が得意とのことだけあって、

一度相手の懐に飛び込めば、うまい具合で相手を目的の場所まで追い詰める。

新一は突然の猛攻に相手が慄いているうちに、すばやく壁の隠しキーを操作した。

そして

「工藤!」

雲雀の合図に新一は解除ボタンを押す。
その瞬間、すさまじい威力で霧状のガスが噴き出し口から散布された。

「ぐあっ。」

雲雀の姿を確認すれば、すぐにその場から退いておりガスの行き届かないような高い場所、
天井に張り巡らされたパイプの上で男を見下ろしている。

これが何のガスかは分からないが殺傷能力が低いことは確かで。
男が意識を飛ばすのを見計らって新一は再びキー操作でガスを止めた。

「くっ。」

だが、思ったよりもガスを多く吸いすぎたらしい。
キー操作をするために低い位置にいたならなおさらで。

「新一!!」

途切れる意識の中、快斗の声が聞こえた気がした。