「ルースがご寵愛する相手に会ったって本当か?」
ガチャリと重厚な扉をノックもせずに入ってきた家庭教師は
開口一発目で革張りの椅子に腰を下ろすボスに向かって坦々と言い放ったのだった。
〜空と海のアオ・前編〜
「寵愛っていろんな日本語知ってるよね。リボーンって。ホントにイタリア人?」
一見すれば失礼な態度であるにも関わらず、ボンゴレボスは特に気にした様子も無く、
ニコニコと笑みを崩さずに感心したように呟く。
リボーンは口を開かず、ただ眉間にシワを寄せると、
被っていた帽子を投げ、傍に備え付けてあるコート掛けにひっかけた。
そんな彼にお見事と拍手する、ボスこと沢田綱吉、通称ツナは内線で右腕を呼び出す。
たまに気まぐれでやってくる家庭教師兼スナイパーの彼をもてなさない人間などこの世には居ないのだ。
「おい。人の質問にちゃんと答えやがれ。ダメツナ。」
「俺のことを今でもそう呼ぶのはリボーンくらいだよ。」
「おめぇは俺にとっちゃ、今でもそうだから良いんだ。じゃなくて。」
わざと話題を逸らしてるのか、はたまた偶然の産物か、
本題に入れないイライラにリボーンは小さくしたうちをした。
教え子に翻弄されるなんて冗談じゃない。
そんな押し問答をしているうちに、コンコンとノックがなり、どうぞと声をかけると
右腕である獄寺と、なぜか後ろから雲雀までもが揃って入ってくる。
直情型の嵐と孤高の浮雲という珍しい取り合わせに綱吉は目をパチクリとさせ、
次の瞬間、あっ。と思い出したように慌てて机の引き出しから書類を抜き取った。
「ワオ。赤ん坊。久しぶりだね。」
「雲雀か。いい加減、その呼称を変えろ。」
コーヒーを準備する獄寺の隣で雲雀はどっかりとソファーに腰を下ろす。
そこにわたわたと書類を持ってくる綱吉に、もはやどちらが上司か分からないなとリボーンは思った。
「遅くなってすみません。」
「僕との約束を忘れるなんて君くらいだよ。」
ため息を付きながら書類を受け取ると、さらりと確認して軽く頷く。
どうやら彼に集めて欲しいと言われたぶんはあるみたいだ。
綱吉はホッと息を付きながら、雲雀の正面に腰を下ろした。
それを見計らって獄寺がコーヒーを綱吉の前におき、次いで綱吉の隣に座っているリボーンに渡す。
最後に渋々ながらも雲雀にも渡すと、自らも彼の隣に腰を下ろした。
「で、赤ん坊が来た理由は、噂のレーネについてかい?」
「さすがは察しがいいな。」
「俺も彼については調べてみたんですが、やはり情報操作がすごくて・・・。」
獄寺の言葉に雲雀も大きく頷く。
彼らと遭遇してまだ1週間ほどしかたっていないのだが、
いつのまに調べたのだろうと綱吉は驚いたように2人に視線を向けた。
「おい。ダメツナ。おめぇは何もしてねぇのか?」
「え?だって、お世話にはなったけど。」
「十代目は怪我を治されることが一番でしたからね。」
「ていうか、綱吉の場合。事の重大さが分かってないんだろ。」
非難めいたリボーンの言葉に、獄寺がすかさずフォローに入るが
彼のそんな気遣いを一瞬で無にするように雲雀がそう吐き捨てる。
「まぁ、期待もしちゃいねぇが。裏世界ではちょっとした噂になってるぜ。
あのレーネが、ボンゴレに力を貸してるんじゃないかってな。」
「そんな!?」
「早々にどうにかしないと、面倒なことになるね。」
身を乗り出した獄寺と、珍しく深刻そうな顔をする雲雀に綱吉はポリポリと頬を掻いた。
どうにも真剣な雰囲気なのは分かるのだが、ただの一個人と会った事がなぜそんなに問題になるのか。
綱吉にはさっぱり分からないのだ。確かに只者ではなかった気がするが・・・。
「あのさぁ。話しが見えないんだけど。」
このまま蚊帳の外で話を進められたら敵わない。
再び馬鹿にされることを覚悟で綱吉が口を開いた瞬間だった。
「簡単なことだよ。レーネがそれだけ重要人物ってこと。まぁ、彼の恋人もだけど。」
『相変わらず鈍感だよねぇ』と笑う第3者の声が部屋中に響く。
その声に雲雀と獄寺、そしてリボーンはそれぞれの武器を手に取り、綱吉を庇うように立ち上がったのだった。
「そんな物騒なもの向けないでくれない?」
「いつからいたんだ?ルース。」
軽く両手を上げて降参のポーズをつくる少年、ルースに綱吉は声をかける。
いつものようにスーツを軽く着崩して、隣には見たことの無いメガネをかけた部下を1人引き連れていた。
「今さっきかなぁ。ここまですんなり通してくれてさ。ツナ。もうちょっと警備をしっかりしたほうが良いよ。」
「余計なお世話だ!いくら同盟ファミリーとは言え、失礼にも程がっ。」
「獄寺隼人。ちょっと落ち着きなよ。それにここの警備が怠けてるのは確かだし。
今度、僕が鍛えなおしておくから。・・・・で、君は何をしに来たの?」
番犬のように牙をむく獄寺を諌めて、雲雀は武器を懐にしまうと一歩彼へと近づく。
それにルースはニコリと子供めいた笑みを浮かべた。
「レーネとボンゴレの関係を調べに。
くだらない噂をどうにかしないと、大事なレーネに危険が及ぶ可能性もあるからさ。
にしても、どうして僕の姫君はこうも、厄介ごとに巻き込まれるのかなぁ。よりによってボンゴレなんて。」
ルースは独り言のように呟くと、雲雀の隣を通り過ぎ、先ほどまで雲雀がいた場所に腰を下ろす。
そして手を膝の上で組むと、前かがみになったまま綱吉を見据えた。
「単刀直入に応えてね、ツナ。」
いつの間にか取り出したのか、鈍く光る拳銃が彼へと向けられる。
もちろん、そんなルースにもリボーンを始め、3人の部下が銃器を向けていたが。
「レーネを引き込むつもりなのかい?」
「まさか。俺は世話になっただけで、お礼をすることはあっても、彼の日常を奪うつもりなんてありませんよ。」
嘘偽りの無い笑顔で返す綱吉に、ルースはほっとため息をついて銃を懐へと戻す。
「そ。なら良いけど。まぁ、噂の方は、何とかしとくよ。
ツナも俺のお気に入りだし。レーネを守るためにも、ね。」
「そいつは助かる・・・が。裏はねぇんだろうな?」
リボーンはルースに銃を向けたまま尋ねた。
普通ならばボスに銃を向けた時点で、抗争に発展してもおかしくない事態なのだが、ここは巨大組織の執務室。
そうそう外に情報が漏れる場所ではない。そのことを分かった上での行動なのだろう。
「無いよ。俺はレーネに関わる事には、嘘はつかない主義。」
「ふん。よっぽど入れ込んでるみてぇじゃねぇか。神をも恐れぬとまで残虐非道で通っている
フランスのマフィアさんよ。それに、そんなに大事な相手を守らなくていいのか?」
「そうですよ。恋人さんもここに来てるのに。」
レーネの隣には付き添うように腕の切れるパートナーがいる。
それを知っての嫌味だったのだが、予想外に反応したのは隣にいた綱吉で。
そこに居た面々は驚いたように彼へと視線を集めたのだった。
「すげぇな。それってやっぱこないだの勘ってやつ?」
「まぁ、そんなもんです。」
ルースに付き添ってきた部下と思われた男は、静まり返った場の空気を壊すようにケラケラと笑い出した。
変装を解くつもりは無い様で、そのまま扉の傍から彼らの元へと近づく。
カツカツと響く革靴の音に、リボーンはまじまじと男を見つめた。
これがレーネのパートナーか・・と。
話しにはよく聞いていたが、実際に見るのは初めてで。
ピリピリと膚で感じる冷涼な気配を自分同様、雲雀や獄寺も感じているのだろうとリボーンは思う。
これだけの気配に隙の無い姿。一度会えば強烈に印象に残りそうなものなのに。
彼が裏社会に欲せられながらも、掴まったことがないという事実がますます不思議に感じられた。
「確か腕利きのマジシャンだったな。」
「へぇ。噂のヒットマンに知られてるなんて光栄だね。」
頭の中のデータを引っ張ってきて告げれば、ご挨拶にどうぞ。と快斗はポンッとバラの花を差し出す。
その全て洗練された立ち振る舞いと姿にリボーンは小さく舌打ちした。
この余裕な表情が気にくわない。とばかりに。
「男に花を貰う趣味はねぇ。」
「それは残念。」
一瞬で消えたバラに綱吉は相変わらず凄いと関心仕切りで。
そんなボスに様子に、獄寺と雲雀はつまらなそうに目を背け、リボーンは腹いせにとばかりに彼の足を軽く蹴る。
ぐえっ、と奇妙な声を出した綱吉だったが、リボーンの八つ当たりにも慣れているのか
文句を口にしつつも先ほどから気になっていたことを聞くため、口を開いた。
「それで、くど・・じゃない。えっとレーネさんは?」
「俺より事件を愛しちゃってるからね。たぶん、血なまぐさい現場かなぁ。」
「てことは、秀一が一緒か。ずるいよね。」
こういうときだけ、FBIのバッチを使うんだからさ。と不満げにルースはため息をつく。
ぶぅっと膨らました彼の頬がどこか幼さを感じさせた。
「ルースってFBIにも知り合いがいるの?」
「う〜ん。知り合いっていうか、秀一とレーネに掴まりそうになったからね。昔。」
ハハッと笑うルースに誰もが興味深そうに視線を向ける。
これだけの腕を持つ彼を追い詰めたなんて。
リボーンに至っては良い酒の肴になりそうだとばかり、口元を緩めていたが、
彼のその表情の意味に気付いたルースはふんっと顔を背ける。
「期待を裏切ってけど、自分の失態を話すつもりは無いよ。」
僕にもコーヒーと獄寺に告げるとルースは軽く前髪を掻き揚げた。
獄寺は渋りながらも、重要な同盟ファミリーのボスに逆らえるはずも無く、コーヒーを入れる。
変装したままの彼にも、依然世話になったお礼だとコーヒーを渡した。
「あっ。悪いけど、砂糖とミルクってある?」
「相変わらず甘党だよね。」
ルースの呟きを軽く流し、持ってきてもらった砂糖とミルクを惜しげもなく入れる男に
その場に居た面々は思わず顔を引きつらせる。
「コーヒーの味、しないんじゃない?」
「疲れた体にはちょうどいいって。硬いこと言わないでよ、雲雀恭弥さん?」
「ふ〜ん。僕らのことは調べ済みってわけね。」
スッと目の色が変わったことに、快斗は少し口元を緩めた。
さすがは彼らの中でも最強と謳われるだけのことはある・・と。
無駄な争いは嫌いだが、こうした高揚感は嫌いではないからこそ、
目の前の男といつか一戦交えたいとさえ思えた。
「それより、今日はどうしてここに?」
2人の間に不穏な空気を感じ取って、綱吉は話題転換を図る。
最初から気になっていたことでもあったので、それは、いとも簡単だった。
「ルースがここに来るって聞いてね。俺もどんな所かお邪魔したくなったってわけ。」
友達の家に一緒に来ちゃいました。とでも言うような気軽さで告げる彼に獄寺は軽い頭痛を覚える。
これでも、イタリアマフィアのひいては世界でも一、二を争う組織なのだが。
部外者が入るためには何ヶ月も前からアポが必要で、さらにボスとの面会となれば
優秀な部下達がそれこそ徹底的に相手の素性を調べる。
彼を守ることは組織を守ることでもあるが、それ以前に、ボスの人望が皆に自然とそのような行動を促していた。
彼の発言に呆れたのは、ボンゴレ側の人間だけではない。
立ったままコーヒーを飲む快斗を見上げて、ルースは小さくため息をついた。
「俺は誰にもここに来ることを言ってないんだけどね。」
「ルース。俺を誰だと思ってんのさ?」
「レーネのストーカー。」
フンッと顔を背けるルースの子供っぽい仕草に、快斗はケラケラと声を上げて笑う。
そんなとき、笑い声を遮るように携帯がなった。
聞いたことのあるメロディに綱吉はその音源へと視線を向ける。
おそらく日本国民のほとんどが知っている某3世のテーマソングが鳴り終わると同時に
快斗は慌てたように携帯を耳に当てた。
「はい。どうしたのマイハニー・・って、うそうそ。切らないで。」
「え?レーネ?それなら代わってよ。」
椅子から立ち上がって手を伸ばすルースは、フランスマフィアのボスというよりは幼い子供のようで、
リボーンは呆れたようにため息をつく。
自分のボスといい、このボスといい。今後のマフィア界が心配だな。と。
「綱吉はりっぱなボスだよ。あんなのと一緒にしないで欲しいね。」
「雲雀・・。こんなときだけ読心術を使うな。」
ルースが立ち上がって空いた席に雲雀は座ると、冷えてしまったコーヒーを口に含み眉間にシワを寄せた。
ソーサーに戻し、新しいコーヒーを入れなおすために再び席を立つ。
扉の近くでは、まだルースと快斗が携帯の取り合いをしていた。
「今?今は沢田君のとこ。え?沢田君に?」
快斗は電話を耳から放して、電話を綱吉に渡す。
「沢田君にお願いがあるみたい。」
「はい?俺に・・ですか?」
一瞬、リボーンに視線を移し判断を仰ぐと、彼は黙って頷いた。
とりあえず用件を聞けとのことだろう。
こうやってボスになったとしても、未だに家庭教師に頼ってしまう癖は抜けなくて。
あとから雲雀に小言を言われるだろうなと思いつつも、綱吉は電話を受け取った。
「君さ。着メロってあのルパンだろ?」
「まぁ。彼は、俺の憧れなんで。」
「憧れ・・か。そういえば、平成のルパンって呼ばれた怪盗がいたよね。」
風紀を乱されて困ったよ。
そう付け加えてほくそ笑む雲雀に快斗はポリポリと頬をかく。
レーネのパートナーが腕利きのマジシャンであることは、それなりに知れている。
だが怪盗KID=レーネのパートナーという図式を知っているのは
電話の傍で聞き耳を立てているあの少年くらいだ。
彼がどうやって知りえたのかは、未だに謎なのだが、
最初に自分をターゲットにしたときに調べ上げたのかもしれない。
「KIDファンでもあるんですよ。高校時代から。」
「まぁ、そういうことにしてあげるよ。」
アハハと乾いた笑みを浮かべると、快斗は綱吉から電話を受け取った。
すでに電話は切られており、冷たい・・・とその場にしゃがみ込むと
綱吉が慌てたように、すみませんと頭を下げる。
別に彼が悪いわけではないが、こんな素直なところは可愛いなと快斗は思う。
「ボスが誰にでも頭を下げるんじゃねぇ。ダメツナ。」
「でもさ。」
「それより、噂のレーネからのお願いは何だったんだ?」
「ああ。今から来るそうです。ここに。」
「「「は!?」」」
リボーンと極寺、そして雲雀が全力で探しても素性が分からなかった相手。
その相手が自らこのボンゴレ屋敷にやってくる。
「レーネは何を考えてるんだろう・・。」
必死に捜索した時間は無駄じゃないか・・。
そう内心肩を落とす3人を後目に
ルースは突飛な行動に出た新一にただただ首を捻るしかできなかったのだった。
それから数分後、来客を告げる子機が静かな執務室で鳴り響く。
来客があることは門番をしている部下達にすでに伝達済みで、
誰かが着たらすぐに直接ここに電話するようにも言っていた。
「はい。俺だけど。」
『ボス。お仕事中にすみません。あの、FBIの人間が来てまして。』
緊張感を滲ませる部下の声に綱吉はチラリと窓から外を見た。
元来、窓に近寄ると射撃の危険があると言われているが、このボンゴレ屋敷でその心配は無い。
というのが、綱吉独自の見解だ。
そのため、いくら周囲に注意されても綱吉は、窓に近づくことをやめなかった。
彼にとって窓からイタリアの空を眺めることは、ひとつの楽しみでもあったのだから。
「その人の名前は?」
『はい。秀一とだけ。FBIでも個人的な用事で来たと。あと、若い男性も連れて。』
「ボンゴレとFBIが繋がってるなんて洒落にならないんだけど・・嫌がらせかな。」
チラリと視線を向けてくる綱吉に、ルースは何か感じ取ったのか口元を緩める。
『では、追い返しましょうか?先ほど伝達のあった人物では・・ないですよね?』
「いや。片方は大事な客人だから執務室まで案内して。」
『あ・・はぁ。』
「あと、彼らが来たことは内密に。仕事増やしちゃってごめんね。」
『い、いえ!その点はちゃんと配慮しております。』
「ありがと。優秀な部下を持つと助かるよ。」
労いに感涙する部下の声に綱吉は苦笑を漏らし、電話をゆっくりと置いた。
「噂のレーネさんが来たよ。」
そう振り返って告げる彼に、快斗は喉で声を押し殺したように笑う。
FBIと確かに綱吉は先ほど口にしていたから。
赤井さんも、罪に置けないよな。
ボンゴレに対するちょっとした嫌がらせに、つくづく自分の大切な人が愛されていることを実感する快斗だった。
「へぇ。これがマフィアの中かぁ。参考になるなぁ。」
ウェーブがかった髪の男は、執務室に入るなり不躾に部屋を見渡した。
綱吉はふとどこかで見たことがある顔だと目を細める。
そんな綱吉に気づいた獄寺は、そっと彼に耳打ちした。
「10代目。彼がFBIの赤井秀一です。」
「あ・・あの有名な?」
「はい。」
FBIの赤井といえば、巨大組織に属しながらの逸れものであり、
裏社会に病原菌のように存在していた黒の組織を潰した立役者の1人でもある。
綱吉も物覚えは良い方ではないが、同じ日本人ということで記憶に残っていたのだ。
だが、本人は自由人気質らしく、ここ数年はその活動場所は謎に包まれていたはず。
若い男と共に気ままな旅をしているなんて噂を耳にしたくらいだったが。
「急にお邪魔してすみません。」
傲慢な態度の彼を補うように隣に立つ青年が頭を下げる。
シンプルだが高級感のある紺地のスーツは、光の当たり具合では黒くも見え、不思議とこの空間にマッチして見えた。
というのも、ここにいる者たちは一様に黒いスーツだ。
ただ、ボスである綱吉は常に白いスーツを着こんではいたが。
顔を上げた青年に、リボーンが小さく息を呑む。
「へぇ。これが噂のレーネ。」
「ちょっとリボーン。くど、じゃない、レーネさんに失礼だよ。」
見定めるように視線を動かすリボーンを嗜める綱吉に、新一は小さく笑みを作った。
「ドン・ボンゴレ。いや、沢田さんかな。俺のことは名前で呼んでくれて構わないよ。」
「そうなんですか?名前とかバレたらまずいかなって。」
「ここは情報が漏れる場所じゃないだろ。それに、レーネって呼ばれ方のほうが苦手だ。」
「もちろん完全に防音です。では、黒羽さんも?」
「あっ。気にしてくれてたんだ。ごめんね。」
向き直った綱吉に快斗は頬をかいてみせる。
そして、パンッと軽く手を叩いて自らの周りに花吹雪を降らせると
『改めまして、新一の恋人兼マジシャンの黒羽快斗です。』と変装を解き、華麗に自己紹介したのだった。
彼のそんな行いに新一から軽い制裁(といっても、鋭い回し蹴りだ)が加わり、
さっそく本題といった感じで新一は綱吉に向き直る。
その真剣な眼差しに、綱吉もまた、一個人ではなく、ボンゴレの若きボスの表情となった。
「今回ここに来たのは、容疑者捜索のためなんです。」
急に口調が変わったが、これは彼なりの礼のとり方なのだろうと綱吉は思う。
仕事とプライベートの切り替えは、社会人の基本中の基本だ。
「ここはマフィアですよ。」
驚くべき発言に動じることなく綱吉も坦々とした口調で返す。
マフィアなんてものをしていれば、容疑者なんてほぼ全員だろう。
それでもそこに警察が介入してこないのは、あくまでマフィア同士のことだからだ。
もちろん表立っての騒ぎや、一般人を巻き込めば、警察も黙ってはいないし
これまで何度かそのような場面に立ち会ってきた。
そのたびに、しかるべき処分はこちらですると警察を黙らせてきたのも事実。
ボンゴレの規則を、ボスの信念を汚すものは、組織内で捌かれていく。
また、マフィアを捌く裏組織も存在するのだし。
「もちろん分かっています。ここが殺しなどの犯罪が日常茶飯事だということもね。」
「おい。おまえ、そんなことのために乗り込んできたのか?」
呆れたように呟くリボーンに新一の表情が少しだけ険しくなる。
いや、表面上は穏やかだが、瞳の、蒼い瞳の輝きが冷たくなった気がした。
「そんなこと・・か。確かに皆さんにはそんな些細なことでしょう。」
フッと浮かべた笑みに、気分を害したのか、リボーンは拳銃を新一へと向ける。
それに反応したのは新一本人でも、ボスである綱吉でもなく、ルースだった。
「レーネだって馬鹿じゃないよ。どうせ今回は時間が無いんだろ?
だからこんな無謀なことしてる。加えて被害者は一般人かな。」
「人質がいるみたいだよ。」
言葉と共に快斗が指を鳴らすと、リボーンの愛用の銃は、一瞬で綺麗なバラになる。
快斗とリボーンは机とソファーを挟んだほど離れていたのにも関わらず・・だ。
「快斗。おまえ、また盗聴してやがったな。」
「だって心配だからさ。」
「おい、黒羽。俺の愛銃はどこにやった。」
固まる一同を気にすることなく何事も無かったかのように会話を進める二人に
痺れを切らしたようにリボーンが声をきつめにする。
まさか自分が出し抜かれるなんて思ってなかったのだろう。
もう少しで逆鱗に達するかも、と快斗は取り繕うように、雲雀に視線を動かした。
「雲雀さんのポケットに。」
「「は?」」
「とりあえず容疑者を探すためとは言ったが、何もボンゴレ内に犯人が居るわけじゃない。」
快斗のいらぬ一芸で、さらに緊迫感が増した雰囲気に水を差すように、
先ほどまで黙ったまま壁に背中を預けていた秀一が坦々と告げる。
その一言に、え?と綱吉は驚いたように新一へと視線を向けた。
すると向けられた本人は、小さく笑みを浮かべて肩をすくめて見せる。
その動作に何かを試されたのだと、綱吉は思った。
「情報がなにぶん少ない状態だったんで。すみません。みなさんの考え方、動き、性格を知るには、
怒りを誘い出すのが最適だと思って。」
「工藤さんって、本当にレーネなんですね。」
納得しました。と脱力する綱吉に向けて謝罪を口にすると新一はとある写真を彼へ提示する。
そこには、明日の夜に向かう予定のパーティの主催者の顔が写っていた。
ボンゴレの同盟に加わりたいと、ここ数ヶ月、まるで見合いの申し込みのように
写真まで送られてきており、嫌でも覚えてしまった中年の濃い顔つきの男。
とりあえずこれだけ熱心なのだし、写真が増え続けても困るので話だけでも聞こうと、
明日のパーティに参加するのを決めたのは一週間ほどまえのことだ。
「彼が容疑者?」
「マフィアボスを捕まえようとは思っていません。とりあえず、人質だけは殺される前に
助けなきゃいけない。それも彼の命の期日は明後日までときている。」
綱吉の問にゆっくりと頷いた新一。
そんな彼にリボーンは全てを察したようにフッと口元を緩めた。
「そこでパーティに参加希望ってわけか?」
「ご名答。今回は、ボンゴレ同盟ファミリーの少数しか誘われていないと聞いて。
忍び込むのはともかく、人質を連れて逃げたすにはリスクが大きすぎる。それに人質は、まだ幼い少年なんですよ。」
だから、俺を同伴させてください。
深々と頭を下げる新一を綱吉は真っ直ぐ見つめていたのだった。
日も暮れてきたので、晩餐にと綱吉は2人を誘った。
ちなみにルースは部下に泣きつかれ、赤井はFBIからの呼び出しに渋々帰ったところだ。
彼の申し出に喜んでと2人は快く晩餐の誘いを受ける。
そして、夕食が準備できる間、パーティーに参加する新一、快斗、綱吉、
そして明日のボスの護衛を任命されている雲雀は綿密な打ち合わせを執務室で行っていた。
「それにしても、驚きましたよ。」
ルースが残していった鋭い小型ナイフを眺めながら綱吉は新一へ声をかける。
パーティー会場である相手方の屋敷の見取り図を見ていた新一は、その声にふと手を止めて顔をあげた。
「ああ。ルースのことか。」
「本当に殺す気なのかと思いました。」
部下に言われて執務室を去るとき、ルースは躊躇無く、
今、綱吉の手の中にあるナイフを新一の心臓に向けて投げたのだ。
本当に一瞬のことで、誰もが驚く中、新一はそれをいとも容易く指2本で受け止める。
全くといっていいほどに予想もつかない行動を彼は見通していたかのようにも思えた。
「愛と憎しみは紙一重だからね。沢田君も気をつけたほうが良いよ。」
「僕はそんなことはしないよ。」
視線を向けて告げる快斗に雲雀はバカバカしいとばかりにため息をつく。
そんな快斗言葉に、綱吉はいつの間に自分達の関係に気づいたのかと目を丸くした。
「ルースはガキだ。手に入れられないなら殺す。そんなとこともあるからな。
確かにマフィアのボスとしての資質は見事だと一般人の俺にも分かる。
けど、完全に気を許せる相手じゃない・・・っと、こんなことは分かってるか。」
新一は小さく笑うと再び図面へと視線を戻す。
相手方の屋敷をここまで隅々分かっているという情報力はたいしたものだ。
おそらく誰かを先にもぐりこませてあるのだろう。
「それじゃあだいたいの計画はさっきので良いんだね。」
「はい。明日はよろしくお願いします。」
「よろしくするつもりは無いよ。とにかく僕らに迷惑はかけなければそれで良い。」
確認する雲雀に新一がそう返すと、そっけない返事が続いた。
そのまま席を立つと、緑茶が飲みたいと部下を手に持っていた携帯で呼び出す。
自由気ままな浮雲という噂は聞いていたが、
こんな男がよく組織という枠組みに収まっているなと快斗には不思議でならなかった。
雲雀のそんな態度に綱吉は慌てて立ち上がり傍によって咎めているが
彼は聴いているのかいないのか曖昧な返事を返すだけで。
本当にボスなのか?と思いたくなると快斗が視線で隣に居る新一へと尋ねると
新一も同じことを考えていたらしく軽く肩をすくめて見せた。
「ところでさ。」
「雲雀さん。まだ話、終わってないんですけど。」
「ひとつ確認だけど。」
「俺、一応貴方のボスですよね?」
「君たち強いのかい?」
さらりと綱吉の言葉を無視して尋ねてくる雲雀に新一はゆっくり頷く。
「足手まといにはなりませんよ。なんなら、一戦交えてみます?・・・快斗と。」
「そうそう百聞は一見に如かずってね。って?俺!?」
「俺、肉弾戦は嫌いなんだよ。」
新一の言葉に、自分の恋人も大概わがままだが、彼もなかなかのものだと綱吉は思わずにはいられなかった。
雲雀恭弥と快斗の戦いは決着がつかず、ついには見守っていた綱吉も新一も飽きがきたのか、
2人をそのままにして晩餐へと向かった。
そのうち、おなかもすいてきたからと彼らも夕食へ参加し、
食後の楽しみにと快斗がマジックショーを披露し盛り上がったのは数時間前のこと。
新一はボンゴレ本部の中を歩きながら、今日一日を振り返っていた。
明日はいよいよ目的の場所へと乗り込む。
少しだけ落ち着かない心臓を落ち着けようと、こうしてこっそり部屋を抜け出たのだ。
人質になった少年は、まだ5歳くらいなのだとか。
伝統ある老舗を営む両親を持ち、その土地を買い占めようとしていたマフィア。
どうにも首を立てにふらない両親に痺れを切らし、少年を誘拐したのだ。
土地の権利書と引き換えに返すとは言ったが、その信憑性も薄い。
事件を解決した帰りに飛び込んできた依頼を迷うことなく引き受けたのは良いが
そのマフィアに潜入するにはリスクが大きかったのだが。
「渡りに船ってまさにこのことだよな。」
「新一。こんなとこに居たの?」
「快斗。」
風呂に入ってる間にいねぇんだもん。と快斗は新一を引き寄せてその腕の中に閉じ込める。
そして米神や耳元に軽くキスを落とした。
「新一までここに呼ぶつもりは無かったのになぁ。」
「ルースと勝手なことしてんじゃねぇよ。あいつだっておまえに興味あるんだぞ。」
表にも裏にも顔の広い快斗をルースが引き込もうとしていることを新一も知っている。
快斗の腕の中で身をよじりながら、どうにか彼を見上げるとその秀麗な眉を顰めた。
「そういう新一も、気をつけてよ。ルースの独占欲は並じゃないし。」
「あのくらい避けられるさ。それに独占欲っていったら・・・。」
おまえのほうが凄いだろ?
そう呟いてそのまま新一は快斗の口を塞ぐ。
突然の彼の行動に快斗はその瞳を大きく見開いた。
「ポーカーフェイスはどうした?」
「積極的な新ちゃんに驚かないはずないでしょ。」
「気が、高ぶってるせいかもな。」
沈めてくれるか?
手を快斗の首元に回す新一に、本当にどうしたの?と思いつつ快斗は『喜んで王妃様』とほくそ笑むのだった。
※以下はヒバツナです。
読まなくても今後の話に繋がるかと。
興味のある方のみスクロールしてください。
「大人なカップルですよね。」
部屋を出て行った二人を追った綱吉は、甘い雰囲気に顔を赤く染めた。
勝手に屋敷内をみられても困ると、リボーンに追いかけるよう命じられたのだ。
こうなると益々自分がボスなのか、綱吉は分からなくなったのだが。
いつの間にか来ていたのか、背後に感じた気配にそう声をかけると
「ただのバカップルじゃない。」と呆れた言葉が返ってくる。
「綱吉はあんな雰囲気が良いわけ?」
「いや、俺には無理です。」
自分から雲雀を誘うなんて考えただけで頭がどうにかなりそうだ。
そんな綱吉の様子に雲雀は面白そうに表情を緩める。
「確かに君には無理だね。工藤のような色気は無いし。」
「分かってますよ。そんなこと。」
リボーンも追うように告げたとき、似たようなことを言っていた。
あの王妃くらいの色気があれば、ボスとして敵を落とし込めるのにな。と。
「冗談じゃないよ。」
「へ?」
「君が他の奴らに色目を使うなんて。絶対に許さないからね。」
いつのまにか隣に並んだ彼は、穏やかな声で告げているが、周囲の空気は冷たい。
ああ、怒っているのだ・・・・と綱吉は思い、そして嬉しくなった。
直接的な愛の言葉は無くとも、時折見せる素直でない独占欲が堪らなく自分を幸せにさせるから。
雲雀さんは、分かってないんだろうな。
「何、1人で笑って。」
「なんでもないです。ねぇ、雲雀さん。」
変な子、と首を傾げる雲雀に綱吉は身体ごと向き直る。
「明日はよろしくお願いしますね。」
「うん。」
彼らとつるむ気は無いけど、ボスは守るよ。
こちらを見上げる綱吉の額に雲雀はそう誓うように唇を落とした。
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