キッっと音を立てて一台のベンツがとある坂の下で止まった。 レンガの敷き詰められた坂の途中に、小さなこれまたレンガ造りの建物が見える。 「ここか。」 新一はメモで番地を確認すると、坂をのぼって建物の前に立った。 4室ほどの小さなアパートと言ったところであろうか、 中央に階段があり2階へとつながっている。 そして、それぞれの窓には小さいながらもきちんとしたバルコニーがあって、 思い思いの草花が、それぞれの窓辺に飾れられていた。 〜旅行記・前編〜 3年ぶりの再会。新一は扉の前で一呼吸おく。 彼はどんな風に成長したのだろう。そして、自分のことを覚えているだろうか? 期待と不安に胸を膨らませる新一の傍をヒュッと冷たい風がレンガ道を吹き抜ける。 そして数分後、新一は意を決して、木製の扉を叩いた。 ・・・・・・・・。 「留守か?」 いつまでたっても返事がない。まだ、眠っているとは考えられない時間帯だ。 新一は心のどこかでホッと胸をなで下ろし、それと同時に落胆している自分に気づく。 会いたいような会いたくないような、不思議な気分。 『あら、お隣さんなら昨日出ていったよ。』 入り口で立ち往生している新一を見つけて エプロンをつけた小太りの女性が、ホウキを片手に階段をのぼってきた。 察するに、隣の部屋の住人らしい。 女性は新一の顔を見て東洋人だと分かると、少し気まずそうな顔つきとなった。 『イタリア語分かるかしら?』 『大丈夫ですよ。』 『ああ、本当?よかったわ。』 女性はホウキをその場において、ここじゃなんだからと部屋の中へと新一を誘った。 気のよさそうな彼女の言葉に甘えて新一は彼女の誘いを受け取る。 正直言って、寒かったのだ、この場所は。 小さな木製の玄関の先には、広いダイニング、そしてベットがあった。 開け放たれた窓の外には地中海が広がっている。 これがもし夏ならば心地よい潮風でも、と思うのだが、残念ながら今は冬。 女性は窓を慌てて閉めに行くと、暖房のスイッチをつけた。 『そのへんに腰掛けていいよ。コーヒーでいいかい?』 『はい、お構いなく。』 『にしても、お隣さんに似ているね。兄弟か何か?』 『まぁ、ちょっとした知り合いですよ。』 新一は彼との関係を聞かれて困ったように曖昧な返事を返した。 友人でもなければ恋人でもない。本当に変な関係だ。 女性はコーヒーを2人分、カップに注ぐと片方を新一に手渡した。 新一は軽く頭をさげてそれを受け取る。 カップが冷え切った手を徐々に暖めていく。 『昨日だったかな。黒羽さんが大怪我をして帰ってきたんだよ。 世界をまたにかけるマジシャンの大怪我に、私も驚いてね。 練習中の事故って彼は言ってたけど。』 女性は新一と向かい側の席につくと、思い出すように一言一言丁寧に話す。 新一はコーヒーを飲みながら黙って耳を傾けた。 『彼が出ていったのはその後すぐ、次の公演がドイツだと言っていたかな? でもね、彼がいなくなってから、変な男達が数名、彼を訪ねてきたんだよ。』 『変・・とは?』 『なんか、雰囲気が変なんだよ。胸元に拳銃を潜ませて。 私はこれでも旦那が軍人だからね。なんとなく殺気とかは分かる。 あれはただ者ではなかった。』 “間違いない”と女性は大きく2度ほど頷いた。 新一はそれに目を細める。 まだ、裏の社会と彼がつながりを持っているとは・・・。 『ありがとうございました。そろそろ僕は。』 『ああ、悪かったね。長話して。』 『いえ、とりあえずドイツに向かいます。どうしても彼に会わなくてはいけないので。』 『そうかい。じゃあ、気をつけるんだよ。』 女性はそう言って、新一を玄関まで見送った。 また、寒い外に出るのは気が引けるが、外には連れを待たせてある。 車まで走るか。 新一は階段を下りて、レンガ道を早足で歩き始めた。 その時、強い力で腕を捕まれる。 『黒羽快斗か?』 『おい、ちょっと顔つきが違うんじゃねーか?』 振り返れば西洋人らしき男達が、3名ほどそこにはいた。 彼らが彼女の言っていた、訪ね人であろう。 新一は手を振り払うと『俺は黒羽じゃない』と告げる。 それに、男達はチッと舌打ちした。 『くそっ、完全に逃げられたじゃねーか。』 『それより、おまえどこかで俺と会わなかったか?』 『さぁ、気のせいじゃないんですか。』 新一は帽子を深くかぶりなおして、足早に彼らから離れた。 そんなはずは・・と考え込む男達。 気づかれるのも時間の問題だろう。 「おい、シンっ。行くぞ。」 「ああ。わりぃ。」 プップーっとクラクション音とともに、ベンツから男が顔を出す。 新一はそれに慌てて乗り込んだ。少々、長居をし過ぎたようだ。 『わかった、あいつは工藤だ。』 『工藤って、あの?』 『巨大組織を1人で潰した。あいつか?でも、死んだって話じゃ。』 『表向き・・・だろ?』 3人の男達がやっと彼の正体に気づいたとき、すでに彼は忽然と姿を消していた。 +++++++++++++++ 「まったく、もう少し自分の立場を理解しろ。」 「悪かったって言ってるだろ。シュウ。」 深くため息を付き、ハンドルを握るのは赤井秀一。 FBIの彼と知り合いになったのは組織を潰した時のことだ。 若干、17歳で巨大裏組織を潰した新一の存在は予想以上に裏世界で有名となった。 そして、同時に命の危険もそれに比例するように肥大していったのだ。 当人はいたって気にしていなくとも、優作はそんな彼の身を案じ、FBIに新一の護衛を一任する。 保護プログラムまではいかなかったが、FBIの一員として動き出したのはここ一年の話だ。 加えて、関わってきた者達の身を守るため、新一は戸籍から抹消されている。 つまり、表向き・・・・彼は死んだのだ。 その事は大きく新聞で取り上げられ、日本中を震撼させた。 若き日本の宝が失われたと。 「でも、シュウ。おまえが俺に付くなんて今でも信じられねーよ。」 FBIでもトップクラスの腕を持つ彼が、自分の護衛とは・・・。 新一は窓の外を流れていく地中海を眺めながらポツリと言葉を漏らす。 「俺1人じゃ足りないくらいだぜ。シンは後先考えずに動くからな。 それに20歳だって言うのに相変わらず線が細い。」 秀一はクスクスと笑いながら、タバコに火をつける。 その言葉に新一は眉をひそめた。 「あのなぁ。俺はっ。」 「まぁ、怒るなよ。それより次はどこに行くんだ。」 「・・・ドイツ。」 「へぇ、またそれは遠いな。」 「嫌なら付き合わなくて良いんだぜ。」 「冗談。地の果てでもついて行くぜ。お姫様。」 秀一の茶化した言葉に新一の鉄拳が舞った。 あとがき テーマは快斗君を捜す旅。まぁ、そんなに長くはないと思います。 |