「レーネ!!久しぶり。」

気が付けば東洋系のまだ幼さを残した顔が目の前にあった。

茶髪に茶色の瞳。そして、黒いスーツを着こなした姿。

「ルース。」

それは以前から自分につきまとっている16歳のハーフの少年ルース。

確か日本人とフランス人の混血だったと記憶している。

 

〜旅行記・後編〜

 

「レーネ。どうしてここにいるんだ。まさに運命だね。おまけに女性みたいで凄く綺麗。」

抱きつく手をゆるめることなく、ルースは再会を喜んでいるようだった。

ちなみに“レーネ”とはフランス語で王妃の意味があり、

新一は彼に初めてあったときからそう呼ばれている。

まぁ、出会い話は長くなるので端折っておくが。

 

「ルース。ここは一端の高級レストランだぜ。少しは静かにしてろ。」

「シュウ、いたんだ。ずるいなぁ、レーネと2人っきりで食事なんて。」

 

ちゃっかりと先程まで秀一の彼女が座っていた席に陣取ると、

ルースは子どもっぽく頬を膨らませる。

16となってもその仕草がどことなく似合うのは彼の容姿のせいだろうか。

 

「で、今日は仕事か?」

「まぁ、1人殺すだけだよ。危ないからレーネは帰ってね。」

残念だなぁ、折角会えたのに。と付け加えてルースはテーブルにゴロンと頭を乗せる。

そして拗ねた仕草で前髪をいじっていた。

 

ルースはこう見えても裏の世界では名の通ったマフィアのボスだ。

若干14歳で自分の父親を殺し、ボスの座に就任した。

初めての殺しはわずか5歳。それからもう何人殺したかなんて覚えていないと言う。

だけど、新一はそんな彼を攻めることはできなかった。

いつも笑顔の彼の裏側には、抱えきれないほどの闇があり、

絶えず彼を飲み込もうとしている。

それに必死に耐えるわずか16歳の彼を攻めることができる者などいるはずがないのだ。

だけど命の重みは分かっているらしく、無駄な殺生は好まない。

 

「どんな人間を殺すんだ?」

「今回はあんまり気乗りしない相手だね。だけど、存在的には邪魔なんだよ。

 それに殺さないと部下に示しがつかない。」

このヨーロッパの半分を仕切っていると言っても過言ではないマフィアグループの

メンバーは下っ端を含めればとんでもない数になる。

それを統治する難しさは新一の予想も付かない範囲だった。

 

「ここにもうすぐ来るんだ。写真、見る?」

「その前に、俺の存在を忘れていないか?」

「ああ、すっかり。まぁ、いいでしょ。FBIのはみ出しモノなんだし。目を瞑ってよ。」

新一に写真を手渡しながら、ルースはウインクをして秀一におどけてみせる。

秀一も仕事をする気はないらしく、勝手にしろっと吐き捨てた。

 

まったく、不思議な取り合わせだな。

新一は写真を見ながら人知れず苦笑する。

FBIのトップクラスとマフィアのトップがこんな会話をするなんて。

だけど、そこにはほんの少し希望が見えるようだとも新一には感じられた。

 

「どう、カッコイイでしょ。惚れちゃダメダよ。レーネ。」

「・・・・。」

「シン、どうかしたのか。」

 

写真を見たまま固まってしまっている新一に、ルースと秀一は顔を見合わせる。

そして、秀一はその写真を新一の手の中から奪った。

 

そこでようやく原因が分かった・・・・・写真には黒羽快斗が写っていたのだ。

 

「ルース。」

「ん?」

「こいつを殺さないでくれ。」

 

ひどくせっぱ詰まった表情の新一に、ルースは思わず言葉に詰まってしまう。

こんなにも必死な顔の彼をいままで見たことがなかったから。

 

ルースは新一の震える手にそっと自分の手を重ねた。

そして、いつものひとなつっこい笑みを見せる。

「いいよ。」

「へ?」

「何だよ。殺して欲しくないんでしょ、その人。いいよ、殺さない。」

あっさりとしたルースの言葉に、新一はひょうしが抜けたような表情で彼を見る。

彼は本当に楽しそうにクスクスと笑っているだけだった。

 

「珍しいな。おまえがそんな事を言うとは。」

「シュウ、俺を何だと思ってんだよ。でもね、条件がある。」

「条件?」

「そう、レーネの頼みでも、今回の仕事は絶対だ。だけど、この条件をのんでくれれば

 俺は絶対に手を出さないし、関係者にもそういう通達をしておく。」

良い提案だろ。ニヤリとルースは笑ってそう言った。

その笑みに新一はどこかしら嫌な予感を覚える。

自分のよく知っている“コドモ”も時々そんな笑みを見せたから。

 

「ここに彼が来たとき、レーネは外へと向かう。

 そうしたら入り口でお互いすれ違うだろ?

 もし、その時彼がレーネに気づけばレーネの勝ちだ。

 さっき言ったことを俺は守る。」

 

「もし気が付かなかったら、どうする?」

 

神妙な面もちで尋ねたのは秀一。

その質問に少しだけ彼の笑顔に影が落ちた。

 

「その時はレーネを貰う。」

「おいっ。そんな無茶な賭、」

「シュウ、俺は今レーネと話してるんだ。」

 

ギロリと睨み付けるルース。こんな時、彼の本性をつくづく感じさせられる。

殺気を惜しみなく、穏やかな表情から放出して、瞳に多大な威圧感がある。

だけど、そこでひく秀一でもなかった。

 

「シン、断れ。俺が黒羽を守る。」

「シュウやレーネを敵に回すことはあの時で充分だけど。

 邪魔するならあの時の借りをすべてここで返したって良い。

 俺ももう成長したんだぜこれでも。あの頃とは違うんだから。」

 

ルースのいう“あの時”とは彼と初めてあったときのことを示していた。

秀一を殺しにきて、新一と秀一の圧倒的なコンビネーションに返り討ちにあったことは

彼の苦い記憶としてしっかりと根付いているのであろう。

 

「レーネ。君には選択権を二つあげるよ。このまま賭を放棄して彼を見捨てるか、

 賭に参加して勝敗がどうであれ彼を守るか。もちろん、負けても彼を殺さないであげる。

 レーネが手にはいるならそれ以外はどうでもいいしね。あっ、そうそう。

 彼の付近にはもう部下が集まってるから、断ればそこで彼はおだぶつだよ。」

「鬼・・・。」

「分かってるくせに。さぁ、どうする?」

「賭を受ける。」

「シンっ!!!」

「じゃあさ。誓いの口づけして?」

 

ダメ?子どものように物欲しそうな瞳で手を差し出すルース。

新一はそんな彼に渋々ながら手を取って、そっと口づけした。

神聖な一場面に周りの側近達は顔を背ける。

まるでそれは汚れを身に持った者には限りなく神聖で心に重かった。

 

「シン、俺は知らないからな。」

「分かってるよ、シュウ。」

「ほら、彼が来るよ。変な素振りを見せたら、一発で彼の頭が吹き飛ぶから。」

 

席を立て、新一は不自然にならないようにシュウに寄り添って歩き始める。

前から近づいてくる快斗も綺麗な女性を2人も連れていた。

こんな形での再会なんて、まったくついていない。

おまけに、自分が探し出すと約束したのに、彼にまた見つけて貰いたいと思うなんて。

 

3メートル、2メートル・・・だんだんと距離は縮まる。

心臓の音が強く鳴り響いていた。

秀一は新一の肩に手を回して、そっと彼の様子を盗み見る。

完璧なポーカーフェイスだ。まさに母親の演技力をフル活用している。

 

そして、快斗と新一はすれ違う・・・・・

 

すれ違った瞬間、ルースは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

だが、それもつかの間だった。

 

「新一。」

「え?」

「新一が見つけるって言ったのに、ひでーじゃんっ。」

振り返って微笑む快斗に、新一は唖然とした表情を見せる。

笑顔も声も仕草も昔となんらかわりはなかった。

 

『なに、快斗。』

『だれ?その女?』

『おまえら用ないから帰れよ。』

『何よっ。今日はおごってくれるって言ったくせに。』

『私に飽きちゃったの快斗。そんな女より私を見てよ。』

『そんな女?自意識過剰もいいところだぜ。さっさと失せろ。目障りなんだよ。』

 

手にからみついてくる女達を冷たい視線と言葉で一刀両断にして、店から追い出す。

少し彼が変わったように感じたが、そんな仕草でさえ自分のためだと思うと嬉しかった。

 

「女装なんかしてさ。珍しいじゃん。」

さっきの女達に向けた雰囲気とは180度違う暖かさを持った声。

あまりの変わり方に、秀一は思わず彼を凝視してしまった。

 

「こいつと賭に負けたんだよ。」

FBIの赤井秀一だ。まぁ、自己紹介は必要ないだろうが。」

「うん、知ってるよ。あんたのことは。」

“でも、その手はもうどけてよね。”快斗はニコリと新一の肩に廻った手を指さした。

笑顔の中にとてつもない冷気を感じて、秀一は慌てて手をどける。

ここまで身震いするような気配は本当に久しぶりだった。

 

「立ち話はなんだから、こっちへ来たら。レーネ。」

 

少し悔しそうな顔でルースは三人を手招きする。

 

「何、新ちゃん。何人と浮気してんの!?」

「ば、馬鹿いうんじゃねーよっ。」

「ほら、行くぞ。2人とも。」

 

秀一はやれやれと言った表情で2人を見た。

どう考えても当てられてるとしか思えない。

本当に数年振りに会うのかと、聞きたくなったくらいの仲の良さだ。

ルースもそんな思いは同じらしく、テーブルに頬杖をついて深くため息をついていた。

 

「懐かしの再会を味わいたいかも知れないけど、今日は黒羽さんに話があるんだ。」

 

ルースはそう言って4人分のコーヒーを、近くにいるウェイターに注文する。

その行動は安易に話が長くなると言うことを示しているような気もした。

 

「あんた、確か。ルース・エスポアールか?」

「そうだよ。以後お見知り置きを、KID。」

 

本名を呼ばれたと同時に、途端に顔つきを変えたルース。

そして快斗もまた、新一が見たこともない無機質な表情になっていた。

2人とも新一にはいつも余すとこなく無邪気な表情を向けているため、

新一にとってそんな彼らの顔はどこか不自然に写る。

2人をよく知っているはずなのに、まるで他人を見ているようだとも思えた。

 

「で、話って?」

「オレ達の組織の部下に喧嘩をふっかけたでしょ?」

「ふっかけたんじゃねーよ。ふっかけられたんだ。」

 

心外だと言わんばかりに、快斗は呆れた表情でそう言い返す。

ルースはそれに“ふ〜ん”と曖昧な反応を示した。

 

「とにかく、今回はレーネに免じて大目に見るけど。

 今後はオレ達と関わらないんでくれる?レーネの悲しむ顔は嫌いだからね。」

「分かったよ。そっちがちょっかい出さないなら俺は毛頭、

 そんなでかい組織とは関わりを持ちたくないしな。」

 

『交渉成立だね。おい、おまえら。今のことを幹部に伝えておけ。いいな。』

 

ルースは流ちょうなフランス語で周りに着いていた男達にすぐに通達するよう支持した。

その言葉に男達は、嫌な顔一つせず、携帯電話をとりだし外へと向かう。

まったくよく躾られた部下だ。

 

「秀一。お前は良いのか?」

新一は思いだしたように秀一を見た。

彼らが黒羽快斗に会いたがっていたのは知っていたから。

快斗も“何?”と言った感じで秀一に視線を向ける。

向けられた2人の蒼い瞳と群青の瞳が

秀一にとっては傍にあるべき宝石だとその時改めて実感させられた。

 

こんなにも穏やかな瞳で居られるのは共に在るときだけなのだと。

 

「何のようもねーよ。」

 

秀一は苦笑して軽く首を振る。

それに新一は首をひねっていたが、秀一は真実を告げるつもりは毛頭なかった。

 

「じゃあ、そろそろ俺は帰ろうかな。

新しい女も待たせてるし。ルース、お前も来い。」

「え〜〜。せっかくレーネに会えたのにっ。」

「行くぞ。」

「ちぇっ。」

 

ルースは秀一にせかされて渋々と言った感じで立ち上がる。

だが、快斗にもう一つ話しがあったと、新一を残して快斗を連れて行った。

 

「何だよ。」

「1つ言いたかったんだよ。」

彼が必死に捜す人物に会ったら言おうと決めていたこと。

だって、彼にあれだけ思われているのはひどく悔しいから。

 

Je veux vous tuer de l'envie trop.Je vole votre trésor sans faute.

 Puisque je suis le même enfant que vous.

 je ne laisse aucune pierre unturned pour obtenir la chose que je veux.

 

勝ち気な笑みと共にフランス語で流麗に言葉を綴る。

秀一は快斗の隣でその言葉に苦笑し、

快斗はそんな彼の言葉に“やれるものならやってみろ”と日本語で答えた。

 

「じゃあ、シンを頼む。俺は本部へ戻ると伝えといてくれ。」

「悔しいけど、レーネは君じゃないとダメみたいだしね。」

「ああ。言われなくても分かってるよ。」

 

3人の会話が聞こえない席で待っている新一はいぶかしげそうにこちらを見ている。

それに、3人は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「何だよ、おまえら。俺だけ蚊帳の外か?」

そんな態度に新一は立ち上がってゆっくりと快斗達のところに向かってくる。

どこか不機嫌そうな表情に3人は顔を合わせて笑った。

 

「お姫様のご機嫌が落ちてるな。」

「やっぱりレーネにはレーネってことばがぴったりだね。」

新一がやって来たと同時に、2人は逃げるように外へと向かう。

そして振り返ることはなかった。

 

「何を話してたんだよ。」

「宝物はきちんと守ってろって、ご忠告を受けたのさ。」

「宝?おまえまだ盗みなんてやってるのか。」

「・・・やっぱ新一って鈍さは変わってないんだね。」

大げさにため息を付いて席へ戻っていく快斗。

新一には快斗が言いたい意味が分からず首を捻りながら彼の後に続いた。

 

「お腹空いちゃったね。好きなの頼んで良いよ。」

「それより、さっきの女、何なんだ。」

「あれ、妬いてる?」

 

快斗が意地悪な笑みでそう尋ねると新一は顔を逸らしてしまった。

それでも、頬が少し紅い。

そんな表情を愛おしげに見つめていると、新一はようやくこちらを向いて口を開いた。

 

「いいから、この3年の話を聞かせろよ。」

「新一も聞かせてくれる?」

「ああ。」

 

空いた空白の時間を埋めよう。そして、また一緒に歩こう。

愛しい君がいれば僕は何だってできるんだから。

 

END

 

 

あとがき

なんか、快新からほど遠い話になりました・・・。

ちなみにフランス語は自動翻訳を使ったので、あっているかは不明。

日本語に訳すと

嫉妬のあまりにあんたを殺したいくらいだよ。でも、まぁ、俺はあんたと同じ

“子ども”だから欲しいものはどんな手段を使っても手に入れるけどね。」です。

なんか、入れるところがなかったのでこちらに・・・。