目の前に立つ女性に快斗は一瞬わが目を疑った。

高い位置でまとめられた紅の髪は炎のようにも見える。

その身を包んだチャイナドレスのような服装は

スラリとしたラインを綺麗に際立たせていた。

 

 

よひのくち

 

 

「何を呆けている。」

「いや、女性だったんだなぁ、と。」

「我々に性別は無い。この姿の方が何かと便利なだけだ。」

 

くだらん、とばかりに吐き捨てると朱雀はスタスタと赤い縦断の敷き詰められた廊下を歩く。

四神ごとにテーマ―カラーでもあるのだろうかと思うほどに、建物は赤系で統一されていた。

快斗は思わず聞きたい衝動に駆られたが、再びあの冷たい視線を向けられると思うと

とても口を開く気にはなれなかった。

 

足音はすべて絨毯とレンガ色の壁に吸い込まれていく。

まるで誰もいないように静かな建物は暖色にも関わらずどこか冷たい。

フォルスの姿もなく、快斗は目の前の背中を追うしかなかった。

 

「ここだ。」

 

突き当りには厳重に鍵のかけられた部屋が見える。

朱雀は鍵を開け、中へと快斗を通した。

 

中に一歩、足を踏み入れるとそこは今までとは全くの違う雰囲気の部屋が現れた。

大聖堂を思わせる広い吹き抜けになった天井からは柔らかな光が差し込んでくる。

部屋の左右にある窓には白いカーテンがかかり、どこかの窓が開いているのか、

爽やかな風が快斗の頬を撫でていった。

 

「この部屋は?」

「いつか創始が来た時にと作っていたのだ。」

 

そう微笑む朱雀は母のような慈愛に満ちており、彼女と始祖の関係が垣間見れるようだ。

きっとこの世界と現世を繋いだ新一の祖先は、この世界に愛されていたのだろう。

 

数メートルの進んでいくと、天蓋のかけられたベッドが一段上がった先に見える。

その奥に愛しい気配を感じて、快斗は自然と足が早まるのを止められなかった。

 

ベッドの中で静かに眠るのは他でもない快斗にとって一番大切な人。

そっと頬に触れると、ほのかな温かみを感じることができた。

 

「新一の体に我の精神を残してある。それで体の機能は問題ないはずだ。」

「俺はこれからどう動けばいい?」

 

目覚めることのない新一の髪をなでながら快斗は低い声で呟く。

 

その声に朱雀はゾワっと背筋が沸き立つのを感じた。

これほど長い間、神をしてきたというのに、一人の青年にここまでの威圧感があるとは。

 

朱雀は口元をゆるめる。

 

「フォルスと合流してから伝える。奴も何かをつかんでいるようだからな。」

「フォルスは?」

 

あの苦痛ともいえる炎の中、彼はどこに行ったのか。

世界の行き来になれているフォルスならば無事だとは確信しているが。

快斗の不安が表情に現れていたのだろう、

朱雀は「心配するな。」とだけ告げて再び部屋の出口への道を進む。

 

 

もっと新一の傍に居たかったけれど

 

「ここなら、きっと大丈夫だよね。必ず助けるから。」

 

快斗はそっと新一にキスを落とすと朱雀を追いかけるのだった。

 

 

 

「なぁ、ここは朱雀しか住んでないのか?」

「いや、だがこの奥の館には、我以外おらぬ。」

 

この館、ということは、他にもいくつか建物があるのだろうか。

あの部屋には窓があったが、この廊下には窓など見えない。

だから、こんなにも冷たいのだろうか、と快斗は思う。

 

建物のつくりもほとんど同じで、

大きな迷路を連想させる造りは何者も信じないような心情さえ感じさせた。

 

朱雀にとって、この世界は本当に居心地が良いのだろうか。

快斗はふと思い浮かんだ考えをすぐに隅へと追いやる。

今は必要のないことだ。

きっとこんなことを考えているのがバレたら五体満足ではいられまい。

 

何よりもプライドが高く気高い炎の鳥の機嫌を損ねてはなりません。

フォルスが村に向かう途中で自分に告げた言葉だ。

 

どれだけ歩いただろうか。

足元の絨毯がいつの間にかなくなり、足音が響くようになっていた。

建物もいつの間にか他の館へと移っていたらしい。

らしい、というのは、快斗自身、気を付けて歩いていたにも関わらず

全くと言っていいほどに気づかなかったからだ。

 

やっぱ、気味が悪いなぁ、

 

快斗がそんなことを考えていた時だった。

向かい側から同じように人の歩く音が聞こえてきた。

 

少し慌てたような、どこか歩きづらそうな、足音。

 

「快斗!」

「よかった、おまえは男だよな。」

「は?何を言ってるんですか。」

 

まったく、あなたは・・・。

呆れて微笑むフォルスに、ふと緊張が緩んだ気がした。

 

 

 

「翼が無いのは不便ですよ。」

暖炉のある間に通されて、テーブルにつくと、フォルスはそうつぶやいた。

長い黒髪を結び、切れ長の金色の目をさらに細めている。

よほど歩くことが面倒なのだろう。

 

「それにしても、まさかあんな移動手段とは。聞いていませんよ、朱雀。」

「ふん、あそこで死んだらそこまでの男ということだ。」

 

睨みつけるフォルスの視線を一笑し、朱雀はカップを口元へ運ぶ。

おそらく、主人の好みに合わせてあるのだろう。

先ほどお手伝いらしき女性がいれたお茶は、かなり熱かった。

 

「移動手段ってあれが普通じゃないのか?」

 

「普通は中央の島に降りるルートです。直接、朱雀の統治する島に向かうとは。

次元を曲げるような行為ですよ。」

 

「ことは急ぐからな。

それに麒麟に許可を取らずに人間をいれたこともばれるわけにはいかない。」

 

「それであっても、先に一言くらい。」

 

「言ったところで何も変わらん。黒羽は五体満足なのだ、よかろう。」

 

ふん、と息をつく朱雀は全く何で怒られるのか分からない様子だった。

 

これ以上話しても無駄と判断したのだろう。

フォルスは軽く咳払いをする。

 

「で、今後の動きは。」

「先に貴様の情報を渡せ。」

 

「そうだ、フォルスが何かつかんでるって、朱雀が。」

 

一斉に視線を向けられ、フォルスはチッと小さく舌打ちした。

出来ることなら、快斗だけに後で伝えようと思っていたのだ。

いまいち、目の前に居る朱雀は信用できない。

 

「我が信用できないという目をしているな。」

「当たり前です。貴方のこれまでの所業を知らないわけではないですし。」

「今は過去のことを言っている暇はないだろう?なぁ、黒羽。」

「フォルス、頼む。」

 

主の命に逆らえるわけもなく。

フォルスはあきらめたように口を開くのだった。

 

「快斗に頼まれ調査をしていましたが、ひとつ気になることがありまして。」

 

「気になること?」

 

「はい。悪霊の中に僅かですが、神気を感じたんです。」

 

神気。それはフォルスや朱雀のような式神界の世界に生きる者が持っている力だ。

新一ももちろん始祖の力を引き継ぎ持ってはいるが。

 

「つまり、この世界の者が関わっている?」

「それは何とも言えませんが。・・・朱雀、あなたはどう思うんです?」

 

先ほどから黙って話を聞いている朱雀に水を向けると、

朱雀はゆっくりと立ち上がり快斗の傍に立つ。

 

そして、その日に焼けたような色黒の手を快斗へと差し出した。

 

「地図を出せ、黒羽。今から玄武の元へ向かう。」

 

何か意を決したような表情の朱雀に

快斗はほぼ無意識的に渡された地図へと手を伸ばしていた。

 

午刻の章終了