村に着いたのはまだ夜も明けきらぬ常闇のころ。 しかし、村の入り口には既に見知った顔がそろっていた。 何かしら感じたものがあったのだろうか。 快斗はその村の長であり、新一の父である男に膝をつき首を垂れる。 その挨拶に優作は苦笑を浮かべたのだった。 よひのくち 「その様子だと新一に何かあったんだね。」 「なっ!?工藤家の護神でありながら、新一様を守りきれなかったのか!!!」 「コゴロウ。夜なんだから静かにしなさい。」 「すみません。しかし新一様でないとすると、隣に居るのは・・・。」 優作を守るように一歩前に立つと、コゴロウは快斗の隣に立つ新一の姿をした朱雀を じっと見つめる。それに朱雀はニヤリと口元を緩めた。 「すでに式神を持たぬお前に何ができる?」 「新一様では、ないな。」 ますます警戒心を高めるコゴロウは、今にも朱雀にとびかからんばかりだ。 たとえるなら牙を向く番犬のように。 耳を澄ませば、夜の静寂の中に混じって、唸り声さえ聞こえてきそうだった。 「朱雀、あまりコゴロウをからかわないでくれ。有希子に黙って来ているんだ。 彼女たちが目を覚ましたらややこしいからね。」 「さすがは創始の名をつかさどる者。気配で我が分かるのだな。」 「これでも、工藤家の端くれだからね。さて、それでは行こうか。 もちろん、入り口までしか私たちは行けないんだろう?」 「優作さんには敵いませんよ。」 くるりと踵を返した優作に快斗はようやく頭を上げると、ため息をつく。 ここに来る際は一発殴られる覚悟をしてきたというのに、 優作はすべてを見通したように何も言わず道だけを示そうとしてくれている。 その懐の広さに、父の偉大さを感じて、快斗は目頭が熱くなるのを感じた。 朱雀はそんな快斗に冷笑を浮かべると、すたすたと優作の後をついていく。 コゴロウは優作に近寄る朱雀の姿を見て、 慌ててその間に割って入ろうと歩みを進めたのだった。 暗い森の中、足元さえ見えにくいにも関わらず優作は迷いなく歩みを進める。 夜目は効く快斗でさえ、慎重に一歩を踏み出すほどの闇であるのに。 彼はきっと幾度となくこの道を進んでいたのだろう。 でなければ、これほどの闇の中迷わずに歩いてはいけない。 傍に控えるコゴロウもまた、確実に地面を踏みしめており手慣れたように見える。 それは、彼らが過ごしてきたときの長さを感じさせた。 快斗と新一とはまた、関係性は違うと言えど、彼らも護る者と護られる者なのだ。 そうやって、お互いに伴侶を得た今でも、目に見えない絆が二人にはあるのだと 快斗はぼんやりと思った。 「快斗君、これを持って行きなさい。」 そんなことを考えているといつの間にか見慣れた湖の前へと出ていた。 優作は快斗の前に立つと、着物の袖口から名刺サイズの透明な石を取り出す。 それに、朱雀が興味深そうに目を細めた。 「まさか、ここにあったとは。」 「これ・・・。」 快斗が受け取った石を見ると、そこには細かい細工のようなものが示してあった。 中央に大きな島があり、その周囲を囲むように4つの島が並んでいる。 かなり簡易なものではあり、地図のようにも見えなくはないが・・・。 「それは、式神の世界の地図だな。行方知らずと聞いていたが。」 「かつて式神界とこの人間界を繋いだ創始が、麒麟から貰ったと言われている。 そして代々、工藤家に伝わる秘法の一つでもある。」 快斗は優作に渡された透明な石をマジマジと見つめた。 どういう仕組みかは分からないが、まるで中に水が入っているかのように、 5つの島は石の中でゆらゆらと揺れていた。 「さて、それではそろそろ向かうか。」 遠くの方で一番鳥が鳴き始めている。 そろそろ、夜が明けようとしているのだ。 朱雀の言葉に優作がそっと快斗の肩に手を置いた。 「必ず新一を連れて帰ってくるんだよ。もちろん君も、五体満足、元気な姿でね。」 「新一様を頼んだぞ。黒羽快斗。」 「はい。行ってきます。」 水に先に入っていく朱雀の背中を快斗は負う。 夜の湖さえ快斗には何の恐怖も与えなかった。 ただ、新一が見えない時間の方が怖いから。 「快斗、まずは我の島に行くぞ。しっかりとついてまいれ。」 「ああ!!」 湖が光、入り口が開く。 周囲で聞こえていた鳥の鳴き声がスッと一瞬のうちに消えた。 そして、次の瞬間、燃えるような赤が全身を包んだ。 それは炎のように熱く、体の芯をジリジリと焦がしていく心地で。 「なっ、何なんだよ・・・これ。」 「意思を持て、快斗!!」 新一の声で朱雀が告げる。 呑み込まれるなと。 「新一!!!!」 苦しみの中で、叫んだのは愛しい人の名だった。 「快斗?」 出されたスープを口に含もうとした瞬間、新一はふと手を止める。 それに、円卓を取り囲んでいた清龍とアヌビスは不思議そうに彼の方へ視線を移した。 「どうされましたか?」 「いや、何でもない。」 快斗に呼ばれた気がしたが、ここは式神の世界。 快斗の声が聞こえるはずがないのだ。 「っと、話がそれたな。わりぃ。」 「いえ。それで、どこまで話しましたっけ。」 「綻びが新一を乗っ取ろうとして、おまえがこの世界に連れてきた。 それで、その綻びの親玉はどこいったんだって俺が聞いたんだよ。」 大きな肉にかぶりつきながら話すアヌビスに器用な奴だなぁと新一は思う。 清龍は眉をひそめているから、大方、下品な態度だと内心悪態をついているのだろう。 「それがですね・・・おそらくついてきちゃったのかなぁ・・と。」 「「は!?」」 「咄嗟だったので。まぁ、これで人間界は安心じゃないですか。」 ははっと笑いながら頬を掻く清龍に、アヌビスは今にもとびかからんばかりに 上半身をテーブルへと乗り出した。 それと共にバンっとテーブルを強く叩いたため、食器がカタカタと小刻みに揺れる。 「ふざけんな。じゃあ、そいつは神気に満ちたこの世界で力をつけるじゃねぇか。 それだけじゃねぇ。新一だって、今は体を持たないんだ。すぐに食われちまう!!」 「落ち着けって、アヌビス。俺としては人間界が守られるのは好都合だ。 それに、すぐには食われるつもりはねぇよ。そのために、おまえがいるんだろ?」 「私も居ますけどね。それに、綻びは人間界では実態を持たずに隠れられますが、 これだけ神気の強い世界です。きっと姿を隠すことは不可能。 つまり彼に実態ができる。見つけやすくなっていいじゃないですか。」 ニコニコと笑う清龍に苦悶の色は見当たらない。 むしろどこか余裕も感じさせるその様相に、アヌビスはフンっと悪態をつくと どかりと椅子に座りなおし、マジマジと彼の顔を眺めた。 「都合よくいいやがって。それで、そんだけ力説すんなら、何か考えがあるんだろうな?清龍。」 「まずは、白帝・・・白虎のところに協力を仰ぎにいきましょうか。」 「つまり、四神に力を借りると?」 「さすがは新一。察しが良い。けれど、四神だけではありません。 綻びの強さは尋常じゃない。ここは麒麟にも力を借りなければなりませんね。」 「秘策って、人任せじゃねぇか。」 「人でなく神ですよ。」 馬鹿ですねぇ、と笑う清龍に、聡明そうに見えて実は頭空っぽなんじゃないか・・・。 と失礼なことをアヌビスは内心で思ったのだった。 |