朝の苦手な由梨は寝ぼけ眼でのろのろと階段をくだり、食卓へと入ってきたが、 朝食を作る新一の姿はひとたびその視界にとめると、 覚醒したようにそのまどろんだ瞳を大きく見開いた。 ◇棘の道・4◇ 「お母さん!!」 「おはよう。」 駆け寄る由梨に新一はニコリと何事もないように笑いかける。 それに、一瞬、言葉を失う由梨だがその足に巻かれた包帯に再び口を開く。 「足、大丈夫なの。」 「ああ、もうすっかり。包帯なんて大げさなんだよ。 ほら、時間ないだろ。早く制服に着替えてこい。」 大丈夫?なんて問いかけをするんではなかった。 ポンッと背中を押されて部屋へ戻るように促されながら、由梨は軽くため息を付く。 大丈夫?と聞けば、本当に自分の体に無頓着な新一は『大丈夫』としか答えないから。 だが、例え他の言葉を選び取っていたとしても新一は朝食当番という責任を果たすために 適当にあしらって、結局はこうなっていただろうということも安易に予想できる。 ようするに、まだまだ言葉では敵わないのだ。 由梨は食卓を出ると、後ろ手で扉を閉めてその扉に背中を預けた。 そして、少し黒ずんできた天井を見上げて再びため息を付く。 「由梨。どうかしたのか?」 由梨は黙ったまま、視線だけで食卓を示した。 それだけで、由梨の心意は悠斗には通じたようで、彼女と同じように彼もため息を付く。 「あのケガ、どこで負ったのかも教えてくれないし。」 「そのうち分かるだろ。」 悠斗は制服のネクタイを締め直し、階段に置いてある鞄を手に取る。 「今日は、はやいのね。」 「ちょっと、気になることがあるから図書館によって行く。 弁当は買うって母さんに伝えといてくれよ。」 「そういうことは前日に言っておけって、又怒られるわよ。」 扉に体重を預けたまま、由梨は瞳を閉じて呟くように靴を履いている悠斗に向けて言葉を綴る。 「しょうがねーだろ。じゃ、いってきます。」 バタン 扉が完全に閉まった音がすると同時に、由梨は目を開ける。 「何を考えているの?」 久しぶりに、悠斗の探偵の顔を見た気がした。 そして、それはひごろの探偵をしているときとは又違う顔。 どこがと聞かれれば返答に困るが、少なくとも由梨はその表情が嫌いだ。 孤独の探偵 その表情に名前があるのならそんなことばがピッタリであろう。 ひどく寂しく、それでも謎を追究しなくてはいけない。 まるで、義務感のためだけに捜査をしているような・・・。 いつもの、悠斗は少なくとも謎を解くことに喜びを感じている。 もちろん、殺人事件の時などは話は別だが、本質的に謎解きは彼の一部だ。 それを、義務化してしまうとき、彼は探偵に疑問を持つ。 その感情にはきっと悠斗自身でさえ気づいていないのだろうけど。 片割れの自分には感じすぎるほどの哀しい感情。 それから逃れるために、先程は瞳を閉じて悠斗が家を出るのを待った。 まだ、彼にその感情を伝えるほど、 そして自分自身、彼のその感情を受け取るほどの器をもっていない。 「由梨、着替え終わったのか?」 「やばっ。」 由梨はそこで思考を止める。 壁時計は7時半を回っていた。 +++++++++++++ 「この事件か・・・。」 悠斗は市立図書館に置いてある過去の新聞の中から5年前の記事に目を留めて呟いた。 数日前に啓介が言ったあの一言がどうしても頭から離れなかったのが そもそも、これを調べはじめたきっかけだ。 悠斗はその必要な部分だけをコピーして乱雑に鞄の中へと押し込む。 頭の中では、嫌な予感が渦を巻いていた。 最近は夜もその予感のために充分な睡眠がとれていない。 悠斗はそう思いながら、腕時計で時間を確認する。 7時40分 ここからなら学校まで歩いて10分もかからない。 8時半までに教室に入ればいいのだから30分ほど余裕があるだろう。 朝日がほどなく射し込める窓側の席へと移動して、鞄を枕代わりに悠斗は仮眠を取ることに決める。 携帯の目覚ましを8時10分にセットして睡魔に逆らうことなくその重い瞼を閉じた。 「悠斗君。悠斗君。起きて。」 「ん?」 体を揺さぶられている感覚に悠斗はゆっくりと頭を上げた。 「あれ。えっと、歩美さん?」 「こんな時間に、学校は?」 肩までの茶色い髪を耳にかけながら、歩美は悠斗に自分の時計の時間を見せた。 10時20分 完璧に遅刻 「なんだ?遅刻か〜?朝飯食い過ぎて眠くなったんだろ。」 「元太君、君じゃないんですから。」 歩美の後ろには今にもはち切れそうなシャツをきている元太と眼鏡をかけた光彦。 新一や哀を通して、幼い頃はよく遊んで貰っていたメンバーだ。 「車で来ているから、学校まで送ろっか?」 歩美は心配そうにそう声をかけるが、悠斗は軽く首を振って断る。 ここから歩いて数分の距離だし、それに別に遅刻するのには変わりない。 なにより、2人乗りの車に彼女と乗ったならばあの2人が黙っていないだろう。 「悠斗はまだ学生なんだし、元気に歩いていけるぜ。なぁ、光彦。」 「ええ、そうですよ。車なんて必要ありません。」 「そっかなぁ。」 「ありがとう、歩美さん。じゃあ、失礼します。」 悠斗は頭を軽く下げて、図書館を後にする。 背中に、元太や光彦のホッとした気配を感じながら。 +++++++++++++ 閉じてしまっている正門の柵を軽く見上げて、悠斗は手始めに鞄を投げ入れた。 だが、今日はついていない日らしい。 鞄は地面に落ちると同時に中身が飛び出てコピーした新聞記事が風に舞う。 「やばっ。」 記事はヒラヒラと風に乗って、校庭を歩く女性教師の肩に落ちた。 女性はそれに気が付いたらしく記事を見つめる。 「すみません、それ俺のです。」 悠斗は柵を身軽に飛び越えると見慣れない女性教師に 2年か3年の担当だろうと思いながら彼女を呼び止めた。 女性はゆっくりと振り返る。 長い髪が遠心力に逆らうことなく綺麗な弧を描き、そして視線が合う。 その瞬間・・・2人の時間は止まった。 「母さん?」 ある程度、日頃とは違う変装をしてはいるものの、 悠斗には一目で彼女が新一であることが分かった。 おそらく、家族や哀達以外なら分からないであろうが。 「お前、何で遅刻してるんだよ。弁当も持っていかずに。」 変装してここにいることはばれたとしても、まだ言い訳の通る段階だ。 まさか、潜入捜査だとは思うまい。 新一はそう頭の中で結論をはじき出して、不自然のない話の展開にもっていく。 「それより、母さんはなんでここにいるんだよ。」 悠斗の問いかけに、適当な理由を模索していたとき 「工藤先生〜。」 最悪のタイミングで教頭がその名を呼んだ。 あとがき 発覚が・・発覚がありきたりだーー!! もうちょっと、おもしろくしようと思ったのに・・・。 |
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