悠斗達にばれることもなく、校内には平和な日々が続いた。

新一はなるべく、藤本に会わないよう神経をとがらせているためか、

あの日以来の接触はない。

だが、あの日以来情報が余りつかめていないのもまた事実だった。

ねらいを絞った3人の若い女性教諭は何度藤本のことを尋ねても口を割らない。

ついに、業を煮やした新一は少々危険が伴うものの藤本に接触して

彼女たちがどのようなことをされているのか身をもって実証することに決めたのだ。

 

 

◇棘の道・3◇

 

 

いつもよりも露出度の高い服を着て、生物担当者専用の部屋のドアを叩く。

新一の思わぬ来訪に藤本は手を広げて喜び、部屋の中へと招いた。

 

「いや、初めて会ってからお会いできなかったので、残念に思っていたんです。」

「お互いに忙しいですからね。」

 

内心、俺がどれだけ会わないために苦労したと思うんだ、と悪態を付きながらも、

それをいっさい感じさせない笑顔で新一は述べた。

それに、藤本は“そうですね〜”とほのぼのと返事を返す。

 

 

ガサッ

藤本に席を勧められて彼の隣に座った瞬間だった、

ホルマリン漬けの陳列してある棚の奥で物音がしたのは。

 

 

「あれ、だれかいらっしゃるんですか?」

「まさか。きっと物が崩れただけですよ。」

途端に慌てた表情となる藤本を新一は見逃さない。

止める彼の手を振りきって、新一はホルマリン漬けの棚の奥へと進んだ。

 

 

「あなた・・・確か。」

「違います。これは、その・・・。」

 

衣服の乱れた、若い女性教諭の一人がそこに身を縮めるようにして隠れていた。

女性は顔を真っ赤にして、必死で誤魔化そうとするが

その姿では何を言っても言い訳にしかならない。

 

新一はふと、彼女の薬指に光る物を見つけて絶句する。

彼女は既婚者であるにも関わらず・・この男と・・・・

新一には彼女の心情が全く理解できなかった。

 

 

 

 

女性教諭に意識が向いていた時を見計らって、藤本は新一をその場に押し倒した。

 

「ツッ。」

「既成事実さえ作ればあとはどうにでもなるんですよ。工藤先生。」

 

ゆっくりと視線をあげれば、あの眼鏡の貧弱そうな男はそこにはいなく、

獣のように飢えた目をした藤本が己の上に馬乗りになっていた。

後ろでは、先程の女性教諭がバタバタと身支度をする音が聞こえる。

だが、手が震えているせいかそれもままならないようだった。

 

「こうやって、彼女たちを脅していたんですね。」

 

藤本の首にぶら下がるのは薄型のデジタルカメラ。

先程は服の中に隠れていたために気づかなかったが、察するに日頃から持ち歩いているのだろう。 

 

そう、彼女たちが口を割らなかった理由はここにあったのだ。

だが、新一は予想の範囲だったために驚くことはなかった。

 

「随分と冷静ですね。立場がお解りで?」

「なにぶん、慣れてますから。」

「ほう?押し倒されることにですか。」

 

藤本の興奮した顔が近づいてくるのを阻止しようと新一は足を動かそうとする。

だが、先程押し倒された瞬間に足をくじいたのかうまく力がはいらない。

 

 

 

ヤバイ

 

 

 

新一に一瞬焦りの色が見えて、藤本はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「つっ、快斗!!」

 

気が付けば、必死で快斗の名前を呼んでいた。

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

やってくる不快な感触は、いつまでもやってこない。

新一はそれを不審に思いながらおそるおそる目を開けた。

 

「わりぃ、新一。ちょっと遅くなった。」

「快斗・・おまえなんでここに。それにその格好。」

 

帝丹高校のブレーザーを着こなした高校生姿の快斗がそこにはいた。

藤本は新一の隣で床と仲良くお友達になっている。

 

 

「大丈夫?」

「ああ、助かった。」

 

新一を抱き起こして、快斗は彼をギュッと抱きしめた。

襲われている新一を見たとき、頭の中が真っ白になって

新一が自分の名を呼んだとき、怒りが爆発した。

 

今日は手加減なんてしていない、

藤本という教師はおそらくしばらくは目を覚まさないだろう。

 

その時ふと、腕の中でカタカタと新一が震えていることに快斗は気づく。

 

「今頃、震えるなんて・・・だっせー。」

「大丈夫だよ、新一。俺がいるから。」

 

快斗はゆっくりと新一の背中を撫でて、こめかみにキスを落とした。

その大切な物を扱うような優しい動きに新一は次第に落ち着きを取り戻していく。

 

 

「あ、あの・・・。」

 

新一が快斗の胸から顔を上げ、夫婦の営みを開始しようとしたとき、

忘れ去られた女性教諭は慌てたように彼らを現実へ呼び戻す。

 

このまま、ここではじめられてはたまったものじゃない。

 

 

「あっ、忘れてた。」

「おい、快斗。失礼だろ!!」

「その、生徒さんは工藤先生とはどういうご関係で・・・。」

 

女性はひらいたブラウスのボタンを閉じながら快斗を見る。

高校生には見えるが、2年では見かけない顔だ。

ひょっとして、3年だろうか。

 

女性教諭の問いかけに快斗は笑った。

 

「教師と生徒の禁断の恋。ククッ、それって案外いいかも。ねぇ、しんい・・・」

 

 

ガツン

 

 

「恥ずかしいこといってんじゃねー。このバカイト。」

「よりによってその生き物のホルマリンの容器で殴らなくてもいいじゃんか!!」

 

新一の手の中にあるのは、古代魚のホルマリン漬け。

快斗はそれに抗議するが、新一はそれに取り合うことなく、女性教諭に歩み寄る。

 

 

「こいつはここの生徒じゃありません。とにかく忘れてください。

 私も、あなたのことを 誰かに話す気はありませんから。」

 

「あの、こんな事言える立場じゃないと分かっているんですが

 藤本先生のことを訴えるのも誰かに事実を話すのもやめてください。

 でないと、今日のことをすべてばらします。」

 

新一は女性の強気な態度に呆気にとられる。

いったい、彼女が彼を庇う要因とは何だ?

女性教諭は唖然とする新一の隣を通り過ぎて、慌ただしく外へと出ていった。

 

 

 

 

「理解できねーな。」

「既婚者なのにね。」

 

快斗は、相づちを打ちながら新一の痛めた足の様子を見て、少し顔をゆがめる。

 

「少し動かない方が良いかも。」

「ああ、今日は帰る。でも、こいつどうする?

 とりあえず、しばらくはこの事実を赤裸々にするのもやばいし。」

「それは、俺に任せて。簡単な暗示をかけるから。」

 

快斗は新一の腫れ上がった足首にキスを落として

ニヤリとイタズラをたくらんだ子どものような笑顔になる。

新一はその顔を見て、軽くため息をもらすと“好きにしろ”と返事を返した。

 

「とりあえずは、新一を車に運ばなくちゃね。こいつも暫くは起きないだろうし。」

「運ぶって、おい!!」

「大丈夫、今は授業中だし、人に会わないルートで行くから。」

 

快斗は学生の変装を解いて新一を横向きに抱きかかえる。

そして、女性教諭が先程、縮こまっていた場所の奥にある窓を開けた。

 

「一応、言っとくけどここは3階だぞ。」

「余裕の供用範囲だね。」

 

新一に僅かな振動を与えることなく、飛び降りた快斗にはもう何も言葉は出てこなかった。

それから、新一を愛車の助手席へと運ぶと、快斗は後始末をしに校内へと戻る。

今度は、“工藤先生”に変装して。

 

15分ほどで戻ってきた快斗と家へと戻り、

その足の怪我で志保にお小言を貰ったのは言うまでもないだろう。

 

あとがき

これは悠斗の話じゃないのか!?

そう思われた方、はいおっしゃるとおりです。

悠斗・・出てきてないじゃん。まぁ、快新は基本ベースですし、たまには・・。

 

 

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