帝丹高校で殺人事件

朝刊の一面は夜間に起こった殺人事件の内容で埋め尽くされていた。

 

◇棘の道・7◇

 

 

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今朝午前3時に帝丹高校で男性教師の遺体が発見された。

被害者は同校の生物教師、藤本晃(33)

死因は拳銃によって頭部を打ち抜かれたためと警視庁は見ている。

死亡推定時刻は昨晩の午後11時頃。

なお・・・

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悠斗はそこまで目を通して、新聞をたたんだ。

 

昨晩、新一が家を出ていったのは事件の要請だと分かっていた。

その現場さえも・・・。

 

「悠斗、どこ行くの。今日は自宅待機・・。悠斗?」

由梨は悠斗の表情を見て言葉をつぐむ。

ひどく疲れた顔。

まるで、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「事件のことで何か知ってるの?」

「確かめなきゃいけない。あいつが犯人なわけないんだ。」

「ちょっと、悠斗。確かめるって・・。」

 

バタン

 

強く閉められたドアの音にかき消されて由梨の声は悠斗には届かなかった。

 

 

 

 

 

悠斗は大通りまで歩くと、手近なタクシーを止めた。

そこに乗り込んでとある場所を指定する。

運転手は“何故こんなところに高校生が?”といぶかしげな表情となったが、

悠斗はその表情に気を止めることなく、シートに深く体を沈めて足を組むと目を瞑った。

 

 

数日前に学校で電話をしたさいに出たのは彼の母親だった。

『あら、悠斗君?珍しいわね。』

「こんにちは。あの、啓介君は・・・。」

『え?悠斗君、知らなかったの?啓介ね、中学1年の3学期ごろ、出てっちゃったの。』

 

しばらく沈黙が流れた。悠斗は次の言葉を必死に探す。

それでも、気が動転して言葉は声にならない。

中学1年から一人暮らし?あの啓介が?

 

「出ていった?でも、中学からって。」

 

ようやく繋いだ言葉はありきたりな返答だった。

 

『私の姉がマンションの管理をしててそこで一人暮らし。父親が脳天気だから

あっさりOKだしちゃって。啓介、ひょっとして又学校さぼったの?』

「いえ、じゃあそこの住所教えてくれますか。」

『・・・悠斗君ならいいわよ。住所は・・・。』

啓介の母親は少し考えてから、住所を述べる。

やはり、友人と言っても簡単に一人暮らしをしている息子の住所を教えるのは気が引けるらしい。

まぁ、母親としてはもっとも普通の対応だが。

 

聞き出した住所へ悠斗は午後の授業をサボって出かけた。

幸いにも、探偵の依頼などで早退することがしばしばあった悠斗なので

急な悠斗の早退に学校側が怪しむこともなかった。

 

 

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電車を乗り継いで、30分、教えられた駅につく。

この時間帯にはさすがに学生の姿は見えなく、

駅構内には営業帰りのサラリーマンがちらほらいるだけだ。

 

 

駅を出ると、そこには似たり寄ったりのコンクリートジャングルが広がっていた。

かつて、何かの文献で読んだことがある。

この時代は目的地と出発点がそっくりで、同じ場所を繰り返し回っているような錯覚に陥りやすいと。

 

それを反映するかのように、この街もまた建物の形や大きさ、色などは違うものの、

コンクリートに敷き詰められた空間としては、

悠斗達の暮らす街と全く同じような造りだった。

駅から出れば一面田んぼならこんな錯覚には陥らないのだろうか。

 

悠斗はそんなどうでもいいような事を思案しながら道を進む。

長い階段をくだって、その先にあるマンションを見上げた。

オートロック式のレンガ色のマンションだ。

入り口の両脇には小さな植え込みがある。

最近、流行のバリアフリーの造りになっていて、階段の隣にはスロープがあった。

 

とりあえず、悠斗は管理人室に向かう。

ガラス越しに中を見れば、中年の女性が新聞をめくっていた。

「こんにちは。」

「あら、見かけない子ね。」

ガラスを軽く叩くと、女性は気のよさそうな笑顔と共にガラスを開ける。

その笑顔は少しだけ、啓介に通じるような気がした。

 

「啓介君・・いますか?」

「ひょっとして悠斗君。」

「はい。」

「さっき、妹・・啓介のお母さんから電話が入ったのよ。悠斗君っていう啓介のお友達が

来るかも知れないって。多分、部屋にいると思うけど。風邪をこじらせたみたいだから。」

 

随分と放任的な言い方だった。

自由にさせていると言うよりはあまり気にかけてないと言ったふうな。

悠斗は軽く会釈をして、彼女との話を終わる。

そして、自動ドアの傍にある九つの数字の中から“304”を選んで押した。

 

ピンポーン

 

短いキャッチホンが鳴るが、啓介が出る気配がない。

 

 

「啓介、寝ているのかもね。これ、カギだから行ってらっしゃい。」

 

管理人の女性がカギを投げ渡す。

こんなに簡単にカギなんて物をあげていいのかと悠斗はカギを受け取りながら目を細めた。

 

女性はそんな悠斗の表情の変化に気づくことなく再び新聞を読み始める。

 

 

「なんで、こんなところにいるんだよ。」

優等生と言われても、実のところは構って貰うのが好きな性格だったきがする。

そんな、啓介が孤独を選び取った理由は?

 

 

 

「従姉妹の自殺した教師か・・・。」

悠斗はそのカギを数字の羅列の隣にある穴に差し込んで回す。

自動ドアが開かれて、ようやくエレベーターの前までたどり着いた。

 

 

304大島啓介

壁に設置されている部屋の番号と家主の名。

それを確認して、悠斗はとりあえず数度インターフォンを鳴らす。

だが、予想通り、誰かが出てくる気配など無かった。

 

「入るぞ。」

 

悠斗は再びさきほどのカギを使って、中へと入った。

玄関には一足も靴はない。

部屋の中は真っ暗でカーテンは閉ざされたままだ。

 

「誰もいないのか。」

人の気配はそこに無い。あるのは闇だけ。

悠斗は足を速めながら、迷うことなく彼の寝室の扉を開ける。

 

クローゼット、タンス、机。

 

至る所の物は、全て持ち去られていた。

 

 

「どこに行ったんだよ。」

 

悠斗はそう呟いて、ふと、ベットの枕の上に時刻表が転がっているのを見つける。

パラパラとページを開けば、黄色の蛍光マーカーで印が付けてあるページがあった。

 

「特急・・・静岡行き?」

 

 

 

『悠斗、俺の家、別荘があるんだぜ。こんどつれてってやるよ。』

『ホントか?どこにあるんだよ。』

『静岡。』

 

思い出すのは小学校でのそんな会話。

その年の夏休みに友人数名と啓介と一緒に、その別荘に泊まったのはよく覚えている。

花火をして、肝試しをして、わくわくした夜も。

 

 

時計で時間を確認して、悠斗は今から向かうのは不可能だと悟った。

行くならば、準備を整えて数日後が妥当だ。

 

「これだけの荷物をもって行ったのなら、そうすぐに戻ってくるとは思えないしな。」

 

悠斗は啓介の部屋を有る程度片づけると、足早にその空間から外に出るのだった。

 

あとがき

あと、2,3話で終了です。

次回は快斗パパが活躍するかな?

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