事件が起こったのはそれから3日後のことだった。

 

 

◇棘の道・6◇

 

 

夜中にけたたましく電話が鳴る。

 

「はい、黒羽ですが。」

『あ、あの・・由希さんはいらっしゃいますか!!』

「母ですね、少々お待ち下さい。」

 

電話に出た由佳は相手の慌てように何事かと目を細めながらも、

冷静に相手を落ち着かせる音域で返事を返した。

はっきりいって、今の時間に両親の部屋に行くのは嫌であったが、

そうも言っていられないようだ。

 

なぜなら、電話の越しに聞こえたのは・・・鳴り響くパトカーのサイレンだったから。

 

 

新一は由佳に呼ばれて慌ててベットを飛び出した。

だが、すぐに自分が裸なのに気づいて暗闇の中なにか着る物を捜す。

「新一。これ」

「わりぃ。」

快斗は自分の大きめのシャツをとりあえず彼に投げ渡した。

それを羽織ると音を立てないように下へと降りる。

 

部屋を出る瞬間、視界に飛び込んだ時計の針が指していた時刻は午前3時だった。

 

 

「・・まったく。よかった部屋に入らなくて。」

由佳はダイニングに入ってきた新一の姿呆れながら、

空いている手で顔を覆い隠す仕草をして電話を渡す。

 

新一は由佳の言葉に一瞬、顔を染めるもののとりあえず電話に出る。

 

「はい、由希ですが。」

『く、工藤先生・・大変なんです。』

「落ち着いてください、教頭先生。何があったんですか?」

 

“何があったんですか?”

そう尋ねながらも新一はその返答をほぼ予測していた。

できればその予想が当たっていないようにと思いながら電話に耳を傾ける。

だが、予測という物はなぜかしらはずれて欲しいときには良く当たるもので、

(いや、むしろ、はずれて欲しいと予測するものほど確実な予測なのかも知れないが)

 

『藤本先生が殺されました。』

 

教頭の震える返事を聞きながら

新たな事件の幕開けに新一は深くため息を付くことしかできなかった。

 

 

+++++++++++++++

 

電話を置くと、目の前に若草色のシャツとベージュのパンツが差し出された。

「はい、洋服。」

「サンキュ。」

 

「お母さんのさっきの姿は、殺人的だし。」

「何か言ったか?」

「独り言〜。」

ダブダブの大きめのシャツから、綺麗な足が2本スッと伸びている姿は、

思い出すだけでゾクッと体中に電気が流れるような衝撃を感じる。

見慣れている自分でさえこうなのだから、知りも知らない男がそれを見たら、

おそらく、どんなに強固な理性の持ち主でもそれをおさえるのは不可能だ。

 

そのことに、全く無自覚なのが新一の手に負えないところだと由佳は思う。

 

お父さんもそんなお母さんに苦労したんだろうな。

 

目の前で胸元のボタンを留めている新一を眺めながら由佳は人知れず苦笑を漏らした。

 

新一が服を着終えたのを確認すると、必要な物が入ったバックを渡す。

中に入っているのは、ビニール製の小袋が数枚、手袋、

そして財布に携帯電話、小さな手帳と鉛筆。

 

「ありがと、早く寝ろよ。」

「気を付けてね。」

由佳は新一を送り出して、ふと、いつもそこにあるはずの靴が不足していることに気づく。

一足は快斗のスニーカー。

おそらく、新一を現場まで送るためにいつのまにか外に出たのだろう。

耳を澄ませば、快斗の愛車独特のエンジン音が耳に届く。

 

 

 

そして、もう一足は・・・。

 

「悠斗、まさか現場に?」

 

由佳はそこまで考えて、ふと、この数週間の新一の様子を思い起こす。

毎日、ある程度正式なスーツに身を包んでいた。

探偵業ならそこまでする必要はないし、どちらかというと新一はラフな格好が多い。

ということは、なにか長期的な調査を行っていた可能性がある。

それも、スーツということは公務員的な職業への潜入捜査。

 

そして・・・極めつけは先程の電話。

 

「教頭先生?・・・てことは学校。でも、じゃあ、悠斗がなんで?」

 

今まで、こんな夜遅くに事件に付いていくことはなかったはずだ。

もちろん、何度か新一に頼み込んでいた気がするけどそのたびに断られ、

いつしか、頼むこともなくなっていた。

新一の断る理由は確かに正論で、悠斗も納得していたんだと思う。

そして、特に最近は、新一のテリトリーと自分のテリトリーの区切りを

しっかりと理解しはじめていたのは確かだ。

 

「じゃあ、場所は帝丹高校ってことか。」

 

それ以外、新一の担当の事件に悠斗が首を突っ込むとは考えられない。

探偵業とはやはり経験がものをいう職業だ。

新一に比べれば悠斗はまだ青二才もいいところ。

そんな状態で、首を突っ込めば力の差を歴然と感じるだけで、なんの利益もない。

 

 

「ひょっとしたら、悠斗にとっては最大の山場かもしれないな。」

 

由佳は直感的に、この事件が悠斗の探偵という職業を考え直すきっかけになると感じていた。

それは、おそらく彼にとっては重く辛い経験という形で彼に襲いかかるはずだ。

 

「・・悠斗なら大丈夫よね。」

 

由佳は悪くなる思考を断ち切るために軽く頭を振ると2階の自室へと足を向ける。

階段は天窓から漏れる月明かりに満たされて、怪しげに輝いていた。

 

 

+++++++++++++++

 

 

学校の正門は黄色いテープが貼ってあり、中に入れないようにしてあったが

そこにたまたま顔見知りの刑事達がいたので、由希はなんなく中へとはいることが出来た。

その足でそのまま藤本教諭の遺体が発見された生物担当者専用の部屋へと向かう。

 

いやな思い出のあるあの部屋に足を運ぶのは気が引けたが、今はそうも言っていられなかった。

 

 

「あら、由希ちゃんじゃない。」

「お疲れさまです。」

佐藤刑事は突然の新一の登場に驚いたような声を上げた。

新一は彼女に軽く会釈をして、藤本の遺体を確認する。

 

ホルマリン漬けの生き物たちに見下されるような場所に大の字の格好で彼はいた。

血液はその先にある窓にまで飛び散っていて、普通なら目を背けたくなる光景なのだが、

新一は場慣れしているので全く動じることなく、

いつもの通り、バックから手袋を取り出しそれを装着する。

 

頭に5発、胸に7発ほど銃弾が貫通した後があった。

おそらく・・即死であろう。

死んだ後も、何度もうち続けたのだろうか、足や腕にも傷がある。

 

「よっぽど恨みを持っていたんですね。」

「高木刑事、教頭先生達は?」

「ああ、署のほうで事情聴取を行ってます。彼の死亡推定時間に彼だけが学校に残っていたので。」

「じゃあ、第一発見者は教頭ですか・・。」

 

新一は顎に手をそえ、いつもの推理ポーズをとる。

 

「使われた銃はマグナムですか?」

「おそらくそうね。かなり威力の強い銃じゃないと頭蓋骨を貫通するほどの傷なんて付けられないわ。

額にはやけどの後があるから押しつけて撃ったんでしょうね」

 

佐藤は被害者、藤本の前髪を掻き上げて同意を求めるように新一を見た。

それに、新一は黙って頷く。

 

「マグナムの扱いは難しいから使える人間は限定されてくるわ。

 それに、教頭は数十年前から趣味でライフル関係を扱っているみたい。

ハワイで実弾を撃ったこともしばしばあるようだし、マグナムくらいは使えこなせそうね。」

「アリバイも無いんですね。」

「ええ、今の状況では彼が一番、可能性としてはたかい。」

 

可能性・・その部分を強めにして佐藤は述べた。

おそらく、彼女も又新一と同様に教頭が犯人とは納得できていないのだろう。

この事件にはもっと、奥深くに別の何かが流れている気がするのだ。

それが、何かと聞かれれば明確には言葉にすることなどできないが。

 

「そういえば、誰から連絡を貰ったんですか?」

「あら、高木君じゃなかったの?」

2人の現場検証を遠目で見ていた高木は話が一区切り付いたのを確認して、

先程から感じていた疑問を新一に尋ねる。

佐藤はその言葉に目を丸くして高木同様、新一に視線を向けた。

 

 

 

「実は・・・。」

黙っておく必要も、もはやなくなった。

新一はそう判断して、この学校で潜入捜査を行っていたことを2人に話し始めた。

 

 

 

「なるほど。じゃあ、動機を持つ人間はたくさんいるわけね。」

「少なくとも、職員全員に動機があると考えられます。あるいわ、この学校の生徒にも。」

 

遺体が運び出されるのを眺めながら、佐藤は首もとの汗を拭った。

いくら、明け方と言っても締め切ったこの部屋は暑苦しいことこの上ない。

初夏とはいえ、夏には変わりないのだから。

 

「今日、学校はどうするんですか?」

「このぶんなら、休校するでしょうね。」

 

生徒達は彼の死をどう受け取るだろうか。

いくら、恨んでいたとはいえ授業自体は悪くはないと聞いていた。

 

彼の死にいったい何人の人間が泣くのだろうか?

 

新一は廊下の窓から正門を眺めると、本日2度目のため息を付くのだった。

 

 

あとがき

死んでしまいました藤本先生。

そろそろ、話しも終盤ですね〜。次回は悠斗君中心になるかも?

 

 

 

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