「つきましたよ、お客さん。」

悠斗はその声に瞼をひらいた。

どうやら眠っていたらしい・・・。

 

◇棘の道・8

 

運転手にお金を払って、その先にある山道へと歩き始める。

「もっと、早く来るべきだったな・・・。」

悠斗は数日前にここに来なかったことを悔やみながらも、

草を踏み分けて奥へ奥へと進んでいった。

 

小学校の頃に一度来ただけだったが、道は直線なので、

どうにか迷うことなく啓介の別荘の前へとたどり着く。

あのころよりも、小さく見えるのは自分が成長したせいだろうか?

 

コケの蒸した古びた扉がゆっくりとひらく。

「やっぱり、来たわね。」

しばらく、別荘を眺めていた悠斗はその扉から出てきた女性に言葉を失った。

なぜならここにいるはずのない人物がそこにはいたから。

 

「まさか・・・。」

唖然とする悠斗から視線を外すことなく、歩み寄ると茶色の抜けかかった髪をすくう。

耳の辺りの赤色のピアスがキラリと光った。

 

「啓介の事には関わらないで。悠斗君。」

「騙したんですね。」

 

悠斗のその言葉に啓介の母親は哀しげに微笑んだ。

 

とりあえず、彼女に誘われるまま悠斗は別荘の一室にいた。

窓の外で雨音がする。

「あの子がマンションに引っ越したのは本当よ。でも、時刻表をあそこに置いたのは私なの。

 本当は3日前に来ると思ってたんだけれど。」

「啓介は?」

「東京にいるわよ。ねぇ悠斗君、貴方が考えていることは分かっているわ。

 でも、そのことは墓場まで持っていってくれないかしら。」

 

丸太のテーブルに手を組むように置いて、啓介の母親はジッと悠斗を見つめた。

彼女は既に40代なのだが、天然パーマの髪と童顔が手伝って実際よりは

遙かに若く見える。啓介はそれを良く自慢していた気がする。

 

「僕が何をしているのか知ってますよね。」

「探偵なんて・・哀しい職業だとは思わない?犯罪にだって理由はあるの。

 あの男は死ぬべきだった。私が殺しても良かったんだけど・・啓介は頑固だから。」

 

 

「息子を庇うのは母親の定なんですね。」

 

啓介の母親はゆっくりと頷いて微笑んだ。でも、目は少しも笑ってなどいない。

 

「あの子を守るためなら・・・悠斗君。貴方をこの場で殺すことも出来るのよ。

 母親は子供のためなら何でもできるの。」

 

“きっと貴方のお母様もそうだわ”

 

そう付け加えて、彼女は氷の入った麦茶を一口飲む。

それと同時にゆっくりと喉仏が上下に動いた。

 

 

「啓介を止めにいきます。」

「待って!!言ったでしょ、動くなら殺すわ。」

気が動転している。今の彼女には理性という物が全くなかった。

その場にあった果物ナイフを持って、彼女は悠斗に詰め寄る。

悠斗はその表情をひとつも変えることなく、冷めた目で彼女を見据え続けた。

 

「探偵の顔ってひどく冷たいじゃない。」

 

動じない悠斗に焦りを感じながらも、その刃先を喉元に押し当てる。

刃先がかすったのか、首筋を血がわずかにつたった。

 

「啓介は東京で何をしてると思いますか?」

「さぁ、逃走の準備じゃないかしら。」

「違いますよ。あいつは死ぬ気です。だから、僕は彼を止めなきゃいけない。

 探偵としても友人としても。」

 

悠斗の言葉に啓介の母親は鼻で笑った。

“そんな脅しは通じないわ”と言うかのように。

悠斗はそんな彼女の態度に憤りを感じることなく話を進める。

 

 

「あいつ・・昔言ってたんです。殺したいほどに悔い奴がいたら、

 一度殺してから、後を追ってもう一度地獄で殴り殺すって。」

「そんな作り話、信じないわ。」

「信じずとも結構です。もう、行きますから。」

「えっ!?」

 

悠斗は指に仕込んだ小型の針を彼女の首元に刺す。

即効性の睡眠針。

昔、新一がコナンだったときに愛用していたのと同じ物である。

啓介の母親はようやくヒステリックな声を上げなくなって、床に崩れ落ちた。

 

「わるいけど、構ってる暇ねーから。」

 

 

雨の中を悠斗は走り出す。

こんな事をすれば風邪を引いてしまうのは分かっていたけれど・・・。

「こんなんじゃ、母さんに体を大事にしろとはいえねーな。」

“きっと貴方のお母さんもそうだわ”

ぬかるんだ山道を走る頭の中によみがえる啓介の母の言葉。

人を殺すことを憎み、そしてそれを犯した者にまで同情してしまう優しい母親は、

自分を守るために人を殺すだろうか?

 

「母さんなら・・どうする?」

 

その言葉は雨水と共に地面に吸い込まれていった。

 

 

そこからはどうやって東京に戻ったか覚えていない。

気づけば、雨の降りしきる学校の屋上に立っていた。

そして、そこに立つ・・・親友の姿を見ていた。

 

「随分と物騒な物を持ってるな。」

「やっぱり来たのか。」

こちらを見据えた啓介の顔は青白い。

随分とこの場所に立っていたのだろうか?体は小刻みに震えていた。

 

「母さんに引きつけて貰ったはずなのに・・・変だよな。俺はお前が来るのを待っていた。」

自分を嘲るように啓介は笑う。

だが、銃口は悠斗に向いたままだ。

 

拳銃の種類はマグナム・・・今回使われた凶器だった。

 

「好きだったのか?自殺した教師が。」

「ガキだったけど。あいつを愛していた。あいつも俺を受け入れてくれてさ・・・。

 だけど、俺は気づかなかったんだ。あいつがあの藤本に脅されていることを。」

 

ギリッと拳銃を握る手が強くなる。

苦虫をかみつぶしたような、ひどく悔しそうな表情が悠斗には手に取れるように分かった。

 

屋上を沈黙が包む。

聞こえるのはアスファルトに打ち付ける雨音だけ。

 

 

「俺は・・探偵だ。」

「ああ、おまえは探偵だ。それも優秀な名探偵だ。」

「だから・・・・・・。」

「分かってるよ。分かってるから銃口をお前に向けている。」

 

 

 

カチャッ

安全装置が外され、引き金に指がかけられる。

 

「お前を殺せば、俺が犯人だと知る奴はいない。」

「俺を殺した犯人がお前だと言うことはすぐに分かるぜ。そんなんじゃ。」

「罪はそいつにかぶらせるから構わないさ。」

 

啓介は顎で屋上の隅を示す。

薄暗くてはっきりとは見えないが、茶色のスーツを着た男性がそこには倒れていた。

悠斗は鋭い眼光で啓介を見る。“殺したのか?”そんな意味を含めて。

 

 

 

「寝ているだけだ。教頭にすべての罪をかぶってもらい、自殺させる。」

「お前は?」

「俺?俺は母さんに迷惑をかけないように死ぬよ。

 俺が犯人と分かれば母さんに迷惑がかかるからな。」

「たいした画伯だな。自己中過ぎて反吐が出る。」

 

悠斗の吐き捨てるような言葉に啓介は高笑いした。

そして、笑ったまま銃口を定める。悠斗の心臓に。

 

「決して怯まないよな、お前は。一度でもお前の絶望した顔が見たかったのに。」

「・・・・。」

 

悠斗は何も言葉を返さない。語ることはせず、ただ啓介を見据え続けるだけ。

 

 

「探偵の目って・・冷たいんだな。」

「お前の母さんにも似たようなこと言われた。」

「そっか。・・・じゃあ、さよならだ。悠斗。」

 

悠斗はゆっくりと目を瞑る。

避けようと思えば避けられるのに・・・悠斗は動こうとしなかった。

 

“馬鹿だな俺も・・母さんが俺が死んだ後どんなふうに動くか見たいなんて。”

 

 

 

雨のノイズが消えていく。

 

 

 

 

引き金が引かれた音が、辺り一帯に響いた瞬間

「悠斗!!!」

悠斗は快斗の手によって地面にひき倒されていた。

 

 

あとがき

何が書きたいんだ私は?

とりあえず、快斗君登場。次回で終了です。

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