白夜の言うとおりだな。

新一は目の前に現れた女性を観察しながらも、彼の言葉に感心した。

 

 

―あかつき―

 

 

魔女という存在を知らなくても、はっきりと分かる気配。

それだけ、一般人とはかけ離れた異質の雰囲気を纏っている。

 

「クラスメイトの小泉紅子よ。工藤さん。」

「何をしに、ここへ?」

 

小泉紅子と名乗った魔女は妖艶な笑みを向ける。

何をしに来たのかくらい、分かっているでしょ?

そんな言葉を瞳で告げていた。

 

「ねぇ、貴女・・・人間?」

「変わった質問をするんですね。」

「まぁ、いいわ。それは自分で突き止めたいから。だけど、一つだけ

気になることがあるわ。貴女は黒羽快斗をどうするつもりなの?」

 

紅子は前髪を掻き上げて新一に鋭い視線を向ける。

射抜くようなその視線は常人のものではなかった。

嘘を許さない強烈な圧迫感。

ここに立つ人間が一般人なら、包み隠さず真実を告げるだろう。

それならば、新一も彼女の威圧に負け、全て話すのが、今後怪しまれないための策だ。

だけど、怪しまれたとしても、今、真実を告げるわけにはいかない。

 

「自分で見つければいいだろ?魔女さん?」

「・・・それが答えね。」

 

「紅子は一筋縄ではいかないわね。」と吐き捨てると再び階段の方へと戻る。

そうして彼女が扉に手をかけた瞬間。凄まじい邪気が全身に走った。

 

工藤に向けられたその邪気に紅子は驚いたように振り返る。

 

「工藤さんっ。」

「つっ。」

 

新一の右足には青白い手が絡まっていて、

それによって新一は凄まじい力で壊れた鎖の方へ引っ張られる。

 

紅子は慌てて手を伸ばしたが、それは空を切り、新一は空中へと投げ飛ばされた。

 

 

決してあってはならない過失。

 

それは油断。

 

紅子の気配に押されないようにそちらに気ばかり向けていたときに隙をつかれたのだろう。

もんぺ姿の女学生が屋上から重力に任せて落ちていく新一の姿を嬉しそうに眺めていた。

 

 

「いいかい、新一。君の力は常に怨霊に狙われてるんだ。

 もし、命を奪われその力も奪われたなら、この世の中は大変なことになるんだよ。」

 

 

父親の声が頭の中で響く。

白夜やヤタガラスも残念ながら今はいない。

 

 

-----テダスケシテモラハナイト、イキラレナイノカ?

 

頭の中で声が響く。

 

違う、そんなに弱くはない。

 

-------ソレナラ、アキラメルナ

 

 

その声に目を見開き、無我夢中で両手を建物の出っ張りに引っかける。

指先に強烈な痛みがはしったが、新一は歯を食いしばって掴み続けた。

この手が放れた瞬間、それは間違いなく死を意味するから。

 

長くは保たないな。

そう思いながら新一はとりあえず先程の幽霊がどうしているか

確認するために屋上を見上げる。

視界に映ったのは屋上すれすれのところから新一を唖然とした表情で

見下ろしている紅子の姿。

おそらく頭が混乱して動けずにいるのだろう。

 

後ろから先程の少女が紅子までも突き落とそうとしているのが確認できた。

 

「はやくっ、逃げろ!!」

 

新一は大声で叫んだ。

魔女は凄まじい魔力を持っているため、怨霊はめったに彼らを襲わないと、

先程、ヤタガラスが漏らしていた気がする。

だが悪霊は自分の足を掴んだ瞬間に僅かだが生気を吸い取ったはずだ。

力を増した彼女が魔女を襲わないとも限らない。

 

紅子は新一の声にハッと気が付いて後ろの少女を見据えた。

そして、即効性の呪文を唱える。

幽霊は不意打ちの紅子の魔術に驚いたように姿を消した。

 

「工藤さんっ。持ちこたえて。すぐに行くからっ。」

 

紅子がそう告げたとのと、新一の手が外れたのはほぼ同時。

紅子の魔術でも間に合わない、“もうだめっ”そう思った瞬間だった。

3階の教室から快斗が顔を出し、そして落ちてきた新一を両手で受け止めた。

 

締め切った教室では外の様子など聞こえないし、分からないはずなのに。

紅子は気の抜けたように座り込むとその光景を見下ろすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

いつものような退屈な授業。

だけど安田の化学の時間は嫌いではなかった。

なぜなら、俺が眠ることを許可してくれるから。

一度でも自分以上に頭のいい人間だと安田に示せば、あいつは何も言えなくなる。

だからこそ、あいつは完璧主義で馬鹿みたいな性格。

今まではそんな生徒は居なかったらしいけど、

今、このクラスには安田以上の人間が4人居る。

俺と紅子、それに宮野と白馬。

オレ達はあいつに認められてから、化学の授業は自由に過ごしていた。

 

どのくらい眠っていただろう。

俺はまるでスイッチを誰かに押されたようにバッと顔を上げた。

熟睡していたはずの俺が急に目を覚ましたのに驚いたのか、数名がこちらに視線を向ける。

俺は首と肩を回して、ふと、隣の席と前の席が空いていることに気が付いた。

 

まだ、授業中だよな?

 

チャイムが鳴るまであと数十分残っていることを時計で確認する。

トイレかはたまた保健室か。

そんな事を考えながら、再び襲ってきた眠気に従おうとした瞬間、

体が強烈な拒絶を発した。

 

何だ?

 

自分の体内で何かが訴えている。

それが何なのかは分からないが、俺はとりあえず窓を開いた。

カラカラとそれを開ける音に安田が目を細めたが、

気にすることのほどでもないと再び授業に徹する。

 

 

窓の外?

 

 

どこからかそんな声が聞こえた気がして俺は窓から身を乗り出した。

もしこれが幻聴ならば俺もいよいよやばくなってきたかも。

そう思った瞬間、上から強烈な紅子の叫び声が聞こえた。

 

「工藤さん、持ちこたえてすぐに行くから。」

 

紅子?

何で屋上に。あそこは立入禁止じゃ・・・。

 

 

窓の傍にある木々から視線を上へと移すと、

信じられない光景が目前に迫ってきていた。

 

工藤!?

 

どうして落下してるんだ、とか、いま授業中なのにとか、

訳の分からないことが頭の中を巡る。

柄にもなく混乱しているのだろうか?

俺はそんな自分を一喝して、工藤を助ける事へと思考を転換した。

この間わずか数秒。

自分でもこの思考能力に自賛したくなってしまう。

 

「工藤っ。」

 

手を伸ばして受け止めた体は落下速度がついているはずなのに非常に軽かった。

俺は拍子抜けしながらも、ぐったりとした彼女を教室へいれる。

クラス中が驚いたようにこちらを見ていた。

 

まぁ、当たり前と言えば当たり前の反応だ。

クラスメイトが落ちてきたのだから。

 

 

「工藤っ、どないしたんや。」

駆け寄ってきたのは、おそらく転入生のもう1人。

名前は・・・朝、寝ていたので知らないが。

 

「工藤、しっかりせぇ!!」

「気を失ってるだけだから大丈夫だよ。」

 

あまりにも工藤の体を揺さぶるものだから、俺はその男を落ち着かせるように声をかける。

見たところ、呼吸も安定しているし。目だった外傷も無い。

 

「すまん、助けてくれてありがとな。」

 

男はようやく冷静さを取り戻したのか、自分のブレザーを脱いで工藤にかけた。

俺は工藤をそっと床に下ろす。

工藤はまるで眠ったようにピクリとも動かなかった。

 

 

「平次、どないしたん。」

「何かあったの!?」

 

教室に駆け込んでくる女子生徒。

顔に見覚えもないから、彼女たちも転入生だろうか。

そう言えば、4人入ってくると、昨日、生徒会の白馬が言っていた気がする。

 

「おい、毛利、遠山。何しに来たんだ。」

 

安田はしばらく呆然と事の流れを見送っていたが、ようやく我に返ったのか、

クラスも違うのに授業時間に入ってきた2人に声をかける。

だが、2人とも安田など相手にしている暇は無いようで、

眠っている工藤に駆け寄って

平次・・と呼ばれた男と同様に彼女の名を呼んでいた。

 

「毛利、遠山。人の話を・・。」

「ああ、うるさいわ。ちょっとだまっといて!!」

「親友の一大事に冷静でいられる人間なんていませんっ。」

 

鋭い口調に安田は蛇に睨まれた蛙状態。

さすがに、少しだけ同情の念が湧いてしまう。

にしても、よっぽど大事にされてるんだな。

俺は工藤を介抱する3人を見ながら、他人事のように見ていた。