翌日、学校へ歩きながら新一の頭を占めていたのは、やはり噂に聞く怪盗の話し。 詳しいことを知りたいと思っていたら、自然と足はネットカフェに向かっていた。 多少、送れても構わないだろ。 先に家を出た蘭達からはきちんとくるように釘を差されたが、 どうやらその効果は皆無らしい。 ―あかつき― 午後9時頃にネットカフェに入ると、中には背広姿の男が1人いるだけだった。 制服ではないので、怪しまれることは無い。 ちなみに、今は博士に頼んで男の体に戻して貰っているので、 万が一、クラスメイトがいたとしてもばれることはないのだ。 もちろん、髪の毛も短く、同世代の男子と同程度の長さ。 新一は窓から少し離れた場所を陣取って、さっそくパソコンの電源を入れる。 できれば、ノート型くらい欲しいよな。そんなことをのんびり思いながら。 ネットで手に入れられた情報はやはり、予想通り僅かなものだった。 公開されている写真は暗闇でどれもはっきりとした映像は期待できない。 ファンサイトなども数多くあるが、 個人的な視点でしか書かれておらず参考にはならなかった。 諦めたようにため息をつくと、そのため息が二重に聞こえる。 あれ?と思って窓辺近くの男を見ると彼もため息が重なったことに気がついたのだろう。 こちらを見て苦笑していた。 優しい笑顔の男。だがその顔には疲労の色が見える。 新一はズボンから小銭を取り出すとコーヒーを2本買い、一本を彼に渡した。 「すみません。」 「いや。ため息仲間ってことで。」 「あはは。あっ、僕は高木、高木渉です。」 男はそう言って頭を下げる。 新一も“俺は工藤新一です”と告げ興味本位で画面を覗く。 だがネットはすでに切断されており、そこには森林の画像が広がっている。 まぁ、いっか。と思ってふと視線を下に移すと、そこには興味深い物が転がっていた。 「ひょっとして刑事さん?」 「あっ、はい。よく分かりましたね。」 「いや、警察手帳。パソコンのしたに落ちてますよ。」 「えっ。ああ!!ありがとうございます。」 しゃがみ込んで手帳を拾い、イテッと机の角で頭を打つ。 なんとも予想通りな行動に新一は自然と笑顔になる。 警察・・という職業を持った人間に会ったのは初めてだったが彼には好感が持てた。 そしておこがましいかも知れないが、なにか力になれればと思った。 「事件かなにかですか?」 「あ、そうなんだ。ほら、昨日の夕刊にのってた。」 「ああ。あれ、僕も気になっていたんですよね。あの第一発見者の証言に・・・。」 新一は昨晩、事件の概要を新聞で見て、状況証拠を見つけていた。 それを参考になればと彼に告げる。 すると、高木と名乗った刑事は手帳を取り出して書き留める。 そして、すぐにありがとうと告げると携帯をとりだして興奮した声でそれを伝えた。 30分後、逮捕状が第一発見者にだされる。 わずか1時間以内のスピード解決だった。 「本当にありがとう。工藤君。」 「いえ、お役に立てて良かったです。先程のため息が気に掛かっていたので。」 「じゃあ、お詫びに僕もお手伝いできないかな。御礼がしたいんだ。 上司の警部も、是非君に会いたいそうだよ。」 「それじゃあ・・・あの、KIDについて教えてくれませんか?」 ためらいながらそう話を切り出すと、“喜んで”と高木は微笑む。 さわやかでホッとする笑顔だと新一は思った。 初めては行った警視庁での待遇は驚くべきものだった。 目暮と名乗った警部は父親肌で気前が良く、 佐藤と名乗った女刑事も軽快な感じで話しやすい。 ついでにと、数件の事件にも助言して、1日の内で未解決事件が7件も解決した。 「ありがとね、工藤君。御礼によんだのに解決して貰っちゃって。」 「いえ、元来から謎解きは好きなんで。」 「また、お願いしても良いかしら。」 「ええ。こんな俺でよかったら。携帯もお教えしますよ。」 今日は本当に楽しかったからと付け加えながら 新一は身近な人間にしか見せないとびっきりの笑顔を向ける。 その笑顔に警視庁の捜査一課にいた刑事は皆、顔を赤らめた。 「佐藤君。それじゃあ、工藤君を捜査二課につれていってあげてくれ。 今日はすまなかったね。工藤君も困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。」 「はい。それじゃあ、お邪魔しました。」 新一は深々と頭を下げて捜査一課を後にする。 その後、高木と佐藤に連れられて捜査二課でわりと詳しく話を聞けた。 それでもやはり情報は少なかったが。 新一はそこでも、警備について当たり障りのない程度に助言し 加えて暗号の解読も行い、僅か1日で警視庁の一課と二課に顔が知れ渡ったのだった。 夕方、家に帰ればご立腹の3人がいて新一は散々怒られたが、 家まで送ってくれた高木が持ち前の天然キャラでどうにか場を和ませてくれて KID捜査に協力する許可は出せて貰えた。 まぁ、平次を付き添いでという条件は付いたが。 2人が美術館についたとき、二課の警部・・・確か中森と名乗っていた彼は 現場で忙しそうに指示を出していた。 バタバタと走り回る警官、不審物はないかと見回るもの。 そんな彼らの表情は真剣で、緊張感に満ちている。 新一と平次は離れたところで中森に話しかけるタイミングを伺っていた。 今、話しかけたら間違いなく現場から追い出されるだろうとは予想がついたから。 「で、暗号はぜんぶとけたんか?」 「まぁ、あとは逃走ルートの解読くらいだな。」 美術館の入り口付近にある木製のベンチに腰をおろして、 早速、昨晩の話の続きをはじめる。 平次もまた、学校で暗号を解いたと言っていたから、特に答え合わせはしない。 2人の推理が食い違うことは数十回に一度くらいなのだし。 「服部はどこか目星をつけてるのか?」 「あたりまえやん。わては、北北東のあのビルや思うとる。」 平次はそう言うと、クルリと体を反転させて、一点を指さした。 ちなみにこの美術館のロビーは中庭に面してすべてガラス張りのために 外の様子がよく見える造りになっていて、丘の上にあるので、夜の街がはっきりと見える。 新一は平次と同じように体を窓の外へ向けながら、ふむと顎に人差し指を沿えた。 「俺は違うと思うけど?」 「ほう、おもろいやん。久々の食い違いや。」 「ああ、じゃあ、実際にその場所で待とうぜ。どっちが当たっているか。」 ニヤリと新一が楽しそうに笑えば、平次も強気な笑みを浮かべる。 たまにある食い違い。それは推理小説を読んでいるときなどに多々ある。 だけど、それがまた楽しいのだと2人は常日頃から感じていた。 「賞品は来月発売の推理本でどうや?」 「ああ。きっちり買えよ。」 「そりゃ、こっちの科白や。」 パンッと手をお互いに打ち付けて早速、思い思いの場所に向かうため立ち上がる。 「服部、警部に挨拶してから俺は行く。」 「おう。わいは遠いから先にいっとくで。」 「分かった。」 軽く頷いて新一は話の一段落ついた警部に話しかけた。 やんわりと、当たり障りのない笑顔を浮かべて 「警部の指揮官は見事なので、今日はおいとまさせていただきます。」 と自分達の必要不可を告げる。 警部も正直、学生がいるのが気にくわなかったのか、 そうかそうかと嬉しそうな顔になった。 「いや、もう1人うるさいのがいてな。だが、君は気に入った。 今回の指示も本当に助かってる。次回はぜひ、来てくれたまえ。」 「はい。それでは。」 新一は足を揃えてきちんと一礼すると、足早にその場を去った。 よく躾のいきとどいた学生だな。と中森が頷く声を聞きながら。 新一が目指した場所は、おおよそ平次が告げた場所とは真逆の方向でであった。 もちろん風向きなどを考慮するなら確かに平次の言っていた方向に間違いない。 だけれど、探偵の勘というのだろうか、なぜかこっちだと呼ばれた気がしたのだ。 ひとけのないビルの屋上。 月がさんさんと照りつけ、電気が無くても充分に明るい。 新一はフェンスに腕をかけて、煌めく夜景をぼんやりと眺める。 夜風が肌に心地良いが、やはりその風景はどこか見慣れぬもので、喪失感が心を占める。 バサバサ 「ん?鳩?」 羽音に視線を隣に移すと、白い鳩がフェンスに止まっていた。 鳥目じゃないのかな?と不思議そうに見ていると、鳩が軽く会釈する。 それにあわせて新一も柔らかく微笑んだ。 「こんばんは。鳩さん。」 『おや、珍しい人間ですね。鳩の言葉がお分かりで?』 「まぁ、そういう人間なんです。」 相手の鳩のほうが年上だと、その口調から感じ取って新一は敬語を用いる。 今までいろいろな動物と話してきて分かったこと。 それは、彼らの世界にもきちんとした礼儀作法があるということだ。 鳩はトテトテとフェンスの上を上手に歩いて、新一の傍による。 『こんな時間に何を?』 「ちょっと、待ち人。KIDって知ってるか?」 『KID・・・まぁ、知っていますね。』 「へぇ、鳩の世界でも有名か?」 『まぁ、彼の傍にいれることが名誉ですから。白鳩の世界では。』 新一は彼のそんな話しに目を丸くする。 そして興味が出てきたのか、続きを請うように鳩を見つめた。 『詳しくは話せませんが。わたくしも名誉ある彼の飼い鳩なんですよ。』 「なるほど。じゃあ、やはりKIDはこっちに?」 『貴方がご主人を捕まえる気がないとお見受けしてよろしいんでしょうか。』 鳩はそう言って心配そうに夜空を見上げる。 よっぽどかわいがられているのだろう。 その不安感は新一の胸に直に響いた。 新一はそっと鳩の頭に手を置く。 鳩はその手つきに気持ちよさそうに目を細めた。 「大丈夫だ。信用して良い。今日は答え合わせに来ただけなんだ。」 『はい。そんな気はしておりました。』 「そっか。」 しばらくお互い無言になってのんびりと一緒に月を見上げた。 のんびりと時間が流れる。 そして、その穏やかな時間を止める一つの声。 「珍しいお客さんですね。」 鳩がその声に嬉しそうに飛び立った。 |