まっ白な服装は闇に混じり合うことなく、世の中という名の絵画から

切り取られたような印象を与える。

 

実際そうかもしれないな。

 

新一は目の前で鳩を指に止めた男を見ながらそう思った。

彼は時代に流れていない。それは故意に行っているのかは定かではないが。

興味深い。純粋にそう感じた。

 

―あかつき―

 

 

「どちら様かお伺いしても?」

「あ、ああ。俺は工藤新一。あんたはKIDだよな?」

「ええ。」

KIDは目の間にいる客人に目を細める。

捕まえに来た・・・とはとうてい思えなかった。

さび付いたフェンスに体を預けながら、

ただ自分の指先に止まる鳩をおもしろそうに見ているのだから。

 

「鳩とお話しを?」

 

KIDは手に止めた鳩を見つめたまま新一に尋ねる。

 

「まぁ。ちょっとそう言う事ができるんだよ。俺。」

「なるほど。そうなんですか。」

 

ふむと納得すると新一はいぶかしげに眉をひそめた。

 

何か?と尋ねれば“普通、信じないんだけど”と不満げな声。

信じて不満なんて変わった人だとKIDは思った。

 

「でも、本当の事ですよね?」

「鳩さんに聞いてくれ。」

 

 

「残念ながら私にはそんな力は備わっていません。」

貴方と違って。と心底残念そうな仕草をとるKIDに新一はプッと吹き出す。

そして、腹を押さえて笑い出した。

 

拗ねたり笑ったり。

先程はクラスメイトの転入生に似ていると思ったが、どうやらそれは語弊らしい。

なぜなら、彼女はあまり表情を出さないから。一枚の仮面を身につけたように。

 

「で、なぜここに?」

「いや、友達と賭け。KIDがどの逃走ルートを通るかっていう。」

「つまりは・・貴方の勝利ですね。」

 

KIDは辺りを見渡して彼以外の気配がないことを認識するとニコリと微笑む。

もちろんその表情は月明かりを背にしているため新一には見えなかったが

雰囲気で分かったのか、嬉しそうに大きく頷いた。

 

「これで推理小説が手に入るんだぜ。来月は4冊でるから儲けものだ。」

 

「推理・・・ということはやはり探偵で?」

 

「そんな大それたものじゃねーぜ。ただ、謎解きが好きなだけ。

 今回も暗号とか、考えるのも楽しめたしさ。おまえすげーな。

 あんなおもしろい暗号は初めてだ。」

 

新一はそう言うとピッと手に持っていた予告状をKIDに投げる。

そこには様々な字が書かれ、いろいろと考えた形跡があった。

そして、ここだと記された、逃走ルートの解読法も。

もちろん、ただ記すのだけではつまらないから、2つ記したのだが。

彼は間違うことなくこちらへと来た。

 

 

 

ようやく現れた。

 

 

 

KIDはその返された予告状を見ながら思う。

探偵としての実力と天性の勘がある人間に会いたいと思って予告状に沿える逃走ルート。

ちなみにクラスメイトの迷探偵は一度も逃走ルートが記されていることさえ気づいていない。

 

「逃走ルートを割り出せた貴方に敬意を表して、名探偵とお呼びしますよ。」

 

貴重なんですよ。わたくしが認めるのは。

 

そう付け加えれば、目の前の男はポカンとした表情になる。

 

 

「おもしろい奴だな。KIDって。」

 

「わたくしとしては、貴方のほうが充分興味深い。今日の警備も指示なさったのでしょう?」

 

「ああ、よく分かったな。といっても、部分的にだ。

 一端の高校生があんまり口出すことは警察としてもあんまりいいことじゃねーだろ。

 だから、今後は頼まれない限り動くつもりはねーよ。でもなぁ〜。」

 

「でも?」

 

少しだけ寂しそうな表情にKIDは一歩、新一へと近づいた。

 

「でも、おまえの予告状を解けないのはつまんねー。」

 

「はい?」

 

「だから、俺にも送れ。いいな。」

 

 

ビシっと指で指名されてKIDは固まってしまう。

これが後に名探偵と世間でもてはやされるようになる新一の

有名なポーズ“犯人は貴方です”になるとはこの時お互いに予想しなかったが。

 

その迷い無い蒼い瞳と、スッと気持ちの良いほどにのびた白い指は

全ての人々から言葉を失わせる。

 

そして、それはKIDも例外ではなかった。

呆気にとられながらも承諾したKIDに新一は“よしっ”と満足そうに頷く。

 

 

「じゃっ。そういうことで。」

「帰り道はお気をつけて。名探偵。」

 

絶対送れよ!!と釘を差して去っていく彼に、KIDが苦笑したのは無理もなかった。

 

 

+++++++++++++++

 

 

「「「「ふぁ〜」」」」

 

4人同時に漏れた欠伸に紅子と志保は顔を見合わせた。

 

「どうしたの?白馬君はKIDがらみだから分かるけど。

 服部君も黒羽君も、それに工藤さんまで欠伸なんて。」

 

「いや、深夜にあったマジックショーを見ててさ〜。」

 

快斗はポリポリとこめかみを掻きながら、ポンッと新手のマジックを披露する。

昨日、テレビから盗んだ。なんて、子供っぽい笑みを浮かべて。

 

「そう、服部君は?」

 

志保はフウッと軽く息をついて今度は新一の隣にいる平次へと視線を移した。

後ろで“その返事、信じてないだろ〜”と騒ぐ快斗を気に留めることなく。

 

「ああ。わいか?わいは、キッ・・グハッ。」

 

「キッグハ?」

 

「何すんねん!!!工藤!!」

 

奇妙な声を上げた平次は弁慶の泣き所を抑えて涙目になっている。

状況から察するに、直ぐ近くに座っている新一から蹴りを入れられたらしい。

だが当の本人は、“動かしたらあたっちまった。わりぃ”と全く悪びれる様子もなかった。

 

「オレ達はゲームを一晩やっちまったんだよ。テレビで。」

「ああ、それで昨日は休んだの?」

「よく分かるね。中森さん。」

「だって、指にタコができてるんだもの。」

 

“連打とかすると、できちゃうもんね〜”と青子は無邪気な表情で微笑む。

それに新一は内心助かったと思った。

彼女のお陰で、昨日休んだ理由まで不自然なく成立させることができたのだから。

ちなみに指のタコはKIDの暗号を解いたときにできたペンだこ。

それも、1日ほどで消える軽いものだ。

 

「ゲームなんて。想像つかないわね。」

 

紅子がいぶかしげな表情で呟く。

それに、青子は“最近のは女の子でも楽しめるんだから〜”と助言してくれた。

 

だが納得のいっていないのは平次だ。

ここで、逃走ルートを解読できなかった白馬に答えを教えてやろうと思っていたのに。

そんな不満げな視線に気づいたのか新一は呆れた表情で平次を見る。

 

「工藤。」

「後で話す。」

 

新一は文句を言おうと口を開きかけた彼の耳元に唇を寄せて、そっと呟いた。

 

 

 

「でも、2人とも家が近くなんですか?夜遅くまでゲームって。」

「ああ、こいつと俺、一緒に住んでるんだ。」

 

ゴホンっと咳払いをして話の輪に入ろうと白馬は新一のそばに寄った。

先程から自分だけが阻害されているような感覚なのだ。

新一はそんな白馬の心情を読みとったのか、苦笑しながら返事を返す。

 

そしてその返答にクラス全体がどよめいた。

 

「ちょっ、工藤さん。君は服部君と同棲してるのか?」

「はぁ?同棲じゃなくて、同居だよ。転入生4人。

 東京で別々に一人暮らしできるほど金はないってーの。」

 

同棲という単語に心底嫌そうな表情をつくりながら、なぁ?と新一は平次を見る。

それに平次は軽く頷いた。

 

「てことは、女子3人と服部1人?羨ましーぜ。」

「ハーレム状態じゃねーか。」

「こんど俺も呼べよ。」

 

「幼なじみとやから、そんなことないで。」

 

「美人3人に囲まれて贅沢な奴。」

「おい、こういう奴には笑い死にね刑だ。」

「「おうっ」」

 

「ちょ、やめんか・・・・ガハハ・・・どこ触っとんねんボケ。」

 

 

わらわらと集まり出す、平次の男友達。

おそらく昨日の1日で仲良くなったのだろう。

平次は友人達の仕打ちに文句を言いながらも

とても柔らかな笑みを浮かべていた。

 

こんなとき、新一はいつも平次を羨ましく思う。

村にいたときも、たくさんの友人が居た彼。

いや、彼だけではない、蘭や和葉にもたくさんの友人が居た。

それでも自分に付き合おうとする彼らをときに理解できないことがある。

 

「どうしたの工藤?」

「え?」

 

思考に浸っていたのだろうか、快斗がすぐそばに近づいたことに気づかなかった。

新一は苦笑した表情の彼を見上げる。

 

「なんか、置いてきぼりの子犬みたいな顔してた。」

「はぁ?」

「何、考えてるか知らないけど。

工藤にも友達居るじゃん。俺とか。」

 

ネッとブイサインする快斗に新一は一瞬、固まってしまう。

 

今まで自分の感情を読みとれる相手が居なかったための驚きか、

それとも“友達”という単語への喜びか。

新一は自分の気持ちを推理しながらそんなことを思った。

 

 

「ああ、黒羽って友達なんだ。」

 

だからこそ、軽く流してしまう。

慣れないのだ、暖かさに。

 

「ヒドッ。俺は友達だと信じてたのに。」

 

 

快斗はそう言うとオイオイと泣き真似する。

 

そんな彼に新一は苦笑しながら

ポンポンとそのたれ下がった頭を叩いた。

 

「だけど、サンキュ。」

 

御礼ぐらいは必要だ。

新一はそう思って満面の笑みを浮かべる。

久々に心が救われたと感じることができたから。

その言葉がちょっとした冗談だったとしても。

 

 

 

 

「黒羽?」

「いや・・・なんか不意打ち。」

「へ?」

 

快斗は顔を真っ赤に染めて口元を片手で覆った。

完璧に身につけたはずのポーカーフェイスがこんなにも簡単に崩れるなんて。

 

それほど、工藤の笑顔は強烈だよ・・・。

 

不思議そうに見つめる新一に、何でもないと告げて快斗は足早に教室を出る。

これ以上見つめられたら心臓がはち切れそうだったから。

 

 

 

快斗は教室を出ると、すぐに廊下の壁にもたれかかって目を片手で覆った。

 

ああ、恋しそう。

 

なんて思いながら。