快斗がしばらく自分の感情を抑えるために目を瞑っていたとき、 ふと、人知を越えた気配を感じて、快斗はそっと目を開けた。 廊下のすみにからこちらを見ている少女。 その背格好に目を細め、またか・・と快斗は思った。 ―あかつき― 昔からなぜか霊感は強い方で、様々な幽霊と話しをしてきた。 彼らと話すたびに、快斗は自分もKIDなどをして大変な状況だが、 彼らはもっと大変なのだと励まされることも多い。 だからこそ、快斗は、幽霊を見たからといって、驚くとか、怖がることも無く ましては嫌うことなどなかった。 彼女も何かと悩み持ちだろうし、女の子には優しくしないとね。 快斗はそんな気持ちでスタスタと歩き始めた。 廊下の隅からこちらを見ていたもんぺ姿の少女のもとに。 「服部。」 新一は友人達と盛り上がっている平次を迷うことなく呼びつけた。 険しい顔つきの新一を見て、振り返った平次は首を傾げる。 友人達も同様に不思議そうな表情を浮かべていた。 「おまえ、感じなかったのか?」 「感じるって、何をや?」 「・・・なら。いい。」 新一は話題を遮ったことをわびると、席を立つ。 一瞬だが、僅かに感じた、昨晩の少女の気配。 すぐに消えてしまったけれど、なぜか気に掛かって・・・。 呼び止める平次の声を背中に新一は屋上へとむかった。 「お嬢さん、お名前は?」 『スズ。』 「スズちゃんね。俺は快斗。黒羽快斗って言うんだ。」 少女が空気を吸いたいと主張するので、2人は屋上へと来ていた。 おとなしそうな少女の外観に快斗は自然と警戒の念が薄らぐ。 昔から霊感のある息子に、彼の母親は、直ぐに信じたら連れて行かれるわよと 再三注意は受けてきたが、快斗自信、未だにそんな経験はないためか、 あまり、幽霊に警戒を抱くことはなかった。 『黒羽さん。・・・死んでくれる?』 「は?」 突然飛び出した彼女の背格好とは不釣り合いな科白に快斗は目を見開く。 『だって、あなたにはアノヒトの生気が残ってる。』 「何の話しだよ。」 ジワジワと近づいてくる少女に快斗は一歩一歩後ずさりした。 幾たびにも重なるギリギリの戦いは経験したことがあるが、 さすがに幽霊の対処法は知らない。 紅子にでも一言、言うべきだっただろうか。 そんな後悔の念が渦巻く頭の中で、母親の言葉が何度も反復する。 “いい?幽霊は良い幽霊ばかりじゃないのよ。人間がそうであるように” カシャ 「え?」 気がつけば快斗は屋上のフェンスまで追い込まれていた。 後ろに見えるのは砂煙の舞う運動場。 そこには昼の暑い時間帯のためか生徒の姿は見受けられない。 ここで死んだら、たぶん自殺とかになるのかな。 幽霊を殺人犯として裁ける者など居ないから。 『さよなら。黒羽さん。でも、殺す前に力は貰うよ。』 スッと白い手が伸びてきて、快斗の手を掴む。 快斗にとってその言葉の意味することは分からなかったが、 体中から力が抜けていくのは分かった。 これが彼女の言う“生気”の力なのだろうか。 あまりの気だるさに立てなくなって、快斗はその場に膝をつく。 同じ視線の高さになった少女の顔は般若のように恐ろしい。 口元には嬉しそうな笑みを浮かべていた。 『じゃあね。バイバイ。』 トンっと肩を押されて、フェンスの壊れた間へと体は傾く。 「黒羽!!!!」 だが、快斗は重力に従って落ちることはなかった。 どうにか伸ばしたては、しっかりと快斗の手首を掴んだ。 そのことに新一はホッと息をもらす。 やはり先程の気配は気のせいではなかった。 少女は自分の力を求めている。 だからこそ、先日、彼に送った力を狙ってもおかしくはないのに。 俺の注意力不足だったな。 新一は己のふがいなさを恥じながらも快斗の手首から力を送り込んだ。 そいて、少しずつ顔色の改善する彼に “口移し以外の方法もある”という平次の言葉は本当のようだと新一は思う。 これで、一週間は大丈夫だよな。 本来なら半年分ほど送り込んでも良かったが、如何せん、いまは状況が悪い。 ここでそんなに多くの生気を送り込めば、 彼女と話し合う気力さえ無くなってしまうのだし。 「なんか、工藤の顔みたら力が戻って気がした。」 ゆっくりと彼を立ち上がらせると、快斗はふわりと優しい笑みを浮かべる。 それに新一は曖昧な表情をつくりながら“それは良かった”と返事をした。 「また、会ったな。お嬢さん。」 『そうね。で、どうする?私を消滅させるの?』 消滅とは魂ごとこの世から消してしまうこと。 天にまたは地獄に召されることなく、ポッと消えてしまうのだ。 そうなれば、二度とこの世に転生することはできなくなる。 それは、人々が最も恐れる、意志の死滅。 新一ほどの力があればそれも可能だ。 だが新一は黙って頭を横に振った。 「消滅して欲しいなら、直ぐにでも消す。だけど、それはあんたの希望じゃない。 あんたは捜し物さえ見つかれば逝く覚悟をしているんだからな。」 今なら分かる。あの夢の意味が。 少女は生前虐められていた。だけど、復讐しようとは思っていない。 ただ、虐めた子供達に隠された大切な宝物を探しているだけなのだ。 「捜し物は?」 『アリスという宝石。』 少女の口から放たれた言葉に快斗は一瞬、目を見開く。 アリスといえば、来週から国立博物館で公開されるビッグジェルの一つだ。 そして、快斗がKIDとして予告を出す予定の。 『その宝石はもともと母が異国人の父から貰った大切なものだったの。 だけど奪われてしまった。ねぇ、その宝石を捜して。』 「アリス。なんかどっかで聞いた名の宝石だな。」 はて、どこでだったか。 新一は顎に手を添えて考える。 チラリと何かで視界に止めたのは覚えているのだが。 あーーー!!!出てこねーー 「工藤。アリスなら知ってる。ほら、来週から展示されるだろ。博物館で。」 考え込んでいる新一に快斗は仕方ない、と助け船を出した。 あんまり詳しいとおかしく思われるかも知れないが、 工藤には今し方、助けて貰ったという借りもある。 快斗の声に“それだ”と新一は嬉しそうに顔をほころばせた。 「黒羽、他にはなにか知らないか?」 「う〜ん。アリスはビッグジェルのルビーの宝石で、展示されるのが来週だけだとしか。」 快斗はそう言うと、少し困ったように頭を掻く仕草をする。 それに新一は“ふ〜ん”と頷いた。 「そっか。なぁ、来週まで待てるか?来週になればどうにか交渉する。 あんたの家族とか捜して、合法的に取り返せるように頑張ってみる。」 『どうして、そこまでしてくれるの?』 「少し、似てるからだよ。俺とあんたは。」 虐げられてきた、幼少時代は自分と同じ。 新一は優しく微笑んで少女の頭を撫でる。 彼女に触れることは敵わないけれど、少女はその温もりに涙を落とした。 『今までごめんなさい。私ね、スズって言うの。』 「俺は怒ってない。スズ。もうしばらく待ってろよ。」 『うん。黒羽さんもごめんね。』 「いいよ。それより、アリスが手に戻ればいいね。」 コクンと少女は頷いて、そしてスッと一瞬で消えた。 幽霊はお供え物しか手に触れることはできないから。 無くした物を自力で手に入れるのは難しい。 だからこそ、新一の力を欲したのだろう。 そうすればどうにかなると思いこんで。 「工藤。アリス、どうにかなるのか?」 「やるだけ、やってみるさ。」 授業も始まって静かになった廊下を歩きながら、 快斗は隣を同じようなペースで歩く新一を見る。 快斗の問いかけに新一は少しだけ困ったように微笑んだ。 「ほっとけないんだよ。ああいう霊は。」 「あ〜俺も。」 「だけど、気をつけろよ。」 「うっ、肝に銘じます。」 ジトリ目で見られて快斗は軽く肩をすくめる。 その仕草にクスクスと笑って、新一は一歩前に出て快斗の前に立った。 快斗は新一を不思議そうに見つめる。 新一はそんな気の抜けた彼の顔の前に小指をツイッと差し出した。 「幽霊を見たら俺に知らせろ。手助けはしてやるから。」 「それは指切りげんまをしろってこと。」 「ああ。」 快斗はその細い新一の小指に己の小指をからめて思う。 今回の宝石は返却不可だな・・・と。 |