夕食の一件以来、志保と新一の距離は急速に縮まっていった。 加えて席も隣りどおしであるために、会話を交わすことも多い。 そしてなにより、先を読んで話すことができる新一との会話は志保にとって新鮮で それでいて、楽しいし気が楽だ。これだけ揃えば仲良くならないはずもない。 まだ転入して5日ほどしか、たっていないが、 新一は志保のことを志保は新一のことを理解しつつあった。 ―あかつき― 「最近、疲れてるみたいね。」 5時間目の化学を終えて、欠伸をかみ殺している新一を見て、 志保はいぶかしげな表情をつくった。 “今日、10回目よ。欠伸。”と言えば“見てたのか?”と少し驚いた表情。 「気配で分かるのよ。それで、何をやってるの? よもや推理小説を読みどおしとは言わないわよね?」 「おっ、よく分かったな。それが新刊の小説が手に入ってさ。」 「冗談よ。本当はそれ以外の理由よね。」 「は?」 ピシャリと言い切る志保に新一は目を丸くする。 そんな新一の様子に呆れたような視線を志保は向けた。 ――――気がつかないとでも思ったのかしら。 毎晩、研究に没頭する志保も自己管理はきちんとするらしく 必要最低限の仮眠は取っている。 そして、仮眠の後にコーヒーを飲むのが習慣と化していて 昨晩もいつものように地下室からキッチンまで上がっていって、 ドリップ式のコーヒーを煎れていた。 コーヒーが香しい匂いをたてる頃、決まって志保は隣家の様子を見る。 仮眠を取る前についていた2階の中央にある部屋に電気は未だに明々と灯っていて、 風を入れるために開けてある窓から吹く風にカーテンがはためく。 その度に、工藤新一がパソコンにむかって何かを必死に行っている姿が見えるのだ。 これでも、視力は人並み以上を誇る、志保だけに自分の目には自身があった。 志保はそんなことを思い出しながら忠告するべく言葉を綴る。 もちろん、それが彼には何の効き目がないと分かっていても。 「貴方が嘘をつくのはなんとなく分かるわ。 何しているかは聞かないけど、体ぐらい気を遣いなさい。」 「・・・分かった。」 「そう。なら良いわ。」 志保はそう言うと、手元に持ってきている 昨晩の研究データーに再び視線を落とすのだった。 自分の嘘を見抜ける。そんな人物は片手で足りるほどなのに。と新一は思う。 宮野には嘘は通用しないことが自分にとっては有益では無いはずなのに、 それが嬉しいと感じられるのは何故だ。 難しそうな文献に目を通している志保を盗み見ながら新一は首を傾げるしかなかった。 「工藤。顔色悪いよ。」 そして、もう1人。ポーカーフェイスの通じない相手。 トンッと肩を叩かれて心配そうにのぞき込む顔に新一は、深くため息をつく。 「何だよ。心配してるのに。その呆れた顔は。」 新一の行動に一挙一動反応する快斗はおもしろい。 新一はそう思いながら先程の理由を彼へと告げた。 この頃は志保と快斗の2人が新一にとってはクラスでの相談相手となっていたから。 (ちなみに、服部は席が遠いこともあるが、昔から デリカシーに欠けているのでよっぽどなことがないかぎり相談はしない。) 新一の疑問に快斗は優しい笑顔を浮かべながら言った。 「それは、仲良くなれた証拠。俺も志保ちゃんもそう言うことに関しては鋭いし。 それに工藤だって俺の表情や志保ちゃんの表情を見破れるだろ?」 「ん?まぁ。なんとなく分かるけど。」 「それと一緒だよ。」 「そっか。」 新一は疑問が晴れたことが嬉しかったのか、ニコリと微笑む。 その笑顔に思わず見惚れてしまった快斗は、ジッと新一を凝視してしまって・・・ 「黒羽?」 と不思議そうにかけられた声に慌てて話題を取り繕った。 「あっ、いや。そんなことより工藤。アリスは大丈夫そう?」 「ん〜。やっぱ難しい。国宝級の宝石だし。いろいろと調べてるんだけど。 でも、どうにかする。スズとの約束だしな。」 とりあえず自分の失態に気がつかなかったことに安心しながらも 再び欠伸をする新一に快斗は宝石を自分に一任してくれと言いたくなる。 もちろん、そう言えば理由を聞かれるので言うことはできないが。 どうにか新一に諦めさせる手段はないだろうか 快斗がそう思案していると、おきまりの如く第三者の声が割って入ってきた。 「アリスはKIDが狙っている宝石のことですか? まさか、黒羽君。工藤さんに盗みの協力でも頼んだのではないでしょうね。」 いつの間に?そう思うほど白馬は自然と両者の間に立っている。 “聞き耳を立てるのは得意だな。”と嫌みを言えば “興味範囲なので”と軽く流される始末。 いつも一緒につるんでいると言っても、それは建前で実のところ2人は仲が悪いのだ。 「俺はKIDじゃないっていつも言ってるだろ。」 毎度同じ科白に飽き飽きしながら快斗は隣りに立つ白馬を睨み付ける。 「それではなぜ貴方の口からその宝石の名が?」 「展示会があるって話を工藤としてたんだよ。」 「しかし・・・。」 クラスでは恒例の言い合いを止めるのはいつも青子か紅子の役目。 そして、いつもの通り青子は呆れたように席を立ったのだが、 青子の声が発せられる前に、ドスの効いた声がクラス中に響いた。 「白馬、おまえくどいぞ。」 女性にしては少し低めの、しかし澄み切った声が白馬を射抜く。蒼く冷たい瞳と共に。 「く、工藤さん?」 「証拠もないのにクラスメイトを犯罪者扱いするなんて、恥ずかしくねーのか?」 「で、ですが。現場にあった髪の毛と・・・。」 「んな、確証もないことを証拠にするんじゃねーよ。黒羽が違うって言ってるんだから 信じてやれよ。それに、犯人を捕まえるのは警察だろ? どうしてそこまで一般人のお前が深く介入するんだ?」 新一はしどろもどろな白馬の態度に嫌気が差したらしく さっさと答えて貰おうと立ち上がって“ん?”と顔を彼へと近づける。 綺麗に整った顔が、グンッと傍まで寄って白馬は思わず顔を赤らめた。 「く、工藤さん。」 「何だよ。」 「そ、その。吐息が・・・。」 「はぁ?何言ってるんだ。それより俺の質問に答えろって。」 白馬の規制にも関わらずますます近づいてくる新一に 白馬はついに根負けしたらしく、“すみません!!”と頭を下げて教室を出ていった。 よほど理性が危うかったのだろう。 まわりのクラスメイトはそれを悟ってご愁傷様と手を合わせる。 だが当の新一は逃げていった白馬に首を捻らせていた。 「工藤。おまえ、何しとんねん。」 事の経過を見守っていた平次も相変わらずの無頓着振りに呆れた声を上げる。 それでも新一には平次が難しい顔をしている理由が分からず いぶかしげな表情をつくった。 「だって、あいつが逃げたんだぜ。」 俺は悪くないと主張する新一に平次は思わず脱力する。 こいつに誰か、自分自身の魅力を教えてやってくれ。と叫びたくなるほどに。 「とにかく、そう詰め寄るんやない。仮にも女なんやで。自分。」 「はぁ?何で女が関係あるんだよ。 それより白馬を呼びに言ってこなくていいのか? もうすぐ6時間目始まるだろ?なんなら俺が・・・。」 「「「「俺が行きます!!」」」」 新一が最後まで言わないうちに、遠巻きで聞いていたクラスメイトが立ち上がる。 これ以上、新一に詰め寄られる白馬をふびんに思っての行動か、 はたまた理性にうち勝てなくなるであろう白馬を規制するための行動か。 おそらく、後者であろうが、そう言うことに疎い新一は “人気あるな。あいつ”と呼びに言った面々の人数に感心してそう呟くのだった。 無事に授業も終わり、新一は帰り支度をしていた。 教科書やノートの類は、机の中に入れたままにしているため、 鞄に詰め込むのは財布、こっちに来てから購入した携帯電話、そして筆箱に手帳。 教室には西日が射し込み教室を鮮やかなオレンジ色に染めている。 机やイスの脚の影が長くのびて、涼しい風が吹き込んできていた。 新一は鞄に詰め込み終わると指をからめてウーンと一回、伸びをする。 その時にセーラーが少しだけ上に上がり、下着が見えそうになるのだがもちろん そんなことを気にするはずもなく、周囲の者が逆に気を遣って目を伏せた。 教室に残っているのは新一を含めて7,8人。 部活の準備をしていたり、友人と名残惜しそうに話していたりとそれぞれの理由で。 ちなみに平次は剣道部に所属しているため、今は部活動に行っていて、 蘭と和葉は夕飯の買い物とショッピングのために授業が終わるとすぐに帰っていた。 別段、一緒に帰る約束などをしていないし、 1人の方が気楽なので新一も今の状況に納得している。 もちろん当初は3人とも別行動に渋ったが、式神を一匹つけるという条件で 彼らも納得するしかなかった。 「工藤。一緒に帰ろ?」 「黒羽。おまえ、いつもの連れは?」 トンッと肩を叩かれて驚いたように振り返る。 さっきゾロゾロと集団で教室を出たと思っていた新一にとって 彼の所在は予想外のものだった。 「工藤が1人なのが運動場から見えてさ、適当な理由つけて抜け出してきた。」 「はぁ?別に俺は1人でも。」 「夕焼けから日没まで結構、時間って速いんだよ。 それに今日はお呼ばれしてるんだ。毛利さんにね。」 そう言ってウィンクする快斗に新一は今朝、蘭と交わした言葉を思い出す。 あの時は寝ぼけていて適当にしか返事をしていなかったが・・・ 「来訪者っておまえだったんだ。」 「そう。先日キャンセルしちゃったし。」 「蘭のやつも喜ぶな。それに黒羽には聞きたいこともあったから。ちょうどいっか。」 「聞きたいこと?」 「ああ。歩きながら話す。とにかく帰ろうぜ。」 「そうだね。」 振り返って告げられた言葉が、快斗だけでなく その後ろにある窓の外の大きな木にちょこんと座っている白夜に向けられたとは、 その時、快斗は気づくはずもなかった。 |