校門を出て長く続く道路を快斗と新一は無言で歩いていた。 歩く速さはお互い同じなのか、合わせる必要もなく、沈黙もどこか心地が良い。 端から見れば見目美しい理想的なカップル。 だけれど、彼らの意識下にはもちろんそんな構図は存在しなかった。 ―あかつき― 少しだけ人の行き来の多い場所に出ると、その先には見慣れた小さな公園がある。 五月のさわやかな新緑が目に眩しい。 夕方近くであるためか子供の数は少なく、 どちらかと言えば飼い犬の散歩をしている人が目に入った。 「あ、あれ。」 「ん?どうかしたのか。」 公園の一角にピンク色のワゴン車を見つけて快斗が嬉しそうに声を上げる。 そして彼は次の瞬間には走り出していた。 ピンク色のワゴン車の側面には青の丸字で“クレープ”と記してある。 それでようやく新一は快斗の行動の意味を解した。 のんびりと歩いていき、新一が快斗の傍についたとき、 彼はすでに両手に2つのクレープを持っていた。 イチゴと生クリームの入ったクレープ チーズと生ハムの入ったクレープ 快斗は2つのクレープを手に、傍にある緑色のベンチに座り 新一を手招きした。 「おまえ、そんなに食べるのか?」 促されるまま快斗の隣りに座って呆れたように新一が尋ねれば、 まさかと彼は微笑んで、チーズと生ハムのクレープを差し出す。 「こっちは工藤に。なんか、工藤って甘いもの苦手そうだし。 それにこれならあんまりお腹に溜まらないから、夕食にも差し支えないしね。」 俺のおごりだよ。そう付け加えてハイッと空いている左手にそれを握らされる。 新一はしばらくそのクレープを眺めていたが、ジッと快斗が待っているので 御礼を述べてそれを口へと運んだ。 適度な甘さの皮と中のチーズと生ハムが口の中で混ざり合い それはまさに新一好みの味で・・・気がつけば“うまい”と自然と言葉になっていた。 「クレープとか甘いイメージしかなかったからなぁ。」 そう言って新一は蘭や和葉が村で時々、作ってくれたクレープを思い出す。 快斗が食べているクレープと同じように生クリームやチョコレートやら はっきり言って甘さの集大成とも言うべき材料がつまっていた。 「良かった〜。まぁ、俺はあまい物が好きだから、 チョコとか生クリームとかを食べるけど。」 「で、夕飯は入るんだろうな?」 こんなあまい物食べて。 新一はそう言うと蘭が食事を残したときどれだけ恐ろしいかということを 快斗に語って聞かせる。 だけれど彼は大丈夫と、思いっきり胸を反った。 「一般的な男子高校生の胃袋を舐めちゃいけねーよ。」 「なら、いいけどな。」 クスクスと顔を見合わせて笑いながらクレープを口の中に収めていく。 「あそこのクレープ屋、おいしいんだけどなかなか止まらないんだ。ここの公園には。」 「それであんなに喜んでたのか?」 「ん。それに工藤は絶対これが好きだろうと思ったから。」 そう言ってニカッと笑った快斗の口元には生クリームが少しついていた。 それを見て新一は思わずプッと吹き出す。 男子高校生が生クリームを口に付けているなどおかしくてたまらないのだ。 「何だよ〜。そんなに笑って。」 快斗は笑い止まない新一にいぶかしげな表情を作る。 新一は“悪い、悪い”と言いながらスイッと快斗の口についているクリームを その細長い指で拭った。 新一の突然の行動に快斗は呆然とその動作を見つめる。 だけれど新一は快斗の様子など 特に気に留めることなく、指についたクリームをペロリと舌で舐めた。 「やっぱ甘い・・・。」 「く、工藤。」 「どうした?」 驚いている快斗の様子に新一は軽く首を傾げる。 ――――どうしたって。そんな行動、普通はしねーよ。おまけに、舌でそのまま舐めるなんて。 快斗は心拍数が上がるのを感じながら、 お得意のポーカーフェイスで動揺を必死に押し隠す。 この時ほど、父親のポーカーフェイスを忘れるなという言葉に感謝したことはなかった。 だけど・・と快斗は思う。 ――――絶対、他の人間に同じ行動したらやべーじゃん。 理性の強い自分だから、こらえられたようなものであるし。 「工藤。」 「ん〜?」 のんびりと隣で残りのクレープを美味しそうに食べる新一に 快斗は一呼吸置いてから声をかける。 「あのさ、さっきの。」 「さっき?」 「うん。ほらクリーム食べただろ。」 「まさか、返せとか言うんじゃないだろーな。」 一口くらいで。その言葉に快斗はブンブンと頭を横にふった。 「あのねぇ、俺もそこまでケチじゃないよ。 そうじゃなくて、俺が言いたいのは他の人にはしない方が良いって事。」 「でも、けっこうやってたぜ。村では。」 自分の両親も蘭の両親もそして和葉や平次の両親も。 凄いときには口でそのまま取ったりして。 だから、新一もそれを真似して、蘭や平次達に同じ事を行ってきた。 それをするたびに“さすが私の新ちゃん。”と有紀子が絶賛の声を上げていた気がするが。 「とにかく、村がどうであれ、俺以外にはしちゃだめだから。 じゃないと、大変なことになるよ。」 「つまりは、親しい人間以外にはするなってことか?」 快斗や親戚にはOK=親しい人間にはOK という構図が新一の頭の中では完成したらしく、なるほどと頷く。 それはちょっと違うと思った快斗だったが、さらに奥まった質問を投げかけられると さすがに説明しようがないため、今はそれで良いかと妥協するのだった。 「それで、工藤。俺に聞きたい事って?」 快斗はクレープを食べ終えると、思い出したように尋ねた。 「そうだった。アリスをKIDが盗むって本当なのか? ほら、白馬が今日学校で言ってただろ。 俺、KIDって知らないけどあいつの話から察するに泥棒みたいだし。」 “知らない”という部分を強調しながら新一は快斗に反問する。 快斗はそれに軽く頷いて、手の中に丸まっていたクレープの包みを傍のゴミ箱に投げた。 ゆるやかな曲線を描いて鉄製のゴミ箱に紙くずが収まるのと 快斗が口を開いたのはほとんど同時。 「白馬から聞いたけど、明後日が予告日だって。」 「それなら、急がねーとやべーな。」 「そっか。盗まれたらアリスを渡せないか。」 「そうなんだよ。くっそ〜。いい加減、連絡が来てもいいのにな。」 「連絡って?」 「あ、ああ。宝石の持ち主にちょっと脅しまがいの発破をかけたんだよ。昨日の夜にさ。 もう半世紀前の話しだからなかなか大変だったけど。 宝石のオーナーがスズを殺したんだ。」 新一はそう言いながらグシャッと手に持っていたクレープの包みを握りしめる。 「どうしてそんなことが分かったんだ?」 「ちょっとした伝手があるんだよ。古い情報専用のな。 必要な証拠も集めたし。 まぁ、と言っても時効は当の昔に成立しているから裁くことはできない。 それでも手に入れた地位を脅かすには格好のネタだろ。」 だからきっと食いついてくるはずだ。 そう言って微笑む新一に快斗は何とも言えないめまいを覚えた。 その行為がどれだけ危険なのか、目の前の人物は分かっているのだろうか。 「工藤。おまえ、それ危険すぎるぜ。」 「時間がないからしょうがねーだろ。 まったく、KIDが盗む日をもっと先延ばしにしさえすれば 俺もこんなことしなくてすむんだ。」 ヨッと新一も快斗の真似をして、握りしめた紙くずを投げる。 紙くずは吸い込まれるようにゴミ箱に消えた。 「おい。KIDの予告日知ったの、今だろ。」 「ああ。そうだった。これじゃ言い訳にならねーな。他の言い訳考えねーと。」 快斗のツッコミにククッと新一は笑う。 快斗はそんな新一の態度に思わず閉口してしまった。 お気楽・・・とまではいかないが。 この世の中を舐めている。 まったく、もっての危険因子だ。 「工藤、あんまり舐めてたらいつか命落とすぞ。 この世には殺人を笑ってする人間だっているんだぜ。」 「あ、ちょい待ち。電話だ。」 説教をしようとした快斗の口に人差し指を当てて、空いた方の手で携帯を取り出す。 バイブ設定にしていたのだろう。音は聞こえなかった。 「はい、工藤ですけど。迫田さんですか?」 新一の口から発せられた名前に快斗は目を見開く。 迫田・・とは快斗が予告状を送りつけた相手。 すなわち宝石のオーナーだ。 「ええ。今からですね。はい。それでは。」 新一はピッと電話を切ると、それをポケットに突っ込んでスクッと立ち上がる。 「黒羽、悪いけど蘭に遅れるって言っといてくれねーか? 家は分かるだろ。宮野の家の隣だし。」 「嫌だね。」 「はぁ?」 「毛利さんには今から連絡をいれる。そして、俺も行く。」 「何言ってるんだよ。相手は殺人犯だぞ。」 「だったらなおさらだよ。俺、こう見えても腕には自身あるし。 それに女1人で行かせられるか。」 女という単語に新一は“ああ、そっか”と内心で納得した。 たしかに今の状況なら、自分が逆の立場でもついていく。 そう、今、自分は女なのだから。 「分かったよ。」 新一はポケットにしまった携帯電話を再び取り出すと、 渋々蘭へ連絡をいれるのだった。 |