教室に戻ると、見慣れない顔が増えていて“あれ?”と新一は首を傾げた。

隣のクラスの女子だろうか。

茶色い髪を肩の上あたりで切りそろえて快斗たちに混じって話している。

新一が少しだけ離れて様子をうかがっていると、蘭が気が付いたのか「新。」と声をかけた。

 

―あかつき―

 

「あ、彼女が噂の。ほんと、美人じゃない。」

「彼女、鈴木園子さん。私たちと同じクラスなの。」

「こんにちは。工藤さん。蘭とは仲良くさせてもらっているの。

 あっ、私のことは園子でいいから。よろしくね。」

 

そう言って園子は右腕を差し出そうとしたが、新一が怪我しているのに気がついて慌てて左手に返る。

新一はそんな気遣いに感謝しながら自らも左手を差し出した。

 

だが、園子はしばらく驚いたようにその手を離さない。

それに戸惑い新一は不思議そうに彼女の顔をのぞき込んだ。

 

「えっと、鈴木さん?」

「園子だって。・・・それにしても細いはね。」

「へ?」

「う〜ん。これは花火大会に誘ったら男をすべてとられるかも。」

「もう、園子。新が混乱してるわよ。」

 

手を離して推理ポーズをとる園子に蘭が苦笑を漏らす。

 

「どういうことだ?」

「今週末にこの地区で花火大会があるんですって。そのお誘いにこっちに来てたのよ。」

 

蘭はそう言うと、園子が手に持っていたチラシを新一へと渡した。

そのチラシには一面に花火の写真があり、日付と場所が示してある。

言われてみればこれに似た張り紙を町内の電信柱で見かけたような。

新一はそう思いながらじっくりとチラシを眺めた。

 

「園子のお父さんがスポンサーでね、当日は出店も出るし、

 みんなで行くのもいいかな〜って思ったのよ。ねぇ、和葉ちゃん。」

「浴衣も久々に着たいしなぁ〜。」

 

「浴衣ね・・・。」

和葉の言葉に新一は少々表情を濁す。

浴衣といえば、やはり女物を着用しなければならないのだろうか。

そんな考えが浮かんで新一は頭をブルブルと振った。

 

しかし、新一が葛藤しているうちに話はどんどんと進んでいく。

園子は手帳に参加者の名前を書いてフフッと嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「黒羽君たちも行くし、人数は10人くらいかな。

 それにしてもそのうち男3人なんて。まぁ、逆ナンしてもいっか。

 工藤さんあたりが微笑めば一発だしね。」

 

「園子ちゃん、それ洒落にならんわ。」

 

「やっぱ、効果絶大なの?」

 

「悩殺ものなんや。ほんまに。同姓のうちらでも敵わんし。」

和葉は自宅で安心しきったときに見せる新一の笑顔を思い出しながら

慌てたように園子を規制した。

それに、園子は納得したように頷く。

 

「ちょっと待て。いつ、俺が行くって言ったんだ?」

「それがなぁ〜。浴衣、もう送ってきてあんねん。」

「は?」

「有希子さんから、夏祭りがあるやろうから、浴衣写真もバッチリ頼む、言われて。」

 

平次の手の中で揺れるデジカメ。

相変わらずの手回しの良さに我が母親ながら新一は一種の関心を覚える。

 

どうして高校になって女物の浴衣を着るんだ。

そう内心叫びたいが、さすがにそれもできず、新一は重々しくため息を付くだけだった。

 

「てわけで、待ち合わせ場所はあとでメールするわ。じゃあね。」

 

遅れないでね。と付け加えて園子は蘭たちと教室へ戻っていった。

 

 

 

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新一は枕元の時計を眺めてふーっと軽くため息を付きベットから体を起こした。

時刻は夕方の5時。待ち合わせは6時に学校近くの時計台だったから

そろそろ準備をし始める時間だろう。

耳を澄ませば、蘭や和葉が髪型について話している声が聞こえた。

 

「2時間くらい寝てたのか。」

 

遅めの昼食をすませて昨日買った単行本を読むためベットに寝ころんだことまでは覚えている。

新一は側に転がった単行本を本棚に片づけると少しぼさぼさの髪を手櫛で整えた。

そして鏡の前に立ち女のままの姿に再び軽くため息を付く。

 

せっかくの休日なのに、男に戻れないなんて。さらには女物の浴衣で出歩くとは。

 

まったくついていないと思う。

 

部屋の隅に視線をやれば、昨日渡された浴衣がハンガーに掛けられていた。

 

淡い紫色に、ふんわりと花が咲いたような模様の浴衣。

それに誂えた黄色い帯は、そういうことに疎い新一が見ても十分に立派なものと分かる。

 

「きっと手作りだろうな。服部のおばさん、得意だったし。」

 

下地を身につけるとハンガーから浴衣をとり、手を通した。

浴衣の類は幼い頃から頻繁に身につけていたので着付けは簡単にできる。

最後に帯を巻いて、形を整えると準備は万端だ。

 

くるっと鏡の前で型くずれがないか確認する。

それと共にふわりとゆれる長い黒髪。

さすがの新一も長い髪を整えることはできなくて

あとで蘭たちに頼もうと決め、再び単行本を本棚から取り出すと机に座った。

 

クーラーをいれている自室では浴衣もそれなりに快適だが外に出れば暑くてたまらないのだろう。

そんなことを思うと、どうも出かけるのが億劫になってくる。

新一は小説を少し読むと、今日は気分が乗らないとそれを机にすみにおいた。

 

そして、何とはなしに机の引き出しを空けて、家宝を手元へ取り出す。

数百年もの昔から輝きを失わない宝石。これを巡って争いは耐えないけれど。

「おまえも俺と同じなんだよな。」

周りから大切にされているけど、結局は疫病神でしかない。

 

新一はそんな自分の考えに自嘲めいた笑みを漏らすのだった。

 

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部屋を出て、準備を終えた蘭たちに髪を結ってもらうと四人そろって隣へと向かった。

 

「宮野、準備できたんか?」

「ええ、今行くわ。」

 

チャイムを押して平次が声をかけると黒の浴衣を着た志保が顔を出した。

 

「博士、行ってくるわね。」

「うむ、気を付けるんじゃよ。祭りは柄の悪い連中も集まるからな。

 知らない人に声をかけられても決して付いていっては・・・。」

「博士。私、高校生よ。」

 

玄関口で心配そうに小言を述べる博士に志保は苦笑を漏らした。

それに博士は恥ずかしそうな表情で頬の下顎あたりをポリポリと人差し指で掻く。

志保が友達と出かけることは本当に久しぶりだったからついつい、心配してしまったのだ。

 

「そうじゃな。じゃあ、志保君を頼んだぞ。」

「おう、まかしときー。土産もぎょうさん買ってくるさかい、楽しみにしとってや。」

 

平次の言葉に博士は嬉しそうに頷くと、ゆっくりと家の中へと戻っていった。

 

「それにしても宮野さん、すごく似合ってるね。」

 

カランカランと下駄の音を響かせながら、5人は裏路地を進む。

 

「ありがとう。毛利さんも素敵よ。もちろん遠山さんも。」

「「ありがとう。」」

 

確かに志保の言うとおり、蘭も和葉も日頃からは想像がつかないほどに上品で清楚に見えた。

和葉は黄色地の、蘭は紅色の浴衣でどちらも落ち着いた中に風情のある柄である。

ちなみに平次は、黄土色の浴衣。彼曰く父親のお下がりだとか。

 

「渋くて良いじゃない。」

 

「そんなことないで。おかん、女物の浴衣は喜んで作りおったくせして

わいのは作り忘れとった、言ってるんや。」

 

「それでもお母様が気遣ってくださるだけでも幸せでしょ。」

 

志保はそう言ってクスッと小さな笑みを浮かべる。

それに和葉と蘭は思わず顔を見合わせて、すぐに前を歩く志保を見た。

博士に引き取られた彼女の両親については、今まで聞いたことはない。

もちろん気にはなるけど、彼女の小さい背中が言葉を拒絶しているように見えて

蘭と和葉は言いかけた言葉を飲み込むしかなかった。