時計台の側まで行くと、すでにメンバーは集まっていた。

青子は碧の浴衣、園子は蒼、紅子は紺色と本当によく似合っていて

“日本人はやっぱり浴衣やな〜”とつぶやく平次に

和葉が“爺くさいで”と隣でツッコミをいれている。

ちなみに快斗は藍色の浴衣を、白馬は焦げ茶色の浴衣をそれぞれ

これまた格好良く着こなしていた。

 

 

―あかつき―

 

 

「これで全員集合ね。それじゃあ行きましょうか。」

 

特に列を帯びることなく祭り会場である神社へと向かうと、

だんだんと浴衣を着ている人々が目に付く。

もちろん洋服もいるのだが、圧倒的に浴衣のほうが多く

中には腕を組むカップルや親子も見かけられた。

チラシどおりに多くの出店が並び、

人々は花火までの時間を思い思いに楽しんでいる。

 

 

「ここの恋みくじ、すっごく当たるのよ。」

 

出店をのぞいている途中で、青子がそう言って蘭たちを誘った。

青子の話によれば、地元のタウン誌にデカデカと特集されていたそうで

そこに書かれていたことを参考にした女子高生が何人も彼氏づくりに成功したとか。

 

「そうなの、ねぇ、園子。どうする?」

「もちろん行くに決まってるじゃない。」

 

彼氏がゲットできると聞いて、園子の目つきが途端に変わる。

もちろん、和葉も興味津々と言った様子で、うんうんと頷いていた。

 

「なんや、和葉。気になる男でも、もうできたんか?」

「何?平次。うちにヤキモチやいてん?」

 

驚いたように和葉を見る平次に和葉は意地の悪い笑みを浮かべる。

それに、平次は特に慌てた様子もなくフンッと鼻で笑った。

 

「んなことあるか、アホ。

 ただ、俺らはそんなこと興味ないから行きとう無いって言ってるんや。」

 

「あ、そこって確か、男の人と行くと行けないらしいよ。

 特に好きな人や彼氏と行くと、一生、友人関係になっちゃうって。」

 

青子は思いだしたように手を叩くと、快斗の姿を探した。

しかし、彼の姿どころか紅子や志保、それに白馬の姿も見つからず

軽く首を傾げる。

 

「快斗たちは?」

 

「そういや、おらんな。まぁ、とにかく行って来いや。

 待ち合わせ時間決め手落ち合えばええやろ。黒羽たちには俺が伝えとくし。」

 

「それじゃあ、30分後にこの場所ね。よろしく服部君。」

 

園子はそう言って時計を確認する。

そして、早く早くと蘭たちを促した。

 

「なんや、工藤は行かんのか?」

「喧嘩売ってるなら買うぞ。」

 

となりに立って彼女たちを見送る新一に平次はククッと笑みを漏らす。

おそらく彼女たちと恋みくじで騒ぐ新一の姿でも想像しているのだろう。

それがすぐに分かって、新一は思いっきり平次を睨み付けた。

 

 

「冗談や。ほな、久々にゆっくり出店でも回るか。」

「おう、手始めに射撃な♪」

 

おそらく先ほどから目でも付けていたのだろう。

意気揚々とそうつぶやいて微笑む新一に平次は苦笑を漏らすしかなかったのだった。

 

 

 

「おい、工藤。その辺にしといたほうが・・・。」

 

「だって、全部落としたら特別景品がもらえるんだろ?もう少しじゃん。

 おまけに、料金もタダになるんだし。そうだよね、おじさん。」

 

新一は日頃から想像も付かないような柔らかな声をだし、

にっこりと屋台のおじさんにほほえみかける。

 

もちろん平次としては、商売あがったりになるであろうおじさんを

心配して助け船を出したのだが、新一の笑顔にすっかり絆されて

おじさんはへラッと口元を歪めて頷くしかなかった。

 

「そうだぜ、お兄さん。こんなかわいい彼女の願いぐらい聞いてやらないと。」

「まったくその通り。おじさんも本望だろ。」

「くっそー。俺がもう少し早くで会ってたならなぁ〜。」

 

いつの間にか射撃の周りには、ギャラリーが集まっていて、

その中の数人が平次の規制の声に、茶々を入れた。

 

「はぁ?服部が俺の彼氏?」

「え、カップルじゃないの?」

「違うに決まってるだろ。なんで俺が男とつきあわなきゃなんねーんだよ。」

 

最後の男の言葉に新一はぴくりと反応して迷惑そうに眉を寄せる。

平次はあくまで気を許せる友人であるが、

それ以上の感情を持ち合わせたこともないし考えたこともない。

 

それに・・・

 

「こいつには彼女、いるし。」

「はぁ?工藤。誰やそれ。」

 

言われた平次が一番驚いた顔をして、それに新一は“相変わらずにぶいなぁ〜”と

苦笑を漏らす。(もちろん、新一も人に言えた義理ではないが・・・)

 

「じゃあ、俺、彼氏に立候補しよっかな。」

「ちょ、待てよ。なぁ、俺なんてどう?これでもスポーツで全国的に有名人。」

「いーや。ぜひ俺と。」

 

急にあわただしくなった周りに新一は思わず平次を見る。

そんな新一に平次は呆れたようにため息を付いた。

 

「工藤。射撃は終わりや。」

「は?」

 

「はよ、逃げんと着ぐるみ剥がされるで。おっちゃんこれ、代金な。」

「おい、服部。」

 

今にも喧嘩になりそうな状況になってきたため、

慌てて平次はポケットから小銭を取り出し屋台の台におく。

そして、新一の腕を掴むと一目散に走り出した。

 

「あ、逃げた。」

「ちょっと、名前だけでも!!」

「待ってよ。彼女。」

 

途端に集まっていた集団が群を成し、後ろから追いかけ始めて

新一は訳が分からないながらも、とりあえず全力で走る。

一体全体どうしてこういう状況になったのか・・・。

 

 

時間が遅くなったためか、人通りも多くなり、

自然と平次が掴んでいた手も人混みに紛れて離れてしまった。

 

「く、工藤!!」

「後でな。」

 

新一はもちろんその場で平次の手を取ることも可能だったけど、

再び恋人同士と間違われるのはゴメンだと、わざと反対方向に向かって走り始める。

慌てて追いかけようとした平次も、あまりにも多い人数に圧倒されて

あきらめたようにため息を付くしかなかった。

 

 

 

 

どれだけ走っただろうか。

屋台を抜けて、近くの雑木林に走り込み、追ってくる集団の気配が消えたとき

気が付けばずいぶんと離れたところまできていた。

 

祭りの祇園囃子も聞こえず、耳に届くのは虫の声と木々のざわめきだけだ。

その雰囲気はどこか、故郷を思い出させて、

これだけの大都会にもこんな場所があるのかと

新一は切り株に座り、木々の合間に見える夜空を見上げながらそんなことを思った。

 

走りすぎたせいか足が少し痛む。

新一はそこで下駄を脱ぎ、露で濡れた若草の上に素足でたった。

ひんやりと冷たい感触は心地よく、足の疲れをとってくれる。

 

再び周りを見渡せば、見えるのは自分をありのままの姿で感じてくれる

優しい木々や星空が広がるだけだ。

そう思ったら、ふと後ろに思いっきり倒れてみたい衝動に駆られた。

 

 

よく、テレビや映画である、草の上に大の字でバタンと倒れるように。

もちろんテレビなどは、丘の上で、周りは草しかないけれど

ここには切り株や石ころもあって、決して倒れるには良い場所ではない。

多数の木々が混生しているため、光が届きにくくこけが生えているほど。

加えて、新一の今の姿は浴衣だ。

 

 

だけど、そのような考えをすべて捨てて、新一は思うままに体の力を抜く。

後ろに大きな切り株があって、それで頭を打って死んだらそれはそれで

その程度の人生だったのだ。

 

ゆっくりと体が傾いていくのを感じながら新一はそんな自分の思いに苦笑を漏らす。

 

死にたいのか・・・俺は。

 

やってくるであろう痛みに新一はスッと目を閉じた。

 

ドサッ

 

「セーフ。」

 

新一はゆっくりと目を開ける。

 

「・・・間抜け面、発見。」

「工藤、それは無いだろ。」

「いや、ありがとう。」

 

眼前に広がった快斗の心配そうな表情に、新一は心の闇が消えていくのを感じた。

 

 

そう、どこかで願っていた。

彼が助けにきてくれることを。

 

「おまえって期待通りだな。」

 

ヨッと快斗の腕の中から起きあがって乱れた浴衣を軽く整えると

苦笑しながら快斗を見る。

それに快斗はいぶかしそうな表情を作った。

 

「まさか、俺が来ると思って倒れたの?」

「いや、それは予想外。でも期待通り。」

「工藤さん、日本語しゃべろうね。」

「まぁ、いいだろ。それよりどうしてここに?」

 

自分が倒れ込もうとしていた場所を眺めながら新一は尋ねる。

そして、倒れ込もうとしていた場所には小さな石ころしか転がっていなかったと

分かって、フッと軽く息を付いた。

 

「工藤。今、何時?」

「えっと、俺、時計もってねーな。」

 

浴衣をめくって右手首を見る仕草をしながら新一は思いだしたようにそう口にする。

 

「あのさぁ。言いたくないけど。」

「なら言うな。」

「いえ、言わせてもらいます。

 待ち合わせして時間を決めたなら、時計持ってないと意味無いと思うんですけど。」

 

そう言って快斗は浴衣の袖から懐中時計を取り出す。

そして、待ち合わせ時間から15分過ぎていることを示した。

 

「今、みんなで工藤を捜索中。」

「ご苦労様でした。」

「工藤。頭打った?」

 

ペコリと頭を下げる新一に快斗は思わず目を点にしてしまう。

いや、もちろん点などにはならないのだが、

それほど新一の行動はどこか間が抜けていたのだ。

 

「なぁ。黒羽。あいつらに連絡とれる?」

「そりゃ、携帯電話という便利なものがこの時代にはあるからね。」

「黒羽の話し方のほうがおかしいぞ。」

「工藤に感化されているんです。」

 

お互いにいつもろは少しずれた口調で会話を進める。

だけどそれが少しだけ楽しくて。

新一と快斗は顔を近づけると、ククッとのどの奥で笑いあった。

 

快斗が袖から取り出した携帯電話を奪って

新一は、なれた手つきで蘭に電話をする。

 

隣で快斗が“工藤の携帯は?”と聞いてきたが、すっぱりと無視をした。

 

「あ、俺。」

 

『ちょっと、どこにいるのよ。みんな心配してるのよ。

 携帯電話は切れてるし。』

 

「花火、黒羽と見るから。」

 

『・・・まぁ、とにかく黒羽君と一緒なのね。』

 

「ああ。じゃあ、みんなによろしく。」

 

『はいはい。あんまり彼に迷惑かけないようにしなさいよ。』

 

快斗はぼんやりと新一の電話での会話を聞きながら

ある言葉に“エッ”と目を見開いた。

 

 

花火、黒羽と見るから。

 

 

聞き間違え出なければ新一はきちんとそう言ったはずだ。

もちろん快斗としては、この後花火の絶景場所に誘う予定でもあったので

まさにタナボタ状態である。

 

「黒羽。携帯、サンキュウ。」

「あ、いいけど。それより工藤、花火って。」

 

携帯電話を受け取りながら快斗はおそるおそる声をかける。

それに新一は“ん?”と首を傾げて微笑んだ。

 

「俺からのお誘いは貴重なんだぜ。」

「喜んでお受けします。」

 

今の表情反則だよ・・・工藤

 

先を歩き出した新一に“絶景ポイントはこっち”と声をかけて

快斗は新一の手をさりげなくつなぐと歩き始める。

 

そして新一がその手を振り払うことはなかった。