『人間に使われるとは滑稽なものだな。』

 

ソウは百夜の攻撃をかわしつつ、ニタリとその口元を緩めた。

その意味が解せ無いとばかりに百夜は鋭い瞳をさらに細める。

真意はなんであるのか。ソウの言葉の裏側にある何かを読み取ろうとするように。

 

 

 

―あかつき―

 

 

「白夜、気にしたらあかん。」

『うん。』

 

緩みそうになった気を、和葉の一言で引き締めると、

隣にいつの間にか居たヤタガラスが呆れたようにため息をついた。

 

これだから若い奴は・・と言いたそうな視線に、白夜はバツが悪そうに目を背ける。

 

 

「ソウ、とか言うたな。おまえかて、ジンに使われとるやないか。」

 

 

鬼の力で強化された右腕で殴りかかるが、それはあと少しのところでかわされた。

だが、平次の一発はただの殴打ではなく、その風圧もともに相手へ浴びせることができるもののため、

かわしたものの、ソウは壁へと打ち付けられる。

 

そんな己の醜態に、ソウはギリッと奥歯をかみ締めた。

 

『ジン様に使われている気は毛頭無い。互いの目的が一致した、それだけのこと。それに。』

 

ゆるりと立ち上がったソウが、大きな尾を振り、

真紅の炎の塊をヤタガラスや百夜とは違う方向へと放つ。

その方向には、彼らの大事な主がいることは百夜たちも既知のことで。

 

思わぬ攻撃に目をつぶり身構えた蘭や和葉だったが、衝撃はいつまでたっても来なかった。

 

「ヤタガラス!」

「白夜!!」

 

おそるおそる目をあければ、炎を受け止めた二匹の姿があり、

蘭たちは慌てたように横たわる傷ついた彼らに近づく。

 

白夜は相手の身体を支配することを、ヤタガラスは偵察を得意としておりどちらも実戦型ではないのだ。

もともと平和な村であったからこそ、戦うことなど誰も教えては来なかった。

 

そんな彼らの姿に、ソウは楽しげに鼻を鳴らす。

 

『自分の身も守れぬ人間などに仕えるからそうなるのだ。』

「相変わらずムカツクやっちゃな!」

 

『憑依されているからといっても、所詮、半分は人間。

 さきほどは油断したが、何度も通用すると思うなよ。小童。』

 

繰り出された蹴りと風圧を見事によけると、ソウはテーブルの上に音も無く降り立った。

圧倒的な力に、平次は内心で舌打ちをする。

 

身体の中で鬼が落ち着けと自分に語りかけてきているのが分かった。

自分を幼いころから共に見守り続けてくれた彼の言葉が直接的に流れ込んでくる。

もう、言葉を交わすことはできない彼の、テレパシーのような音が。

 

 

父の平蔵に引き合わされた鬼は、2歳の平次にとって、良き遊び相手でもあった。

一人っ子の彼は、鬼を兄のように慕い、彼と共に身体を鍛えたといっても過言ではない。

鬼は全ての知識と力を言葉と手本という形で己に惜しみなく分け与えてくれた。

 

鬼の姿は人とは違う。

鋭い角に大きな口からは牙が光、目は深い血の色をしていた。

村人は平次と鬼の姿を見ると、ゾッと顔を青くして逃げていく。

だからこそ、平次には和葉たちに出会う前、友人など居なかった。

 

鬼はそんな平次を不憫に気遣ってくれたが、

平次としては鬼と居るほうが楽しかったため、彼の気遣いを首を振って拒否した。

いつも共に居るのだと、いつしか自分の身体の一部のようにも感じていた。

 

『平次。頼みがあるんだが。』

 

平次が5歳になったころ、鬼は修行の手を休めて平次の肩に手を置く。

何事だろうかと平次は幼い澄んだ瞳で鬼を見上げた。

 

6歳になるまでに、服部家の人間は鬼を取り込まなければならないということは知っているな?』

 

「おとんがそんなこと言うとったな。・・・でも、兄貴は嫌や。」

『平次・・・。取り込まなくてはおまえが死ぬんだぞ。』

「兄貴がおらんくなったら、わいは死ぬ。どっちにしても同じや。」

 

『そんなことは無い。おまえには遠山家や毛利家の友達もできた。

 それに、創始様のご子息、新一様をお守りしたいのだろう?』

 

鬼の言葉に平次はウッと言葉をつまらせる。

先日、引き合わされた蒼い瞳の少年。

彼を見た瞬間に、平次は今までに無い感情が胸の中で膨れ上がるのを感じた。

 

血が、魂が、彼を守るのだと、煮えたぎっている気がするほどに、彼の存在はとても愛おしかった。

 

「けどっ。兄貴を食らうなんて出来るわけない!」

『別に食われるわけではない。共に在る。それだけだ。』

 

大きな鬼の手はゴツゴツしていて爪も長い。

それでも、易しく頭を撫でる手が暖かいことも平次は分かっていた。

 

『ずっと、傍に在る。それを忘れるな。』

 

 

 

 

 

「わいは負けん。おまえなんぞに負けるはずがない。」

『先ほどの攻撃が効かないとしても?』

 

「守るもんがおるっちゅうのは、弱点にもなる。けどな、最大の力をくれるんや!

守りたいもんのない欲だけの生き物にわいらが負けるはずがないん。

百夜、ヤタガラス。いつまで寝てるつもりなん。おまえらかて上位の式神やろ。

主人1人守れんと、そのまま朽ちるつもりか!?」

 

 

『言われなくとも分かっておりますよ。』

『俺だって猛烈に怒ってる。ご主人に手を出した代償はでかいよ。』

 

和葉と蘭の手を振り切って、二匹はソウに向けて地を蹴る。

全ての力を注ぎ込み、死を恐れることの無い心に、付け入る隙などあるはずもなかった。

 

「これで終わりや!ソウ!!」

『無防備な!火達磨にしてくれる。』

 

大きな地獄の炎に怯むことなく3人は一斉にその炎を突き破ってソウに力をぶつける。

たとえこの身が朽ち果てようと、主を守るが式の勤めだから。

 

「ヤタガラス!服部君!」

「白夜!平次!」

力と力の拮抗に、大きく博士の屋敷が揺れた。

 

 

 

 

狸と狐の争いは、御伽噺のような化かし合戦だと志保は思った。

狸が作り出した幻術の竜と、狐が作り出した虎が戦い始めて10分は経つ。

あるいみ虎の威を借る狐状態だ。

そしてその幻術を生み出している彼らはといえば、

ただ黙って術に集中しているのみで、身体を動かす気配は無かった。

 

最初は術に集中する博士を倒せば良いのではないかとも思ったが

そのためには竜と虎の争う中を歩かなければいけない。

それだけは絶対に無理だし、下手に動くと天孤の邪魔になる可能性もあり

志保はどうにも動けずにいた。

 

虎と竜の力は均衡のようで、どうにも決着がつく雰囲気は無い。

というより、天孤の真意は、どちらかというとただの時間稼ぎのようにもみえた。

いくら幻術とはいえ、天孤の力ならば、狸の作り出した幻術くらい

その長く美しい尾の一本で吹き消せるような気がする。

それなのに、わざわざ己も幻術を作って、戦わせているような・・・。

 

――博士を殺さない気なのかしら?

 

志保は眉間にシワを寄せて、天孤を見る。

だが天孤にその真意を問うことなどできる状態ではなかった。

 

もし、天孤が志保の奥底にある気持ちを、

まだ博士を家族のように感じている気持ちまでも汲み取っているのならば。

 

――なんで、そこまで?

 

天孤は自分に返すべき恩があるのだという。

それがなんなのか、志保には分からない。

けれど、今は動かずにただ天孤の好きなようにさせよう。

志保はその場にしゃがみこむと、天孤の背中をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヌビス、攻撃を避けろ!」

 

無謀な特攻攻撃をしようとしていたアヌビスは

言葉のままに身体を翻しパンドラの攻撃を避けた。

狭い屋敷に響いた澄んだ声に、ベルモットは嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。

そして軽くその新参者に会釈をしてみせた。西洋式に優雅に。

 

「待っていたわ。次期創始殿。」

 

どうしてここに?と驚く一人と二匹に、新一は前髪を掻き揚げて視線をチラリと背後へ向ける。

入り口の隅にちょこんと、KIDの鳩が所在無さ気に小さくなっていた。

 

 

「ペド!おまえが呼んだのか!?」

KID、身体を動かせ。おまえにベルモットの術は効いていない。」

 

新一の言葉にようやく指先に力が戻り、

KIDは立ち上がるとフォルスを抱き上げ急いでベルモットとの距離をとる。

そんな彼らの新一もまた近づき、傷ついたフォルスに手をかざした。

 

「っつ・・・。」

『新一様!私は大丈夫ですのでおやめください。』

 

辛そうに歪む新一の顔に

フォルスがその手を翼で払おうとするが蒼く鋭い瞳に睨みつけられる。

 

「このくらい大丈夫だ。弱ってるのに生意気言うんじゃねぇよ。」

 

『すみません。』

 

回復した身体を起こして、フォルスは頭を垂れた。

その小さな冠羽を新一は優しく撫で、ついでそのままKIDにきつい視線を注ぐ。

 

どうして置いて行った?瞳だけでこれだけ言葉を雄弁に語られるのは彼くらいだろう。

 

そんな彼に、KIDは新一を繋ぎとめてくれるはずの、年配者・・

もとい3家の親達と彼の両親に、役立たずと内心で愚痴ることしかできなかった。

 

 

「そろそろ本題に戻っていいかしら?」

 

どうにもペースを崩され、不機嫌気味のベルモットがイライラしながら髪を掻き揚げる。

その隙にアヌビスもベルモットから距離をとり、新一のそばへと駆け寄った。

 

『新一、いいから戻れ。』

「喧嘩売ってるのか?アヌビス。俺はそんなに柔じゃねぇよ。」

『だが、ジンの狙いはお前なんだぞ。』

 

「だからって守られてばっかりなんて御免なんだよ。KID。おまえなら分かるな?」

 

なおも言い募るアヌビスをあしらって、新一は隣に立つKIDを見上げる。

そんな仕草にKIDは降参とばかりに重々しくため息をついた。

 

「あの時のように共に戦いましょう。ただし約束は守ってくださいね。名探偵。」

「もちろんだ。おまえも約束を守れよ。」

 

KIDは軽く頷いて、誓いとばかりに新一の額に口付ける。

 

「貴方と共に生きるために。」

「ああ。」

 

KIDの言葉に満足げに頷きながら新一もまた彼に力を補強すべく、深く口付けたのだった。