人は人の世に。式神は式神の世に。 ならば、ジンはどこに返すのだろう。 彼は人でも式神でもない存在。ある意味、自分と同じ。 ベルモットの手の中に鈍く輝くパンドラを新一は寂しげに見つめた。 兄様・・と心の中で呼びかけながら。 ―あかつき― KIDのトランプ銃がベルモットの美しい髪を切り、 アヌビスとフォルスの風が彼女の黒い振袖を引き裂いた。 腕が一本中に舞うが、彼女は気にした様子も無く、一斉に仕掛けられる攻撃に何とか耐える。 ベルモットの最大の武器は、相手の身体を動かなくする瞳。 だが、新一の言霊の前ではそれが功を奏さないことくらい彼女も分かっているのだろう。 いつの間にか取り出した拳銃を撃ち放った。 もちろん、それは攻撃の手を邪魔する程度のもので、式神相手にはただの玩具でしかない。 だが、不思議と彼女の表情に焦りはなかった。 「いい加減、諦めたらどうです?」 「つれないこと言わないでよ。KID。それに、若君は別のことをお考えでなくて?」 手の無いほうの肩を、健在な右手で押さえ、 ベルモットは足元をふらつかせながら少しだけ後方に下がる。 向けられた視線は何かを察しているようで、新一は奥歯をかみ締めた。 「新一?」 「ベルモット。パンドラを渡せ。」 ベルモットに焦りが無いのが新一の考えに関係があるのだとしたら。 KIDは何か不安にも近い感情を覚えて、彼へと視線を向ける。 だが、新一はKIDの問いかけに答えることなく、その右手を伸ばした。 言霊の力は生きとし生けるものに通じる。 それは式神とて同じ。 けれど、パンドラを手にした彼女は力を増していて言霊の効力は無い。 なのに、ベルモットは従うようにパンドラを新一の手の上に置いた。 「クッ・・アっ。」 「新一!!」 『何してんだ。んな毒をもつなんて。』 『その石にはジンが・・。』 焼けるような痛みに新一は思わず膝をつく。 それでもパンドラを放す気は無いらしく、必死で胸元に抱え込んだ。 「ふふっ。ジン様を感じるでしょ?大切な兄を貴方が見捨てれるはずはないわ。」 『兄?ふざけるな。こいつが、シンに何をしたか忘れてるはず。』 「それでも、兄は兄。彼は天性のお人好し。そうじゃなくて?KID。」 向けられた視線にKIDはギリッと手を握り締める。 ベルモットの言葉に頭の中をかすったのは、快斗ではなくカイの記憶だった。 ++++++++ 夕暮れの道。 まだ、2人でよく遊んでいた帰り道だ。 烏が無き、帰る時間だと幼子に告げる。 そんな声に導かれるよう、手を繋いで幼いカイとシンは歩いていた。 「シン。あれ。」 「あ・・。」 道端に倒れこんだ少女は不思議な髪の色をしていた。 夕焼けが当たっているためか、その輝きは金色にも見える。 村にはそのような少女がいるはずもなく、 シンとカイは視線を交わし小首をかしげつつもそんな少女に駆け寄った。 「どうしたの?」 カイが声をかけると、ビクっと少女は肩をこわばらせる。 そして何かを護るように咄嗟に小さな生き物を背後に隠した。 「この子は渡さないわ。」 「この子って。」 強く睨みつけてくる瞳も、村人とは違う色をしている。 彼女の怯えを含んだ表情にカイは自分もそして隣に立つシンも 瞳の色は村人と違うのだから、恐れることは無いのにと思った。 『おや、これは珍しい。狐ですね。』 『式神界から間違って出てきちまったのか?宿木も無けりゃ、数日も持たねぇのに。』 いつの間に出てきたのか、カイの式であるアヌビスとフォルスが 興味深そうに少女の隠した生き物を見つめる。 言われてみれば、衰弱した幼い狐は、虫の息で。 今に死んだとしても不思議ではない状況だった。 『それに、この娘もやつれている。生気をおくったのか?』 「知らないわ。私はただ、この子に元気になって欲しいと願っただけ。 村の子たちに追われて、傷ついて・・・。」 「自分と同じだから?」 今まで黙っていたシンが少女の前にしゃがみ込む。 シンの言葉に少女は驚いたように大きく目を見開いた。 「同じ色だよね。その狐と君。」 違う髪の色、瞳の色に苛められることには慣れたはずなのに。 それでも、化け物と罵られることが辛くないわけじゃない。 同じように道のはずれで苛められているこの子狐を数日前に見つけたとき 少年の言うように思ったのは確かだ。 この狐は、自分だと。 「何よ。貴方だって気味悪いって言うの?」 少女のそんな言葉にシンはゆっくりと首を振る。 「それを言うなら僕の目もカイの目も、村人とは違うよ。」 「そうそう。それに君の瞳も髪も綺麗じゃん。柔らかくて俺は好きだな。」 『天性のタラシだな。』 『5歳児でその台詞。まったく、我が主ながら・・・。』 呆れる式をカイが睨みつけると、シンはその隣でクスクスと笑った。 2匹と2人のそんなやり取りを眺めながら、少女はふと、気づく。 今まで気づかなかったが、式を使役する少年を彼女も噂で聞いていた。 そして、村から追い出された、蒼い瞳の少年のことも。 「貴方は・・・創始様の子供?」 「うん。だから、その狐を元の世界に戻せる。」 「・・・分かった。」 少女は安心したように腕の中の子狐をシンに渡した。 手渡される瞬間に、シンは少女に自分の力を送る。 これでも子狐に何日も力を送り続けたのだ。力が弱まっているに違いない。 生気とは生きる力。 尽きれば待つのは・・・死のみだから。 「ちゃんと返す。もとの世界に。式神は式神の世に。人は人の世に。」 「ありがとう。」 少女は子狐の額にキスを落とすと村へと走っていく。 その後姿を2人と2匹は黙って見送った。 それから向かったのは村はずれの湖。 音も無く静寂という空間に押しつぶされそうになるほどの空間だ。 シンは弱った子狐に力を注ぎ、そっと湖の淵に置いた。 「シン?ここで良いの?」 「うん。真実の審判をこの湖がしてくれるから。」 ずっと一緒に来ていたはずのアヌビスとフォルスは 現れた時と同様に、その姿をいつのまにか消している。 不思議そうに周りも見るカイにシンは軽く笑って見せた。 「式神はここが苦手なんだよ。カイ。」 「え?」 「全ての世で一番偉い人がここの湖には居るんだって。だから畏れてるんだ。」 「なら、その狐は・・・。」 「大丈夫。僕達がお願いすれば、偉い人も怒らないよ。」 シンの言葉にカイは頷いて一生懸命お祈りする。 あの少女の思いが届くように。子狐の式神が世界に返れるように。 すると、湖が輝きだし、柔らかな光が子狐を包み込んだ。 そしてその光が消えた時、そこに狐の姿は見当たらなかったのだった。 「帰ったんだね、元の世界に。」 「そう。式神は式神の世界に。」 「シン?」 どこか寂しそうな横顔にカイは軽く首を傾げる。 「ねぇ、カイ。僕はどこに居ればいいんだろう。」 言霊の力を持った自分は人でも、式神でもない。 ならば自分の世界は・・・。 俯くシンをカイは思いっきり抱きしめた。 何の言葉をかけて励ませば言いのか、カイには分からない。 ただ、寂しそうなシンの顔を見ているのは辛かった。 「シンは俺の隣。ずっと傍に居ればいい。」 「カイ・・・。」 「だから、そんな寂しいこと言わないでよ。」 「うん。ありがとう。そっか・・カイが僕の世界なんだね。」 「そして俺の世界はシンだよ。」 「じゃあ、兄様は・・。」 「え?」 「兄様は、どこに居れば良いのかな?」 ++++++ 「新一。おまえ・・・。」 パンドラを抱きしめる新一に快斗は恐る恐る声をかけた。 思い出した記憶の中の彼は、自分を死に至らしめた兄の存在をどこかで気にかけていた。 少なくとも幼いころは。彼が異端の存在だと気づき、それをどうにかしようとしていたのだ。 その気持ちがもしも今も消えていないのなら。 そのことをベルモットが知っていたのなら。 「快斗。俺はジンと同じだ。人間でなければ式神でもない・・。」 「んなことっ。」 「ええ。そうよ。優しい若君。ジン様をお救いしてあげて。」 「黙れ!!」 快斗は混乱する頭で、新一を揺るがそうとするベルモットの足をトランプ銃で狙う。 足を切りつけられた痛みにベルモットはどさりとその場に倒れた。 『新一様。お考え直しを。そのような輩を救えば、他の悪霊や彼に追従する式神が。』 『俺達が長い時間をかけてしたことを無にするつも 「心配するな。ジンを生かすとは言ってない。元の場所に還す。それだけだ。」 「・・・嘘。ジン様は貴方が自分を救うと確信していたわ。だから引き合わせたのに。」 「シンの生気を浴び続けて、少しは改心したんだろうよ。」 新一の言葉に驚いたのは、今度はベルモットのほうで。 焦ってパンドラに手を伸ばそうとするが、それはアヌビスに呆気なくはじき返される。 「あの湖は真実を映す。全てのモノに判断を下すんだ。 俺が、ジンが、式神たちが居るべき場所はどこか・・・最後に問いかける時が来た。」 「新一?」 『待て。新一!おまえまで審判に問う必要は・・。』 「これは決まったことなんだ。創始様の御意志でもある。」 全てを元に戻す時が来たんだ。 妖艶に微笑む新一に、快斗やアヌビス、 そしてフォルスはかける言葉を見つけ出すことは出来なかった。 |