ベルモットの家は薄暗い木立ちのなかにひっそりと身を隠すように存在していた。

連日、数名の村人が訪れると聞いていたが、今は誰か来ている雰囲気は無く、

耳に届くのは木々の葉が風に吹かれて擦れあう音のみ。

不思議と生き物は寄り付かず、そのことがここの家主が普通でないことを呈示していた。

 

アヌビスは全ての感覚を研ぎ澄ますように、歩いていた足を止め、鼻を高く付き上げる。

その上空を、優雅にフォルスが舞っていた。

 

 

―あかつき―

 

 

『それにしてもご丁寧に予告状を出すとは。余裕だな。』

 

傍まで追いついた快斗、いやKIDにアヌビスはそう告げ、鼻で笑う。

KIDの鳩であるペドが届けた予告状を彼女は読み終えたはずだ。

 

そうして警戒心を増したか、何か対策を採ったか、

それは今の彼らには測り知ることはできなくて。

そのことを懸念するアヌビスにKIDは不敵な笑みを浮かべた。

 

「予告状もこの衣装も、私のポリシーなので。」

『月の加護がない昼間というハンデもあるのに、悠長としか思えませんね。』

 

いつの間にか傍にある柏の枝に降り立ったフォルスが金の双眼を細める。

式神は通常、昼よりも夜が力を発揮しやすいと言われており、

こうして日中に動くのは、どうにも不利としか思えなかった。

もちろん、それは相手方にも言えることではあるが。

 

「私には月よりも大きなご加護がありますから。」

 

愛おしい人を思い浮かべながら力強く返答した白い怪盗は、

両側を黒い獣に挟まれているためか、くっきりとその場に浮かび上がって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺は留守番なんだ!!」

「新一、少しは落ち着きなさい。」

「そうですぞ。落ち着きと気品を兼ね備えてこそ立派な大人というものであって・・。」

 

「コゴロウおじさんにはそれだけは言われたく無い。」

 

蒼の広間には優作,有希子を始め、毛利家、服部家、遠山家の面々が顔をそろえていた。

 

円卓上に座った彼らの中に、1人不満げに声を発するのは、

快斗に置いてけぼりをくらった工藤新一その人だ。

 

どうにも、有希子と共に飲んだお茶に一服盛られていたらしく、

気づけば深い眠りに落ちていて、目が覚めたときにはこの部屋にいるという始末。

彼らを振り切って外に出ようとしたが、さすがは4家の一角を担う面々。

 

彼らの式を総動員されてしまうと、新一の言霊とて効力を発揮する暇はなかった。

 

「まぁ、落ち着いてください。私が作った菓子でも食べて。」

「え、エリさんのお菓子はちょっと・・・。」

「あら、新一はん。食わず嫌いとは感心しまへんなぁ。」

 

差し出された緑色の物体を見て、

しり込みする彼にシズカは扇を口元に添えてホホホと上品に笑う。

平次の母親にも関わらず、雪のように白い手が薄暗い部屋の中で一際目立っていた。

 

新一は口元を引きつらせつつ、そんな彼女の手を見て、KIDを思い返す。

いつもは闇夜に引き立つ白い怪盗だが、今日は日中。

その衣装は果たして凶と出るのか吉と出るのか・・・。

 

黙り込んだ新一に優作はそっと彼の肩を叩く。

そしてゆっくりと頷き、一呼吸おいた。

 

「みなに集まってもらったのは、新一を守るためだけではないのだ。

 実は、この村の存在について、皆に検討して欲しいと思ってな。」

 

「創始様?それは・・・。」

 

「この戦いが終わったら、結界を全て解こうと思う。式は式神の世界に、人は人の世に。

二度と、強大な力がこの世に出てくることがないように。」

 

驚きを隠せない面々の中、新一は1人目を閉じ、有希子は穏やかにお茶を飲む。

 

「これは決定事項だ。この世のバランスを保つため、式の世界と人間の世界の道を封じる。

式がいなくなれば、生気も必要でなくなるであろう。そうすれば、皆は自由だ。」

 

「し、しかし。優作様や新一様は生気を充分に持っておられる。

 亡霊たちが、あなた方の力を欲したとき、誰がお守りするのですか?」

 

和葉の母がとんでもないと詰め寄ると、優作は首を横に振った。

心配は無い。というように。

 

その達観した表情に、もう誰も、彼の意向を変えることなど出来ない。

そう実感した。

 

でも、それでも。

 

「力がなくなろうと、コゴロウは創始様のお傍におります。」

「私もです。主人とともに有希子さま、工藤家の人々をお守りします。」

 

「コゴロウ、エリ・・・。」

 

「それなら俺もだ。なぁ、シズカ。」

「ええ。式との別れは寂しいどすけど、それ以外は何にも変わりまへん。」

「俺もです。」

「私も。」

 

式神たちは穏やかに工藤家の3人を見据えている。

それは傍にいなくとも、あちらの世界から見守っているから。

そう告げているように新一には感じられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。KID。待っていたわ。」

 

古びた障子を開けると、浅黒い小袖を着た女が火鉢をいじっていた。

湯でも沸かしていたのか、湯気が高い天井へと吸い込まれていく。

金髪のその髪は、暗い室内でもはっきりと分かった。

 

「女性をお待たせするとは、申し訳ありません。」

 

「あら、嬉しいこと言うわね。で、私に用とは?

 わざわざ人払いしてこうして会っているのだし。」

 

彼が届けた予告状には、この日に伺いますと一言添えてあったのみ。

だが、用件など当に分かっているはずなのに、

彼女、ベルモットは、遠まわしに尋ねた。

 

「貴方がお持ちの宝石をいただこうと。」

「宝石・・とは、これかしら。」

 

袖元から取り出したのは、蒼というより黒光りする宝石で。

アヌビスとフォルスはシンが作り出したあの綺麗に澄んだ宝石が

ここまで汚されているという事実に一気に殺気だった。

 

「ふふ。式神たちはお怒りのようね。」

「私も久々に冷静さを欠きそうな気分ですよ。」

 

胸元から取り出したトランプ銃から発射し、手元を狙う。

それにいち早く反応し、彼女は易々と逃れた。

 

「女性を傷つけるとは感心しないわね。」

 

「先ほどは女性・・と申しましたが、忘れていました。

 ベルモットはメデューサ。女性と扱うのは世の女性に失礼でしたよ。それに・・・」

 

KIDが手を軽く動かした瞬間、

避けたはずのトランプが鋭くベルモットの手を傷つける。

ツッとベルモットは予想外の事態に息を呑んだ。

 

なんとか宝石を離さずには済んだものの,白い手に赤い血が滴る。

その色に、式神でも血は赤いのかとKIDはぼんやりと思った。

 

「そういえば、風を操るのだったわね。」

 

「アヌビスもフォルスも風を司りますから。その力を分けてもらっているだけですよ。」

「そう、なら、私も遠慮する必要は無いわ。これでも式神ですもの。」

 

スッと周囲の空気が変わり、彼女の金色の美しい髪は、一気に蛇へと変わる。

 

KID。奴の目を見るな!』

「分かってる。」

 

「あら、そんな邪険にしないで。」

「フォルス!」

 

『御意。』

 

宝石めがけて、矢の様に一直線にフォルスが飛んだ。

そのくちばしで確実に宝石を掴んだが、

次の瞬間、フォルスは苦しそうに畳へと叩きつけられる。

 

「おいっ。」

『カハッ・・・。なんなんですか、これは・・。』

 

「ジン様の毒性が強かったのかしら。」

「ジン?」

「ええ。その宝石には彼が宿っているのよ。」

 

 

微笑みながら彼女はアヌビスの口から宝石を抜き取り

転がったフォルスを快斗へと投げつけた。

それを思わず受け止めようと視線がベルモットへとうつる。

 

ハッと気づいたときには、すでに遅かった。

 

ビシリと固まる身体。

フォルスを掴むことはできたが、指先の一本も動かせない。

可能なのはせいぜい口を動かすことくらいで・・・

アヌビスは現状に小さく舌打ちし、KIDの前に彼らを庇うよう飛び出た。

 

『なにしてんだ、おまえら。』

「・・・面目ない。」

『アヌビス・・どうにかたのみます。』

 

「さて、どうするの。この状態を脱するには、方法はひとつしかないわよ。」

 

火鉢を引っかき棒でかき混ぜながら、ベルモットは楽しげに視線をよこす。

彼女が言わんとしている事、それはただひとつ。

 

「誰が呼ぶかよ。」

 

「言霊なら、私の力を無効にできるのにね。このままじゃ共倒れじゃないかしら?」

 

KID。俺がどうにかする。絶対に新一は呼ぶな!』

『無茶です。ジンの力は・・・。アヌビス!!』

 

風の塊を纏い、突進していくアヌビスに、フォルスの叫びは届かなかった。