快斗が案内してくれたのは木々が少しだけ開けた小さな草むら。

そこまで続く道は良くこんなところを覚えているなと思うほど入り組んでいた。

帰り道の懸念をしてみたが、それは笑顔1つで流されてしまう。

どうやら自分の記憶力を馬鹿にするなとでも言いたげな笑顔だった。

 

 

―あかつき―

 

 

「あと、15分くらいだから。」

「ん。」

 

新一は軽く頷いて星空を見上げる。

そして、そっと横目でとなりに立つ快斗を眺めた。

快斗は新一と同じように空を見上げていて、

その瞳は夜空に負けないほど澄んだ輝きを放っている。

 

「どうしたの。俺ってそんなに見ほれるほど男前?」

 

空を見上げたまま、快斗はそう言って嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

どうやら視線を感じたらしい。

気づかれないように細心の注意を払っていたというのに。

 

新一はそんな快斗の鋭さに軽くため息をもらして

「ああ、男前だ」と、投げやりに言ってみた。

 

 

 

「工藤。本当は俺から誘おうと思ってたんだ。

 園子ちゃんに先を越されちゃったけど。」

 

「花火に?」

 

「そう、ねぇ、工藤。ここの花火の噂知ってる?」

 

 

快斗はそっと新一の頬に手を伸ばす。

そして、にっこりと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「噂って?」

 

「好きな男女が一緒に見ると、ずっと共にいられるっていうありきたりな噂。

 けど、俺、初めて、この噂にあやかりたいと思ったんだ。工藤と。意味、分かるだろ?」

 

いつの間にか芽生えていた感情をこれ以上押し隠すことはできないと思って、

快斗は新一を花火に誘うことを数日前から決めていた。

結果的には園子の立案に便乗する形となったが、快斗としてはこのチャンスを逃す手はない。

 

青子にきっぱりと自分の気持ちを告げられた今(少なくとも快斗はそう思っている)

必要なのはこのあふれ出しそうな気持ちを伝えること。

 

 

初めてこんなに緊張するな。

 

 

黙ったままの新一を見つめながら、快斗は内心苦笑を漏らす。

必死で表情は余裕そうな雰囲気を保っているが、

実のところ心臓は飛び出しそうなほど拍動していた。

 

KIDをするときも、マジシャンとして披露するときも多少の緊張はある。

だけど、今の状態とは比にもならないのだ。

 

 

 

 

 

『黒羽君、今日告げるの?』

 

志保と紅子、それに白馬と4人で他の出店を見ていたとき耳打ちされた言葉。

驚いたように声の出所を見れば、意味深な表情をした志保と目が合う。

彼女はすべてを悟ったように言葉を続けた。

 

『工藤さん、相当鈍いから、ストレートが良いと思うわ。』

 

直球勝負。そう志保からアドバイスされるなんて思ったことはなかった。

そう言ったら、彼女はばつの悪そうな表情をしながら“自分でも予想外よ”

と含み笑いを作っていた。

 

 

 

 

 

 

「黒羽。」

 

思考に浸っていた快斗を新一は不思議そうに見あげる。

それに、快斗は小さく笑った。

 

 

「ゴメン、考え事してた。」

「なぁ、返事。花火が上がるときでいいか?」

「・・うん。それって期待していいってこと?」

「さぁ。」

 

意地の悪い笑みを浮かべて新一は快斗の手からすり抜ける。

そして、側にある大木の根本に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

『新ちゃん。本気で人を好きになったとき、その人に“好き”って言うのには

 気を付けなきゃダメよ。新ちゃんは言霊使いなんだから。自然とその言葉にも

 新ちゃんの力が働いて相手を縛り付ける危険性もあるの。だから気を付けてね。』

 

 

頭の中で響いているのは、幼いときに何度も言われた母からの忠告。

それは、少なからずも新一が返事を口に出すのを阻害する。

 

縛り付ける。独占する。

そうなってしまいたいとどこかで思っているのは確かだけれど。

その気持ちと同じくらい、彼には自由でいてほしいと思う気持ちもあるのだ。

 

 

だから、きっかけがほしかった。

ずっと一緒にいられるという、花火というきっかけが。

となりにさりげなく座った快斗の肩にそっと頭を預ける。

花火が上がるまであと10分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その雨は突然、堰を切ったように降り出した。

 

あたりが見えなくなるほどの突然の豪雨。

大きな雨粒はあっという間に地面や石の上をたたき付ける。

慌てたような声が、遠くの祭り会場から聞こえてきていた。

 

快斗と新一も木の下に隠れはしたものの、やはり限界があるようで

少しずつ髪に水が含まれていく。

新調した浴衣も、数分後にはびっしょりと濡れて体に張り付いていた。

 

 

「花火、中止だな。」

 

新一が星の見えなくなった鉛色の空を見上げる。

その頬に髪を伝って流れる水滴がなんとも艶めかしい。

加えて、ぴったりと浴衣が張り付いているために、細いラインが強調されていて

快斗はゴクリと生唾を飲んだ。

 

「黒羽?」

 

パラパラと落ちてくる髪を耳に駆けながら新一は上目遣いでとなりに立つ快斗を見る。

そして心配そうに黙ったままの彼の顔をのぞき込んだ。

 

「んっ。」

 

彼の双眼と視線が交わった瞬間、それはプツリと音を立てて切れる。

快斗は反射的に新一の細い腰を引きつけて、いつもとは違う深いキスをしかけていた。

貪るように新一の柔らかな唇を堪能し、少しだけできた隙間から舌を入れ込む。

そして、逃げる彼の舌を追いかけて、どちらのものなのか分からないほど絡ませた。

 

新一は初めは何が起こっているのか分からなかったが

全身の力が抜けていくような感覚と頭の中心が溶けてしまいそうな甘美に

ようやく我を取り戻す。

 

だけれど、何をされているか分かっても、新一は快斗を拒まず、受け入れた。

 

 

長いキスが終わって、新一は快斗の胸に頭を擡げる。

そして荒くなった呼吸をゆっくりと整えた。

 

「ゴメン。」

 

すまなさそうな快斗の言葉に新一はそっと顔を上げる。

 

「何で謝るんだ?」

「いや、欲望に従ったって言うか。工藤から返事ももらってないのに。」

 

 

「確かに返事はやれない。花火が上がらなかったからな。

 だけど、気持ちは伝わってると思ってたけど?」

 

「工藤。俺、都合のいいように解釈するよ。」

 

不安げに揺れる瞳を安心させるように新一は柔らかく微笑んだ。

快斗はそんな新一の表情に安堵の息をもらす。

そして、再び彼を思いっきり抱きしめた。

 

「工藤が欲しい。」

 

ゆっくりと耳元でつぶやく。

さらに先を望んでしまう欲求に自分自身呆れていたが、

もう、体の中心は熱を持っていて、本当に限界だった。

 

目の前の人が愛おしくて、すべてが欲しくて、たまらない。

 

「いいぜ。やるよ。」

 

クスッと小さな笑みと共に、新一ははっきりと雨に負けない音量でそう告げた。