振り付ける雨から新一を守るように快斗は細い腰に手を回し走った。 一歩踏み出すたびにアスファルトにたまった水滴が小さな水しぶきをあげる。 そっと視線をおろせばただ前を見て走る新一の姿。 その瞳はどこか落ち着いた色彩をたたえていた。 ―あかつき― ホテルを見つけたのはそれから10分後のこと。 出張先の会社員などが利用する小さなビジネスホテルで、それなりにロビーもある。 快斗は少しでも早く冷えた体を暖めた方がいいだろうと カウンターで簡単に手続きを済ませた。 カウンターにいた若い男は鍵を渡しながら少しだけ不思議そうに2人を見る。 「ホテルなら少し先に安いところがあるよ。俺が言うのもなんだけど。」 男は快斗の肩を叩くと耳元でそっと告げた。 彼はおそらくちょっとした親切心だったのだろう。 確かに浴衣を着た男女2人が全身びしょぬれで ビジネスホテルに泊まるのもおかしな話だ。 だが快斗は“お気遣いなく”と笑顔を作ると新一の手を引いてエレベーターへと乗った。 ホテルか・・・ 快斗はエレベーターの文字盤を見ながら男の言葉を反復する。 若い男女が行く場所はだいたいがその類、 だが新一を連れて行くのはどうも気乗りしなかった。 「黒羽、金、大丈夫か?」 狭い空間で新一の声が響く。 その内容はごくふつうであっても快斗を刺激した。 快斗はその感情を押し隠して“もちろん。”と頷く。 声だけで反応するなんて自分でも末期だと思えた。 シャワーを浴びて部屋にある薄手の浴衣に着替えたときには もう日付は変わろうとしていた。 新一は快斗が出てくるのを街ながらベットに転がると携帯で蘭に連絡を入れる。 ただ一言“泊まってくるのでご心配なく”とだけ。 そして文句が来ないうちにとすぐに電源を切ってベットサイドに置いた。 「初めてだな。」 新一はぐるりと部屋を見渡して、“ホテル”を観察する。 村を出たときにそれなりにいろいろと知識を仕入れはしたし、 両親とともに遊園地などにも赴いたので機械類には慣れていたが、 ホテルに泊まる経験はなかった。 ほとんどが、別荘やあの大きな館を利用し、地方に出たときは親戚を頼ったものだ。 なんだかんだ言って、父親は有力な人物を各地に置いていた。 それが何の為なのかは新一自身知らないが。 「どうかした?」 「いや、公共のホテルって初めてだから。」 シャワー室から出てきた快斗は髪を拭きながら新一に尋ねる。 それに新一は軽く首を振って手持ち蓋差になった両手で傍にある枕を抱きしめた。 「工藤。」 「ん?」 「俺が欲しいっていった言葉の意味、分かってるよな?」 全く緊張した面もちを見せない新一に快斗は少し不安になる。 “新ってキスの意味も分かってないんじゃないかって思うくらい無頓着なの” 蘭が以前、からかうように言っていたのを思い出す。 確かにキスは何度もした。 だがその本当の意味を彼は取り違えているような気もした。 でも、気持ちはやれないけど、伝わってるはずだって工藤も言ってたし・・・ いやいや、と首を振って快斗は考え直す。 「黒羽。おまえ、俺を馬鹿にしてるのか?」 「そ、そうだよね。いくらなんでも知ってるよな。」 「ほら、膝枕だろ!!」 持っていた枕を側に置き ベットの上に正座をしてパンパンと膝を叩いた新一に快斗は固まった・・・・。 ■□■□■□■□■ 月の光が射し込む部屋で優作はのんびりと酒を飲んでいた。 先日の騒ぎも嘘のように村は落ち着きを取り戻しつつある。 耳に飛び込んでくるのは松虫の声と風の木々を揺らすざわめきだけだ。 「優作。」 「有希子か。」 「私もくれない?」 「ああ。」 スッととなりに腰を下ろし有希子はお猪口を優作の手から奪う。 「今頃あの子どうしてるかしら。」 「今夜あたり、いい感じかも知れないなぁ。」 優作は先ほどヤタガラスから受けた連絡を思い出して軽くため息をつく。 2人で今夜はどこかに泊まるらしい。 「黒羽君、きっと素敵なんでしょうね。でも、今頃大変かも。」 「どういうことだい?」 有希子は優作の問いにフフッと楽しそうに笑う。 「私、新ちゃんいとんでもない教育しちゃってるのよ。」 熱燗が喉の辺りを通り、有希子の白い首筋の喉仏が上下した。 ■□■□■□■□■ 「工藤。どう解釈すればいんだ?」 固まること数分。快斗は有希子の予想通り苦難していた。 いったいどうすれば“欲しい”がこんな解釈になるのだろうかと。 「母さんが、そう言ってたんだぜ。」 「は?」 「男相手に“欲しい”とか“抱きたい”とか言われたらそうしろってさ。」 「マジ・・・。」 いったい工藤の母親はどんな人物なんだ。と快斗はその場に項垂れる。 その姿に新一はクスクスと笑みを漏らした。 「嘘だよ。」 □■□■□■□■□■□ 「でもね、有希子。」 「何、優作。」 有希子の手に持たれたお猪口に新に酒を注ぐ。 「あの子も成長しているんだ。ああ見えて。」 「ふふ、知ってるわ。もちろんその手の話に疎いのは確かだけど。」 「久しぶりに僕らもどうだい?」 「そうね。」 優作はそっと妻の方を抱き寄せた。 □■□■□■□■□■□ 「嘘って?」 「分かってるんだ。意味くらい。」 「本当?」 疑いの視線を向けてくる快斗に新一は軽くため息をつく。 「もちろん知識としてだけなんだけど。」 「じゃあ、もう一度言う。工藤を下さい。」 新一は少しだけ照れくさそうに微笑んだ。 |