電話が鳴ったのは朝早くのこと。

蘭は作りかけの朝食をおいて慌てて電話口へと出る。

日曜日のため蘭以外の3人はまだ眠っているためか、

蘭の小走りするスリッパの音がフローリングによく響いた。

 

―あかつき―

 

「はい、工藤です。」

 

数コールの後に電話に出る。

ここの電話番号を知っているのは、現在では優作に加え、

学校と隣人と新一と顔なじみの警部くらいだ。

 

『朝早くにすみません。警視庁の高木ですが。』

 

もっとも望まない相手の電話に蘭は少し眉間にしわを寄せたが

すぐに表情を戻し、2,3言葉を交わして保留ボタンを押すと

急いで二階の新一の部屋へと向かう。

 

蘭が来たときは微睡みの中にあった彼も彼女の言葉で飛び起き、

傍にあったガウンを羽織って食堂の電話へと急いだ。

 

「おはようございます。」

『工藤君、朝から悪いんだけど・・・。ちょっとお願いしても良いかな?』

 

少しだけ言いづらそうに告げる刑事に新一は苦笑を漏らす。

 

「はい。」

『それじゃあ、今から車で向かえに来るから。』

「分かりました。」

 

電話を置いて軽くため息をつく。

そしてふとテーブルの上の新聞に目を留めた。

 

「ひょっとしてこの事件がらみ?」

 

蘭は訝しそうな表情で新一を見る。

蘭の言う事件とは、4日前から報道されている猟奇事件。

今までの犠牲者は3人で相次いで小刀で滅多刺しという

奇怪な状態で発見されている。

 

それからは、連日連夜、この事件についての話題が耐えなかった。

 

「新一。これには関わらない方がいいわ。」

「分かってる。あの妖刀が原因なんだろう。」

 

新聞の一面にはその事件と肩を並べて、先日言ったエジプト展の盗難騒ぎも載っていた。

奇しくも、殺人事件が始まった前日に、あの剣と宝石が盗まれたのだ。

 

「分かってないわ。妖刀は人間の血を欲して誰かを操っているのよ。

 そんな悪霊が一番欲するのは新一。あなたの血に他ならないわ。」

 

「それでも、俺ほどの適任者がいるかよ。心配するなって」

 

「しんい、」

 

ピンポーン

 

「来たみたいだ。着替え済ませるからちょっと頼む。」

「もうっ。」

 

慌てたように2階へと上がる新一を見送って、蘭は玄関へと向かう。

そして高木にお茶を出すと、少しだけ席を外し、裏庭の方へと今度は足を向けた。

 

蘭が外に出た瞬間、頃合いを見計らったかのように大きな陰が降りてくる。

 

「ヤタガラス。頼むわね。」

『お任せ下さい。新一様のことは私がお守りいたします。』

 

腕にとまった大きな黒いカラスの羽を撫でて蘭は赤い3つの目を見つめた。

この瞳のすべてで彼を見守るようにと。

 

「蘭。行ってくる。」

 

玄関の方から聞こえてきた声に蘭は慌てて

外からそのまま車の止まっている門へと走った。

ヤタガラスはすでに飛び立ち庭木から車を凝視している。

 

「行ってらっしゃい。高木さん、新一、朝食を抜いてるんで。」

「ああ。分かった。そう思ってこっちで用意してるよ。」

「おい、蘭。」

「ちゃんと食べるのよ。」

 

発進する車に手を振って蘭は再びため息をついた。

視界の先には矢のような早さで車を追うヤタガラスが見える。

 

「頼んだわよ。」

 

願いを託す相手は自分が信じる式神だけ。

いつか、彼が目覚めて守ってくれるそのときまでは。

 

 

 

 

「はい、これ。好みが分からなかったから一応、いろいろ買ったんだけど。」

 

信号で車が停まったのを見計らって高木は助手席にあったコンビニの袋を

後ろの席に座っている新一へと渡す。

中にはおにぎりやパンにサラダ、それに数種類の飲み物が入っていた。

 

「コンビニ弁当でごめんね。」

「いえ、ありがとうございます。」

 

高木はすまなさそうに頭を下げる。

そして信号が青に変わると慌てて発進させた。

 

「できればすぐに食べた方がいいよ。

 遺体を見てからは食欲もわかないだろうし。」

「それじゃあ、いただきます。高木さんは朝食食べたんですか?」

「僕?僕はまだだけど、もう食欲ないよ・・・。」

 

そう言って苦笑した高木をミラー越しに見ながら

新一はおにぎりを1つとると口へと運ぶ。

そしてお茶を飲み、日曜日の静かな街をのんびりと眺めた。

 

 

 

遺体発見現場は空き地になっり草が生い茂った場所だった。

早朝、犬の散歩をしていた老婦が見つけたらしい。

その老婦は今、精神的に堪えているとかで一時家に戻ったのだとか。

まだ朝も早いためか野次馬などはまったく来ていなかった。

 

新一は青いビニールシートをどけてもらい遺体を確認して目を細める。

身元が分からないようにするためか顔は原形をとどめてはいなかった。

 

「大丈夫?工藤君。」

「ええ。それにしてもむごいですね。」

 

傍に立つ佐藤が心配そうに新一を見る。

今までの事件は書類の情報だけで解決して貰っていたため、彼が現場に来るのは初めてだ。

だからこそ、そんな初めての場所でここまでひどい遺体を見るのはと危惧したのだろう。

 

「凶器は見つかったんですか?」

「それが、まったく。

 犯人がそう長い間、証拠となる物を所持するとは考えにくいんだけど。」

 

佐藤の表情もそうだが、周りにいた警察は皆、厳しい表情をしている。

これで4人目の犠牲者・・・。

世間では警察に対する不満も高まってくる時期だろう。

早々に犯人の目星をつけるなどの捜査の進展がないと叩かれる羽目になるのだ。

 

そしてそれ以上に、危険人物を野放しにするなど彼らのイデアに反する。

 

新一は真剣な彼らを見ながら、自分も微力ながら精一杯尽くそうと心に決めた。

 

「佐藤さん、被害者の身元が分かりました。」

 

駆け寄ってきた高木は黒い手帳に書かれた内容を読み上げた。

 

「被害者は田島庄助。35歳。都内の会社に勤務しているごくふつうのサラリーマンです。

 三日前から家に戻っていないそうで。奥さんが警察に届けを出していました。」

 

「最初は女子大生。次は主婦、3人目は老婆。そしてサラリーマン。

 まったく共通性がないわね。」

 

かりかりと佐藤はこめかみを掻く。

そして、ふと何か考え込んでいる新一を見た。

 

「何か分かったの?工藤君。」

「いえ、ただ現場が・・。」

「現場?」

「はい。あの地図とかありますか?」

 

新一の言葉に若い刑事がこの付近の地図を持ってくる。

新一はその地図に今までの現場を思い起こして、遺体発見現場に印を付けた。

 

「これ・・・。どうかしたんですか?」

 

みんなが緊張してゴクリと生唾を飲んだ瞬間、高木の間の抜けた声が響く。

それに佐藤はがっくりと肩を落としてペシンと彼の頭を叩いた。

 

「よく見なさい。全部をつなげると・・・。」

「正五角形?」

「一点足りませんけどね。そしてその五つ目の点を予想して対角線を結ぶと・・。」

 

新一は説明しながらそれぞれの対角線を引く。

そうすると見事な星形が浮かび上がり、その星の中心には・・・。

 

「美術館。それにここって、先日盗難があった場所じゃない。」

 

地図上に示された事実に彼らは目を丸くして驚くしかなかったのだった。