「アヌビスとフォルスか。」 ちょうど同じころ、奇しくも新一が見ていたのは、快斗と同様 パンフレットに掲載されている像だった。 自分の記憶が正しければ、確か快斗についていた式はこの2匹だった気がする。 子供っぽく自信家のアヌビスと冷静で少し生意気なフォルス。 「会ったこともねぇーのに、なんで分かるんだろうな。」 新一は小さく笑みを漏らして、もう一度彼の式の名を呼んだ。 どうか、もうしばらく待ってくれと。 ―あかつき― ベットから降りるとギシッと少しだけ床がきしむ。 家の中は恐ろしいほどに静かだ。 考えてみれば、まわりにこれだけの時間、誰もいないのは初めてかもしれない。 こちらに来てからは、蘭たちが直接そばにつくことは少なくなったが、 それでも彼らの式が常に傍にいた。 だが、今日は結界が張ってあるからと式ごと学校へ送り出したのだ。 みな、不満そうにはしていたが、今日は1人で考え込みたいと訴えると 渋々ながらもうなずいてくれて。 理解あるものたちで本当に助かると新一は思う。 それに・・・ 「式は本来、主人を守るものだからな。」 新一を守ろるために自分の式をつかうということは、自分自身の護衛がいないということ。 そんな状態をいつまでも続けているなんて、 彼らも少しは自分の身を案じたほうがいいのではないかと心配になる。 どこまでもお人よしな彼らだからこそ・・・。 『今日は絶対に家から出たらダメだからね!!』 出るときに告げられた蘭の言葉が再び頭の中に響く。 あの調子だと、学校が終わればすぐに飛んで帰ってくるに違いない。 もっと、せっかくの学校生活を楽しめばいいのにな。 新一はそんなことを思いながら、水でも飲もうと階段を下りる。 部屋の中で響く軋みより、階段の軋みのほうが大きく響いているように 感じるのは気のせいだろうか。 乾いた砂漠に染み入るように水はドクドクとのどを流れていく。 思っていたよりも水分を欲していたらしい。 新一はコップを傍におこうとして手を伸ばしたが、それはスッと手の中から落ちた。 背後に感じた恐ろしい気配。 ここに入ってこれるものなどいるはずはないのに。 新一はゆっくりと振り返る。 心臓は今まで経験したことがないほどに激しく鼓動していた。 『久しぶりだな。シン・・・いや、いまは新一だったかな?』 ヒョウのような体つきに紅い燃えるような毛色をし、 頭には金剛石のような角、そしてゆらりと長い5本の尾が風になびくように動く。 会ったことはないが、覚えているその禍々しい生き物。。 新一は頭の中に浮かんでくる名を恐る恐る口にする。 「・・・・ソウ。」 その言葉に、ソウと呼ばれた生き物は満足げにぺろりと舌を回した。 +++++++++++++ 「あっ。」 「どうかしたの?」 突然眠っていた快斗が顔を上げたため、傍にいた紅子は怪訝そうに声をかける。 前で授業をしている安田はいつものごとく、できる人間の騒動には無関心だ。 チラリと視線を向けただけで、それが快斗達だと分かると、気にせず授業を進める。 紅子の声に、志保も振り返り、快斗の表情を伺った。 顔の血の気が薄い。こんなにポーカーフェイスを崩すなんて・・と志保は思う。 「工藤が・・・。」 「工藤さん?」 この感じは初めて彼女が危機に面したときと同じで、バクバクと心臓が脈打っていた。 それは、きっと、今の工藤の心とシンクロしている。快斗はそう確信する。 彼女が・・・・危ないのだと。 「ちょっと、黒羽君っ。」 「先生、私達も早退します。」 「おい、待てや。わいも行く。」 立ち上がって教室を飛び出した快斗に、紅子は慌てて後を追い、志保と平次もそれに続く。 紅子と志保には何がなんだか分からなかったが、 平次は快斗の突然の行動に内心気が気ではなかった。 護神であるからこそ気づく、主人の危機。 それもあれほど焦っているところから考えると、間違いなくやばい状況だ。 数日前の新一の顔が平次の頭の中に蘇ってくる。 怨霊と戦って、疲れきっていて、今にも倒れそうなほど苦しそうで。 ―――なんで、なんでいつもあいつなんや!! 生まれてからずっと、苦しむのは彼だけで、守ることのできない自分が憎くてたまらない。 それと同時に前を走る快斗を見て思う。 早く、気づいてくれと。新一を守るべき存在であることを。 +++++++++++++ 「よくここに入れたな。」 『四家ごときが張った結界で、ジン様の右腕であるわれを防げるとでも?』 フッと鼻で笑うソウに新一は目を細める。 まさかこんなにも早く彼が動くとは思っても見なかった。 『驚いているようだな。われが動けるということは、ジン様の復活も近いということ。 今まではザコどもに任せていたが、いい加減見ていてイライラしてきてな。』 「一発で決めるってことか?」 『ああ。アヌビスとフォルスが目覚めると少々面倒・・っと、もう気づいたか。』 「は?」 『力は目覚めていなくとも、やはり護神は侮れぬな。』 ソウが視線を向けた先には、息を切らした快斗が立っていた。 ソウはその姿にグルッとのどを鳴らして威嚇する。 『カイよ。式を持たぬそちに何ができる? 昔のように指でもくわえてみておればよいものの。』 「何がなんだかわからねぇけど、工藤から離れろ。」 快斗はソウの威嚇に怯むことなく、それどころかきつい眼差しを彼に向けた。 どれだけのときが流れても変わる事の無い殺気にソウは少しだけ後ずさる。 その一瞬の隙を見つけて、快斗は新一とソウの間に立ちはだかった。 『力なくしてわれに逆らうとは・・・。良かろう、ならばそちから殺してやる!!』 目にも見えぬ速さで紅い肢体が快斗へと飛びかかる。 ソウの牙にかかれば、さすがの快斗も怪我ではすまないだろう。 遅れて入ってきた平次が動こうとするが、間に合うはずも無く・・・。 「快斗っ!!!!」 ――――工藤が名前を呼んでくれたな。 快斗は迫ってくるものを感じ、己の最後を確信しながらも満たされた気持ちになって ぼんやりとそんなことを考える。 そして、襲ってくるであろう痛みに目を閉じたとき。 『しょうがない主人ですね、相変わらず。』 『シンに名前呼んでもらって喜んでる場合じゃねぇだろ。』 呆れた声が耳元で響いた。 |