その姿に平次をはじめ、後から部屋に駆け込んできた志保と紅子は言葉を失った。

部外者の人間にも分かる、神々しさと威厳。

加えてその美しさに息をするのも忘れてしまいそうで。

 

「話には聞いとったけど、すごすぎや。」

 

ようやく平次の口からこぼれた一言は、すぐに空間のなかにまぎれ消えていく。

彼らを形容することなど、所詮誰にもできないことといわんばかりに。

 

 

―あかつき―

 

 

ソウはチッと小さくしたうちをして快斗の前に立ちはだかった彼らを見据えた。

 

『ゆっくり寝ておればいいものの。』

『そうすればおまえも死なずにすんだもんな。』

 

アヌビスはそういうと、グルルっと牙を見せ付けて体制を低く構える。

その完全な攻撃姿勢にソウもまた同じように身をかがめた。

 

『昔日の恨みをようやく晴らせますよ。』

『ふん。我を恨むのではなく己の非力さを恨むべきではないのか?』

『どちらでも構いません。カイ・・・いえ、快斗。我らに命を与えてください。』

 

漆黒の羽を一度大きく広げると、金色の双眼が快斗を捕らえる。

その瞳を快斗はずっと昔から知っているような気がした。

 

 

「アヌビス、フォルス。どんな手段を使ってもいい。工藤を守れ。」

 

『『御意』』

 

 

 

力強く発せられた言葉とともに、アヌビスの足が床を蹴りフォルスの翼が力強く羽ばたく。

その一瞬の攻撃をからくもよけるとソウは再び小さく舌打ちした。

 

『われもまだ本調子ではない。ここは見逃してやろうぞ!!』

 

言葉と共に吐き出された炎をフォルスの風が吹き消し、部屋中に熱気が一瞬にして広まる。

のどを焼き付けるような砂漠の風を連想させるそれに誰もが思わず咳き込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

風により散らかった部屋の片付けを終えると、

5人と快斗の式神はカーペットの上に円卓状に腰を下ろした。

 

ぐるりとひとつの円ができ、アヌビスは疲れたように新一の膝にあごを乗せ

気持ちよさそうにリラックスしている。

その光景に快斗は若干、嫉妬交じりの視線を向けるが、

助けてもらった手前どうも強く出れないらしく、煎れてきたコーヒーを全員にくばった。

 

 

「それにしても、宮野や小泉にも見えるとはなぁ。おまえら何者なんや?」

 

「私は魔女。志保が見える理由は分からないけど、

彼女もなんらかの力があるんじゃないのかしら?」

 

 

本来式神は自分の意思で姿を示すとき以外は、一般の人には見えない存在で

特に戦闘などの興奮状態では力も高まるため、ほとんど原型は目に映らない。

けれど、彼らのような式神使いや力のあるものには見えるというのが常識だった。

 

その基準が何なのかは、もちろん式神自身も知らないのではあるが。

 

 

「それはともかく、これで黒羽君の力は目覚めちゃったってわけよね?」

 

「俺の力?」

 

『そういうことになりますね。とはいっても本来なら新一様が生まれると同時に

私達は目覚めていたんですけど。まさか、この時期まで拒まれるとは予想外でしたよ。』

 

『内心ひやひやだったんだぜ。快斗の母親も俺らには絶対反対って感じだったし。

 まぁ、新一の女装が見れたのはラッキーだったけどな。』

 

アヌビスは新一の膝から頭をあげると、今は男に戻っている彼を見上げる。

それに新一はムッと表情をゆがめ、快斗は手に持っていたカップを危うく落としそうになった。

 

「あら、黒羽君は気づいてなかったの?」

「気づいてって・・・紅子は気づいてたのかよ。」

「当然よ。志保も気づいてたし。あんがい鈍感なのね。」

「だ、だって、祭りの後ホテル・・イテッ!!」

 

「黒羽。それ以上デリカシーのないことしゃべるんじゃねぇよっ。」

 

そばにあったティッシュ箱が見事彼の顔に命中し、

快斗は予想以上の痛みに顔面を床へと押し付ける。

その傍らには無残にも原形を失ったティッシュ箱がころりと転がっていた。

 

 

「つまり、あなたの正体も工藤君は知ってるってことね。」

「あ・・・。」

 

コーヒーを一口飲むと志保は穏やかな口調で端的に告げ、立ち上がる。

 

「服部君、紅子。私達は別室に行きましょう。」

「そうね。」

「な、なんでや?俺かて話を聞きたいやないか。」

 

「いいから。積もる話があるのよ。

2人は長い時を越えてようやくであったんだから。そこに入り込むなんて無粋だわ。」

 

諭すような志保の言葉に、紅子も黙って頷いた。

平次は若干、後ろ髪を引かれながらも、

彼女達に逆らう恐怖を感じているのかしぶしぶながら立ち上がる。

 

そして部屋に彼らだけが残された。

 

 

 

「工藤は・・・名探偵だったってこと?」

 

「騙すつもりはなかったんだ。それに俺はおまえの正体に確信は持てていなかったからさ。

 今の黒羽の言葉と志保の言葉で分かったけど。そうだろ、KID。」

 

新一はそう言ってそっと向かい側に座っている快斗の頬に手を当てる。

膝の上に休んでいたアヌビスはいつのまにか離れたソファーに移動していた。

 

「おまえの記憶。戻しておくから・・・許してくれ。」

「き・・おく?」

 

新一が快斗の耳に口をよせ、何かを小さく呟くと、フッと何かが彼の頭の中を駆け巡る。

目の前で繰り広げられる・・・新一と女、そして大きなカラスの戦い。

 

 

―――そうだ・・これは。

 

 

「ごめん。おまえの記憶に俺が介入する権利なんてねぇはずなのにな。」

「工藤。」

 

「何度も騙して、混乱させて、こんなことに巻き込んで。

 おまえのおふくろさんとの約束も結局守れなかった。俺・・俺っ。」

 

「自分を責めるなよ。工藤。・・・いや、もう本当の名前で呼んでもいいよな。新一。」

 

 

頬に伸ばされた手を引き寄せて、嗚咽を発する新一を抱きしめる。

記憶を消されていたことは驚きだったけれど、

その全てが自分のことを思っての行為なのだと快斗にだって分かるから。

それよりも、今は、自分を責める彼を苦しみから解放してあげたくて。

 

 

「もう二度と記憶は消さないで。あと、俺を巻き込むこと。

 だいたい無関係じゃないんだ。俺と新一は。俺はそれだけで嬉しいよ。」

 

頬をつたう涙をぬぐって、快斗はきれいに微笑む。

その笑みに新一は堪えてきたもの全てが流れ出していくのを感じた。

 

「ウッ・・快斗。快斗っ」

 

「うん。ここにいるから。もう、新一は1人じゃないから。」

 

 

寂しかったんだ。ずっと。

守られるだけの自分。そして同時に疎まれるだけの自分が。

両親の愛も平次たちの思いやりも分かっていたけれどなにかが足りなくて。

幸せを奪うことしかできないのに、求めちゃダメだと分かっているのに。

 

 

 

「傍にいて・・・・欲しいんだ。」

 

 

 

ようやく聞けた新一の本心に快斗はゆっくりと頷くと、

再び新一を強く抱きしめるのだった。