「新一。忘れてるようだから言うけど、 そろそろ村に戻らなきゃいけないんじゃないかしら?」 快斗との本当の意味での再会を済ませた翌朝、彼の傍にちょこんと座って コーヒーを飲んでいる新一に蘭は頭を抱えるような仕草をして、重々しくそう告げた。 ―あかつき― 一瞬、何のことかと軽く首をかしげた新一だったが、ハッと気づいたように目を見開く。 そうなのだ。 言われてみれば、ここまでやってきたのは護神を探すため。 その護神である快斗が見つかり、さらには最強の式神までもがついているのだから もはやこの場にとどまる理由など何も無かった。 けれど・・・・ 「快斗とのことは父さんにも言う必要があるし、一度は村に戻る。 けど、あくまでそれは一時的なことだ。」 「そう言うと思ったわ。」 新一の言葉に和葉は小さく苦笑を漏らす。 だが、その笑みには悲観や悲壮感などはなく、どちらかといえば支持的なものだった。 「一度、知ってしまったら戻れんもんなんやな。」 「ずっと外は汚い世界だって教え込まれていたのに、不思議よね。」 平次がしみじみと告げながらソファーに背中を預ける。 それに続けるように蘭は軽く頬をかいて、笑った。 ただ、一言の、ともすれば感想にしか聞こえない言葉のかけらだけれど そこに含まれた意味を新一はきちんと読み取っている。 どこまでも新一についていくと。自分達は傍に居ると。 護神を見つけることができれば、彼らを自由にしてやれると思っていたはずなのに、 その言葉がたまらなく嬉しいなんて。 わがままにもほどがあると、新一は内心で自分に呆れてしまう。 だが気持ちは表情となって現れていたのか、 快斗が 「新一は、もっと俺達を頼っていいんだ。 それに、さ。忘れないで。俺は、新一を護るためにいるんだから。」 スッと立ち上がり、新一の前で片膝をつくと、 忠誠を誓う騎士のように快斗は新一の手の甲にそっとキスを落とす。 以前、埠頭の倉庫で新一を護ると誓い行ったそれとは、 気持ちも意気込みも大きく違っていた。 これは一時的なものではなく、一生の誓い・・なのだから。 けれど、された本人はどこか不安げで。 そんな彼にアヌビスとフォルスがそっと寄り添った。 「素直にうけとってやれよ。」 「それが貴方を護れなかった私達への許しになるのですから。お願いします。」 鼻先をスッと向けて、金色の瞳を細めるアヌビスを新一はそっと撫で ついでフォルスの漆黒の羽に触れた。 彼らがどれだけ悔やみ、苦しんだのか。 前世の記憶は もし、ここで認めれば、彼らの苦しみが消えるのかもしれないけれど。 それでも 新一とて同情だけでは譲れない部分もあった。 「お前達が許しを請う理由は無い。前世の俺の身勝手さが、いけなかったんだ。 けど、どうしても許しが欲しいのなら約束してくれ。これからは共に歩むと。」 静かな部屋全体に響いたのは、彼の澄んだまっすぐな声。 快斗はジッと固まったように新一の手に触れたまま彼を見上げると どこまでも綺麗なその人をグッと引き寄せた。 「なぁ。次期創主様。正直に答えてくれ。・・・・それは、命令なのか?」 「いや、願いだ。俺が生まれてから、ずっと持っていた。たったひとつの。」 新一は快斗の腕が緩んだと同時に彼の元をすり抜け、立ち上がる。 と同時に、博士によって隠されていた髪が、サッと彼の背中に広がった。 彼の威厳ある姿に、先ほどまでのんびりとくつろいでいた部屋の空気が一気に変わる。 蘭と和葉、平次。そして快斗は何かを感じ取ったかのようにその場に畏まった。 「次期創主工藤新一が、現創主工藤優作にかわり命ずる。 これより式神家として黒羽家を迎え、追放の命を説くこととし 今、この瞬間から、村への入り口を黒羽家にも開きわたさん。 毛利家、服部家、遠山家、依存はないか。」 「「「御意」」」 長く続いた数百年の根絶が、今、解かれた。 これが果たして彼らに幸をもたらすか否かは、このとき誰も知るすべを持たなかった。 辰刻の章・完 |