「ゆっくりと休めたかい?」

「はい。おかげさまで。」

 

朝の膳が並べられた広い部屋で、快斗は優作に対極するように腰を据えた。

 

 

―あかつき―

 

 

昨日通された蒼の広間とは別宅にある黒の広間と呼ばれるその場所。

どこか薄暗く陰気な雰囲気は正直食欲を減反させるとしか言い様が無い。

事実、快斗と2人だけでこの部屋で食事をすると告げた優作に

新一は『あんな部屋でか?』と渋い表情を作ったほどだ。

 

その時は、よく分からなかった快斗も今なら新一の感情を手にとるように理解できる。

確かに、この部屋での食事は・・・悪趣味か虐めのどちらかでしかない。

 

 

「おや、手が進んでいないね。有希子の食事が気に入らなかったかい?」

「いえ・・って、これって有希子さんが?」

「ああ。家はお手伝いがいないからね。」

 

現在の時刻は朝7時前。だが目の前に並ぶ食事はとても豪勢な内容で。

これを朝から準備するとなるといったい何時に起きたのだろうか。

驚く快斗に優作は小さく笑みを浮かべた。

 

「使用人は邪魔なだけだからね。全て辞めさせたんだよ。

 外部からいらぬ噂をもってきては、我が家の至高の宝を傷つける。

 今は毛利、遠山、服部の家のものや式が手伝ってくれているしね。」

 

そう言って味噌汁に手をつけ小さく息を吐く優作を快斗は黙って見つめる。

至高の宝。それは何なのか快斗にはすぐにわかった。

ここに来るまで向けられた村民の視線。

あの視線を家の中まで持ち込むなんぞ絶対にお断りだ。

 

黙って拳を握り締める快斗を視界にとめると

優作は満足げに頷いて『ところで』と話題を切り替えた。

 

「こうして2人きりで話しができる機会ができた。

 いくつか君に質問をしてもいいかな?」

 

「はい。」

 

着衣を正し、正面から対峙するとさすがにこの村の長ということだけはある。

その圧倒的な存在感に肌の表面を電気が走るような感覚を覚えた。

 

 

「この村のことを君はどう思う?」

 

 

優作はお茶を口元まで持っていきながら、視線だけを快斗に向ける。

その口元は湯飲みで隠されて見えないが、

彼がニヤリと人の悪い笑みを浮かべているのだろう。

 

きっとお世辞や賛辞を待っているわけではない。

この村の長が欲している意見は・・・・

 

「しいてあげるなら・・・違和感ですね。」

「ふむ。やはり君には分かったか。」

 

 

優作はゴクリと茶を飲み干して、ゆっくりと庭の方へ向き直る。

古い松の木、整えられた庭園。快斗はふとその光景に目を細めた。

 

「快斗くん?」

 

黙り込んだ彼に優作が気遣わしげな視線を向ける。

 

「あ、すみません。ただ、あの古い松の木に

フォルスが止まっていたことを思い出したんですよ。」

 

「それは、カイの記憶だね。」

 

「ええ。そして・・・この部屋は。」

 

 

忘れもしない。大切な人を奪った奴が暮らしていた場所。

あの松ノ木を見るまでは思い出せなかったが。

快斗とて、カイの記憶を全て持っているわけではない。

ただ、何かをきっかけとして断片的に思い出す程度だ。

 

「前世の記憶を持つのは、つらいか?」

 

「新一の多くを俺は知っていたい。だから、辛くはないですよ。

 それに、もう二度と新一を手放さないための戒めです。」

 

優作は快斗の言葉に頷くと、立ち上がって庭へと出た。

その後姿はかつて見てきた父のものと寸分変わらず、どこか暖かいものがある。

今は長ではなく、きっと父の感情が強いのだろう。

 

 

「あの子は優しい子だ。この村を守ろうと必死になっている。

 自分を傷つける人間しか居ないのに・・・だ。

 だからこそ、私は思うんだよ。この村を、私の代で終わらせたいと。」

 

振りかえる優作の瞳に迷いは無かった。

長としてはあるまじき一言。

もし、村人が聞いていたなら卒倒し、内乱でもおこるかもしれない。

 

だが、快斗はそれが新一だけでなく

全ての者にとって最良の手段である事を解していた。

 

「俺ができることがあればお手伝いします。」

 

「さすがだ。ここに来て1日ほどでこの村の存在理由がないことを悟るとは。

村人はみな、気付いていないというのに。」

 

「こういうのは、一度出た人間にしかわかりませんよ。

外から眺めないと見えないだけの話です。」

 

快斗は立ち上がり、縁側の柱に手を掛けて、優作と同様に村のある方向を見つめる。

 

「数百年の時が過ぎ、村人に悪霊が好む力はもはや無い。

 彼らはただの人だ。もはや結界など必要ないのだ。」

 

「悪霊の好む力を持つ式神使いは自力で自分の事は守れる。」

 

続けた快斗の言葉に優作はゆっくり頷いた。

 

「その通り。そして、彼らは生気を必要とするが、

その補充には小さな石の欠片さえあればいい。」

 

「パンドラの欠片?」

 

「ああ。パンドラを見つけ、清めた後、あれを砕いて式神使いたちには飲ませる。

 例え何百年経とうと、シン殿の力が込められた石。その効力は計り知れないからね。

それに、新一には・・・石を作る力が無いんだよ。」

 

快斗は少し目を細めて、背を向けたままの優作を見つめた。

新一はシンと同等の力を持った次期創始のはずなのに。

 

「あの子の力はシン殿と違い、血の中にある。

多くのものにとっては力の強すぎる血はそのまま舐めただけで毒だ。 

一瞬で力に飲み込まれよう。また、血に溶け込んだ力を持つため、

結界を張る石を作るにも自らの血を固めて造るしかないのだ。

威力はきっとシン殿の造った石をしのぐ。だが・・・。」

 

「分かりました。」

 

その先は聞きたくないとばかりに快斗は言葉をかぶせた。

 

 

静かな時間が寸の間流れる。

 

「ところで、快斗君。パンドラはどこに持っているんだい?」

「・・・いや、それがまだ見つからなくて。」

「快斗君。」

 

振り返りながら笑顔を向ける優作の視線は厳しい。

嘘を許さない、真実の瞳。新一へ受け継がれている輝き。

 

そこから逃れる術は無い。

 

 

「やはり、お分かりでしたか。」

 

「君は必ず石を取り返してここに帰ると告げた・・と古文書には記してあった。

 その約束を守らず、この村にやってくる君ではないはずだろう。」

 

お手上げだとばかり両の手をあげてみせる快斗に優作はニッと口元を緩めたのだった。