それでパンドラはどこに? 部屋に戻り、再び対峙して座ると優作はゆっくりと話を切り出す。 だが、快斗はその疑問に軽く肩をすくめて困った笑みを浮かべただけだった。 ―あかつき― 「正確にはこの村にあります。けれど、持ち主は俺じゃない。」 「・・・なるほど。それは盲点だった。」 快斗の言葉の真意を理解した優作は一瞬瞠目し、すぐさまため息を漏らす。 そう。パンドラは確かに村へと戻ってきた。 だがそれは彼らの手元へではなく、別の誰かの手中にあるということ。 先を促すような優作の視線に、 快斗は一度目をつぶると再び淀みの無い群青の瞳を彼へと向けた。 「パンドラはこの村に戻ってきている。その情報を得て父は死にました。 ですから、もう10年ほど昔には村に戻ってきていたんです。 けれど俺を含めた黒羽の人間は村への立ち入りを拒まれている。 だからこそ待つしかなかった・・・。 といっても、俺がそれを知ったのはKIDを始めた頃なんですよ。 父からの手紙に時期が来れば入れる場所にあると記してあって その頃は何が何だかわからず、とにかく父の死の原因を掴む事と 黒羽の使命を果たす事を目的にがむしゃらに予告状を出しつづけたんです。 まさか、この村とは思いもしませんでしたけどね。」 時期が来れば入れる場所。 期間限定の展示会のことを示しているとしか当時は考えられなかった。 だけど、新一と出会って、この村を知って、ようやく分かったのだ。 「灯台下暗しとは、まさにこのことだね。で、君はKIDとして盗むのかい?」 この村のどこかの誰かが持っている、パンドラを。 「はい。最後の仕事です。」 「ふむ。ならば首尾よく頑張ってくれたまえ。協力は・・・いらないね。」 そう言って笑う優作に快斗も穏やかな笑みを返した。 例え、この世の存続がかかっている恐ろしい宝石とはいえ、 パンドラ回収の任は他でもない黒羽の血筋に課せられたもの。 本来なら新一の安全のために動きたいにもかかわらず 黒羽家の面子を保つために、彼は敢えて手を貸さないことを示してくれた。 そして、それは同時に創始としての信頼の証でもある。 快斗は有り難い言葉に深々と頭を下げた。 「俺は・・黒羽の祖先は、創始様をお守りする立場にありながら、 その任を果たす事ができなかった。 その責任は必ずとってみせます。 そして、創始様と次期創始様の平穏を今度こそお守りします。」 搾り出すような声に優作はゆっくりと立ち上がると、彼の肩に手を乗せる。 「期待しているぞ。黒羽快斗。」 「御意。」 朝食の時間は終わり、快斗は新一に会うために長廊下を歩いていた。 これだけ広い屋敷にも関わらず、使用人が居ないためか人に会う事は無い。 軋む床を踏みしめ、黒光りする天井を見上げながら、 快斗は優作とのやりとりを思い返す。 優作に誓いを立てた後、彼は最後に1つだけと尋ねた。 『君は護神に生まれた事を悔やんでいるかい?』と。 それに快斗は寸の間もあけずに首を横に振る。 『俺は新一を守る力を持てたことを誇りに思っています。 新一に心を惹かれ始めて、俺はあいつの笑顔を守りたいと思った。 この力が新一の役に立つ。そう思うだけで俺は生まれたことに感謝できる。 それは、護神に生まれたものならば誰でも抱く感情です。そうですよね?』 快斗の言葉にゆっくりとコゴロウが部屋へと足を踏み入れた。 優作も彼がきていたことを知っていたのだろう。穏やかな表情で彼を迎える。 『黒羽の言うとおりです。 俺もエリも護神の力に感謝する事はあっても恨む事は無い。』 『だが、これは一種の呪いだ。新一は幼い頃より、よくそう罵倒していたよ。』 主を命がけで守る。生気という媚薬で誑かしながら。 そんな関係はただの呪いだ。と。 『もし、呪いなら、喜んでお受けしたい。そうだろ?黒羽。』 『もちろん。最高の呪いですよ。』 優作の身を案じて部屋へ来たコゴロウは、きっと快斗を信用していない。 だが快斗にはその感情を当然のものと思えた。 仮に自分が同じ立場であったなら、新一が追放されたものの末裔と 2人きりで居る事を黙って静観などしていられないから。 『黒羽。俺はおまえをまだ信用したわけじゃない。祖先のしでかした事も 絶対に理解はできない。けど、お前の心意気はしかと受け止めておく。』 部屋を辞す快斗にコゴロウが掛けた言葉。 それに快斗は『もちろん』と背中で答えたのだった。 「快斗!!」 パタパタと耳に届いた足音を愛しい声に快斗は思考の中から浮上する。 視線を上げれば守るべき人がそこにはいた。 心配そうな表情を浮かべて目の前まで来ると、 腕を上げたり背中に回ったりと まるで無事を確かめるように全身を観察する。 クールな彼には珍しい言動に快斗はしばらく成すがままになっていた。 「大丈夫か?親父に何もされ無かったよな?」 「新一。自分のお父様を何と思ってるんだよ。」 「変態悪趣味親父。」 「・・・新しい日本語だね。」 ゲッソリと呟く新一をギュッと抱きしめて、快斗は思わず苦笑する。 よほど色々な思い出があるのだろう。快斗には分からない彼の時間が。 「で、何を・・・。」 「ねぇ、新一。お願いがあるんだ。」 「え?」 何を話していたのか聞こうとする言葉を遮ってニコリと笑う快斗に 新一は目を見開いて彼を見上げた。 その表情はどこか先ほどまで話していた優作の表情に通じるとことがあって 快斗はやっぱり親子なんだなぁとしみじみ思ってしまう。 「快斗?」 「あ、ごめん。俺にさ新一の全てを話して。俺も新一に俺の全てを話すから。」 そして、全ての時間を一緒に共有しよう? 俺と新一は運命共同体なんだから。 額をコツリと合わせて強請る快斗に新一は頬をうっすら染めたのだった。 |