スッと快斗の指が空を切り、小さな風が生まれる。 と同時に数枚の葉が青空を背景に舞い散り、一瞬でひとつの花になった。 「はい。どうぞ。」 隣を歩く新一にその黄色の花を差し出すと、快斗は驚く彼にニコリと笑みを浮かべる。 「どこまでがマジックなんだ?」 「推理してみてよ。名探偵。」 新一はそんな得意げな彼に、小さく苦笑を浮かべると、その花を受け取ったのだった。 ―あかつき― 普通の召喚型の式神使いは、主に式神によって力を発動させる。 だが、快斗はその能力が高いせいか、 憑依型の式神使いのように式神の特殊な力を己で使うこともできた。 快斗の使役する式神は風だ。自由で掴み所がなく、時に激しく、時に穏やかなそれ。 新一は受け取った花を見つめながら、彼にはこの力がもっとも似合うと思う。 「新一?」 いつの間にかペースが遅れていたのだろう。心配げな快斗の視線が向けられていた。 ずいぶんと山道を歩いたから疲れたのではないか・・・と。 気遣わしげな表情に新一は安心させる意味で微笑むと、少し歩調を早めで彼の隣に並ぶ。 「まだ、遠いのか?」 「いや。あと少しだ。」 「それにしても、よくこんな道を覚えられるよなぁ。」 「何言ってんだよ。ここまでの道のりを一度で正確に覚えてきてるくせに。」 新一の言葉に快斗は小さく肩をすくめて見せた。 「素直に褒め言葉として受け取ってください。」 「天才馬鹿から言われてもな。」 「馬鹿って、ひどい新ちゃん。」 「母さんの口真似をすんじゃねぇ!!」 そうやってじゃれ合いながら進む道のりは、悪いものではなく、 新一の言葉通り、ものの十数分で綺麗な湖へと出た。 風が木々を揺らす音も、鳥のさえずりも、 魚が水面で跳ねる音さえもしない・・無音の空間。 恐ろしいほどの静けさは、逆に多大な響きを耳の奥へと誘う。 耳鳴りとまではいかないが、ずっとこの場にいると 頭がおかしくなってしまいそうだと快斗は思った。 「新一。」 耐え切れなくなって隣に立つ彼を呼ぶが、彼は黙って目をつぶっている。 口元には人差し指が添えられ、静かにするようジェスチャーで伝えてきた。 その時間がどれだけ続いただろう。 ピチャンと小さな音が、無音の空間を裂くように響き渡った。 日常の喧騒のなかでは、聞き逃してしまうほどの音が ここまで大きく感じられるのは世界中どこを探してもここくらいだろう。 音の発信源へ目を向けると新一もまた、ゆっくりと瞼を持ち上げる。 水音の先には何も無く、何かがいたことを示す波紋だけが残っていた。 「快斗。水面を覗いてくれ。」 静寂の中に吸い込まれそうな程にか細い新一の声をなんとか拾って 快斗は言われるがまま、鏡のような湖をそっと覗き込んだ。 するとどうだろう。そこにはなにかの映像がぼんやりとながら浮かんでいる。 そして暫く見つめているとそれが徐々にはっきりと姿を現してきた。 古い洋館の隣にある、個性的な白い建物。 適度な庭を備えたそこは・・・ 「博士の家だ・・・。」 「やっぱりそうか。」 新一はどこか悲しげな笑みを浮かべて、快斗の隣にしゃがみ込んだ。 「水鏡。これが全てだな?」 水面に手を当てて尋ねると、再び水音が聞こえ、博士の家は波紋とともに消える。 それは新一の問いかけに対する答えだと快斗には分かった。 きっと、この湖は呪術的な、今で言う占いのような役目を果たしているのだろう。 目をつぶった状態で彼は問いかけたのだ。答えを示すように。 その問いかけが何だったのか・・・。 今は聞きたくないと快斗は思う。 「これからどうする?」 「まずはパンドラを探すことだ。」 苦しげな表情のまま告げると新一は水面につけていた手を眉間に添えた。 できれば違うと示して欲しかった。彼が、博士がジン側の人間であるなんて。 「そう決め付けるのは早いよ、名探偵。憶測は推理の邪魔になるだけだし。」 「そうだよな。真実=事実じゃない・・か。」 快斗はニコリと微笑むと彼へとその手を伸ばす。 嬉しくて微笑んだわけじゃない。ただ、今の雰囲気を一掃するための笑みだ。 新一は手をとって立ち上がると、再びもとの道へと足を進める。 その歩調の速さに、この無音の空間を苦手と感じるのは自分だけではないのだと どこかホッとした快斗だった。 「博士。顔色、悪いわよ。」 研究室から戻った志保は、コーヒーを彼に差し出しながら訝しげな表情を作った。 あの館での騒動が起き、村へ彼らが戻ってからまだ3日ほどしかたっていないのに。 最初は、寂しさから元気が無いのかと思っていた志保だったが、 ここまで怯えたような姿を見せられるとさすがにその推測を否定せざるを得ない。 気遣うように顔を覗き込んでも、見せてくれるのは無理に作られた笑顔で。 「ちょっと疲れとるだけじゃ。」 「疲れてるって・・・。そういえば、博士は『生気』とかは必要じゃなかったの? 式神を使役する人間には必要だって聞いたけど。まさかそれが足りないとか・・。」 そうならば新一に連絡を。と志保は渡された連絡先を取りに向かうが 博士は彼女の手首を掴み、ゆっくりと頭を横に振る。 「無理じゃよ。新一君の力はわしには毒じゃ。」 「え?なんで・・。」 「志保君。今からわしが話すことを聞いてくれんか・・・。 己の願いのために悪魔に魂を売った、わしの話を。」 意を決したような真剣な眼差しに、 志保はカップを思わず取り落としそうになったのだった。 |