生気を込められて作られた宝石はこの世に3つある。

うち2つはシンが作り、そのひとつがジンに奪われ、ひとつは村を守るために置かれた。

 

ジンが奪った宝石はいつの世からかは分からないがパンドラと呼ばれている。

度重なる争奪戦の末、汚れた血を多く吸い込み、

月に照らすとその血が宝石の中で赤く光るという呪われた石。

 

村の守りとしておかれた宝石はシンの血によって作られたため、

太陽の光にかざせば中心に液体のような紅い塊が見えるという。

もちろんパンドラとは違い、とても美しい紅だ。

 

パンドラは杞憂にも今は村の誰かが持ち、

守りの宝石は村にあると奪われるからと優作が新一に常に持たせていた。

宝石に村の結界をはる役目があるのだが、

優作の力をもってすれば、結界ぐらいであるなら宝石が無くとも可能なのだとか。

 

新一は誰もいない自室で、小さな蒼い宝石を月にかざす。

そこにはシンの血も汚れた血も映し出さない。ただ純粋な蒼が広がるだけ。

 

 

「父さんは俺があの宝石を持ってないって知ったらどうするだろう・・・。」

 

今は手元に無い、シンの命をかけて作られた宝石を思い起こし

新一は誰に聞かせることなく小さくため息をつくのだった。

 

 

―あかつき―

 

 

 

 

シンが残した最後の蒼い宝石。

新一がそれを持たされたのは5歳くらいの頃ではなかっただろうか。

村の守りである宝石を投げ渡してきた父に新一は大きく目を見開いた。

 

『これ・・・。』

 

『村の結界くらい宝石がなくともどうにでもなる。これは今日から新一がもつべきものだ。』

 

屋敷の一番奥に大切に奉られていた宝石を、おそるおそる手に取ると

それは生きているかのように淡い光を発する。

 

『おまえに会えて喜んでいるようだな。』

『石が喜ぶの?』

『ああ。これは生きている。太陽の日にかざしてごらん。』

 

優作に促されるまま、新一は薄暗い部屋を出て、柔らかな陽光にかざした。

するとどうだろう。言葉では表現できないほどに美しい紅色が宝石の中で光り輝く。

 

これは命の色だ。

 

幼い新一に分かったのはそのことだけ。

 

 

『これをどうしようとお前が好きにして良い。ただ、彼らにだけは渡してはいけないよ。』

 

 

両肩に手を置き優作がそっと耳元で告げた。

彼らが誰なのかは言わなかったけれど、新一には感じ取ることが出来て。

無言で頷く息子を満足げに見つめると、優作は新一を残して歩き始めた。

父の背中を眺め、再び宝石へと視線を下ろす。

 

先ほどまで輝いていた光は今は無く、ただ静かな蒼がゆらぐだけ。

新一はギュッとそれを握り締めると、庭に飛び降り駆け出した。

分からない衝動を、心の中に溢れそうな何かを、押し殺すために。

 

ただ、ただ夢中で走って、走って、走って・・・たどり着いたのは無音の湖。

真実を映し出すと言われる神聖な場所。

 

 

どうしてここに来てしまったのか分からないけれど。

 

 

幼い新一は湖に手を当てる。

父が教えてくれた。

 

ここに手を当てて精神を集中させれば、水鏡は真実をくれるのだと。

 

 

推理小説が大好きな新一には、真実は貰うものではなく探し出すものだった。

だからここに来ることはないと思っていたのに。

 

 

ぐるぐると渦巻く気持ちを抑えて、新一は水面に触れた。

すると、そこに映し出されたのは赤みがかった茶色の髪をした幼い少女。

姉と一緒に暗い地下室で何かを一心不乱に行っていた。

 

 

『この子に?』

 

 

この子に渡せと言うことなのだろうか。

けれどぼんやりと揺らいでいて少女の顔は分からない。

 

それに、結界の外に出れない自分にどうやって彼女に宝石を渡すことができるだろうか。

 

 

 

パシャン

 

思い悩んでいたときに聞こえた水音。

その瞬間、背後に強大な力を感じ新一は身を縮こませた。

 

 

『振り返らずに聞け。生気を持った幼子よ。』

 

 

水鏡の精・・違う。これは・・。

新一は震える身体を自ら抱きしめて、すーっと小さく深呼吸する。

将来、人々の上に立ち、人々を守る己がここで挫けてはいけない。そう感じた。

 

 

『青龍ですか?』

 

『ほほう、分かるのか。さよう、われは青龍。

その宝石に秘められし力のひとつだ。ちなみに中に渦巻く紅は朱雀の力だがな。

さて、次期創始よ。おぬしにひとつ話をしよう。おぬしが知るべき世の創りを。』

 

 

 

 

再び聞こえた水音と共に、気が遠くなっていく。

まるで何か大きな水の塊に吸い込まれていくかのように。

 

 

 

 

 

 

この世には式神が生きる世界と、人の世とのふたつがある。

式神を使役する特別な人間によって式神は人の世にくることができるのだ。

だが、呼び出すためには力が必要となる。その力こそ、創始たる選ばれし者がもつ生気。

生気は万物に力を与え、数百年に一度、類い稀なる生気を持って生まれてくる者がいた。

その初代がおぬしの前世、シンだ。彼はこの世に生れ落ちた瞬間から式神に愛されていた。

彼の持つ生気は暖かく、甘美で、特にわれ、青龍と朱雀は彼に力を分け与えたほどだ。

常に傍にいたいと思ったわれと朱雀は彼の瞳と血液に魂を半分入れ、彼と共に生きた。

彼はもちろん気がついてはいなかったがな。それでも構わなかった。

我も朱雀も、常に最高の生気に包まれていたからこそ。

そして・・今、われらは新一。そなたの中にいる。

もちろん、本体は式神の世界にいるが、半分はおぬしの中だ。

 

 

坦々と聞こえる声を感受し、新一はゆっくり頷いた。

 

 

式神の世界は我と朱雀、白虎、玄武ら四神を中心に成り立っておるが、詳しくは知らぬとも良い。

いずれにせよ、式神の世界を支えるため我々は人間の世界に頻繁に出ることはできぬのだ。

遠山家の猫、服部家の鬼、毛利家の鴉、そして・・まぁ、もうひとつ。

この式神使いたち以外にも式を操るものがおる。

 

『阿笠博士?』

 

ああ。そうだ。式神使い以外のものが式を使えるようになるのは偶然の産物のようなものだな。

彼を狸が気に入ったというのもひとつだろう。

そこで、話を戻そう。水面に映し出された少女を、ある式が気に入ってな。

彼女を守りたいと申し出た。けれど、彼女には力が何も無い。だから・・。

 

 

『この宝石を彼女に渡すんだね。』

 

 

ほほう、利発なこと。さすがは新一。いや、新一殿と呼ばせていただきたいものだ。

水面に宝石を落とせば、彼女を好んだ式がそれを受け取り、彼女の中へ入る。

彼女が本当にその式を必要としたときに、宝石と式は彼女の前に姿を現すのだよ。

おぬしはその宝石を隠したい。式は彼女を守りたい。どうだ、悪い話ではなかろう?

 

『・・・うん。彼女にこれを預けるよ。』

 

新一は意識が鮮明になっていくのを感じながら、宝石を水面に落とした。

 

ポチャン

 

宝石は水紋を作ると、4つの尾を持った狐がそれをスッと加えて消える。

 

天狐だ。金の毛並みをもつ美しき最高位の狐。

少女の何が天狐の心を捉えたかは分からないが、新一にとってはどうでもよかった。

 

ただ、あの少女が守ってもらえるならばと。

 

『このご恩、お忘れしません。我も新一様のお役に立ちましょう。いずれ出会うときに。』

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、まさか宮野とはなぁ。」

 

新一は青い宝石を胸元に隠すと、ぼんやりと空を眺めた。

 

村に戻って思い出した幼い頃の記憶。

あの後、無くなった宝石を誤魔化すためにレプリカを作ろうと子供心に思ったのだ。

そして、作ったのが、この宝石だ。

 

ただ青龍に力を貸してくれと懇願し、具体化させた代物。

だから少女に渡した宝石のように朱雀の力までは込められていない。

いわば、試作品のような不完全なもの。

 

「ま、完全な宝石は朱雀、青龍、百虎、玄武の力が必要なのかもだけど。

 そんな宝石、恐ろしくてこの世においておけないからな。」

 

そう軽口を叩いて、新一は前髪をかきあげる。

 

自分の力を見抜き、式神が見えた宮野。

それは内に秘めた天狐の力が影響していたのかもしれない。

 

だから、もし、博士が裏切ったとしても。

 

「天狐・・・。宮野を頼むな。」

 

今、中天に輝く月のように美しい毛並みを持つ狐。

新一の思いは言霊となり、風に乗って運ばれる。

きっと、彼女は大丈夫だ。そう信じて。